第6話「ルールという壁」
「明日はルール覚えろ」
伊坂はそう言った。
唐突に。いつも通り。
「……ルール?」
日高はクラブを握ったまま固まった。
「いや、なんとなく打って入れるだけじゃないんですか?」
「それで終わりゃ苦労しねぇ」
「えぇ……」
横で平も顔をしかめる。
「いや俺、ゴルフって“打つだけ”だと思ってたんだけど……」
「俺もです……」
「甘い」
伊坂は一言で切り捨てた。
「ゴルフはルールとマナーのスポーツだ」
「マナー?」
「遅ぇやつは嫌われる」
「急に怖い」
その日の練習は、いつもと違った。
「まずスコアの数え方」
北がホワイトボードを持ってきた。
「打った回数=スコアです」
「それは分かります」
日高は頷く。
「で、基本は少ない方が勝ち」
「それも分かります」
「じゃあ“パー”って分かります?」
「……基準?」
「そうです」
北はホワイトボードに書く。
パー4 → 4打で入れる想定
パー3 → 3打
パー5 → 5打
「それより少なければ良い」
「なるほど……」
「逆に多ければダメ」
「それも分かります」
「で」
北はニヤッと笑った。
「OBです」
「出たよ分からんやつ!!」
「OB=コースの外」
「外に出たらどうなるんですか?」
「1打罰」
「罰!?」
「さらに打ち直し」
「え、じゃあ……」
日高は計算する。
「1回ミスっただけで2打増える?」
「そうです」
「終わってません!?」
「ちなみに池も同じです」
「もう嫌だ!!」
平が顔を覆う。
「それ、俺ら一生終わらんぞ……」
「終わらせろ」
伊坂が言う。
「あとこれ」
北がさらに書き足す。
・打つ順番
・人の前に立たない
・静かにする
・遅れない
「多くない!?」
「全部大事っす」
「いや覚えきれない!!」
「全部やれ」
伊坂が言う。
「無理ですって!!」
「無理じゃねぇ」
「いや無理ですって!!」
伊坂は、日高をじっと見た。
「コンペ出るんだろ」
「……」
「なら、最低限はやれ」
その言葉で、空気が変わった。
(……コンペ)
現実が、少しずつ近づいてくる。
「……やります」
日高は小さく言った。
「よし」
伊坂は頷いた。
「じゃあ次」
「まだあるんですか!?」
「実戦だ」
「え?」
伊坂はボールを置いた。
「今から、1ホール想定でやる」
「……ここで?」
「頭使え」
日高と平は顔を見合わせた。
(嫌な予感しかしない……)
「スタートはパー4」
「パー4……」
「4打で入れる想定だ」
「じゃあまず1打目」
日高が構える。
(振る……振る……)
振る。
――カキン。
そこそこ飛んだ。
「ナイス」
「お、いいじゃん!」
平が言う。
「で、今のが1打目」
「はい」
「次2打目」
「え、ここで?」
「想像しろ」
「雑!!」
日高はまた構える。
(さっきより近い設定……)
振る。
――ゴスッ。
ボールはほとんど転がらなかった。
「……」
「はい2打目」
「もう終わりじゃないですか!!」
「で、次3打目」
「いやもう入らないでしょ!!」
「現実だ」
日高は無言で構える。
振る。
――スカッ。
「……」
「はい4打目」
「入ってない!!」
「で、次パット」
「もう5打じゃないですか!!」
「それが実力だ」
日高は、言葉を失った。
4打で入れるはずのホールで
すでに5打以上
(……無理だろ)
横で、平も同じことをやっていた。
――カキン。
――ゴスッ。
――ブンッ。
「無理だこれ!!」
二人は、完全に現実を思い知った。
その時だった。
「だから言ったでしょ」
橋本の声だった。
「再現できなきゃ意味ないって」
日高は顔を上げる。
「たまたま当たるだけじゃ、コースでは通用しません」
「……」
「1打ミスったら終わりです」
その言葉は、重かった。
ゴルフは一発じゃない
積み重ね
ミスが連鎖する
日高は、クラブを握り直した。
(……やるしかない)
コンペまで、あと2日
技術も足りない
ルールも曖昧
それでも――
逃げないと決めた
日高は、もう一度ボールを見つめた。
本当の戦いは
まだ始まっていなかった




