第5話「地獄の特訓」
明日から毎日来い」
伊坂はそう言った。
軽く。まるで「コンビニ行くか」くらいのテンションで。
「……毎日?」
日高は聞き返した。
「仕事あるんですけど」
「終わってから来い」
「いや普通にしんどいですよ?」
「知るか」
「理不尽!!」
「俺もですか……?」
平が恐る恐る聞く。
「当然だ」
「マジかよ……」
こうして――
地獄が始まった。
その日の夜。
仕事終わりの二人は、再び打ちっぱなしに立っていた。
すでに体は重い。
スーツから着替えたとはいえ、疲労は抜けていない。
「はい、100球」
北が軽く言った。
「……え?」
「まず100球っすね」
「“まず”って何ですか?」
「ウォーミングアップです」
「多くない!?」
「いいから打て」
伊坂の一言で、強制スタート。
――ブンッ。
――スカッ。
――コツン。
――ブンッ。
結果は、相変わらずだった。
当たらない。飛ばない。安定しない。
「なんで当たらねぇんだよ!!」
平が叫ぶ。
「さっきより悪くなってる気がする!!」
「当てようとしてるからだ」
伊坂が即答する。
「振れ」
「振ってますよ!!」
「振ってねぇ」
「いや振って――」
「止めてる」
「……」
言い返せなかった。
確かに、怖い。
ミスが怖くて、途中で力を抜いてしまう。
「いいか」
伊坂は一本のクラブを手に取った。
「見とけ」
構える。
適当なようで、無駄がない。
そして――
振る。
――パァンッ!!
音が違った。
明らかに、今までとは別物。
ボールは一直線に飛び、ネットの奥へ突き刺さる。
「……えぐ」
日高は思わず呟いた。
「これが“振る”だ」
伊坂は何事もなかったかのように言う。
「当てようとするな」
「振れ」
「そしたら勝手に当たる」
「いやそんな簡単に……」
「簡単だ」
「嘘だ!!」
「じゃあやれ」
日高は黙った。
(……振る)
もう一度構える。
怖い。でも――
振る。
ブンッ――
――カキン。
「……!」
当たった。
しかも、そこそこ飛んだ。
「いいじゃねぇか」
「いや今のはたまたま――」
「違う」
伊坂が遮る。
「今のは“振った”から当たった」
「……」
確かに、さっきとは違った。
怖さを無視して、振り切った。
「もう一回やれ」
日高は頷く。
だが――
――スカッ。
「……」
現実は甘くなかった。
「なんでだよ!!」
「だから再現しろ」
「それができないんですよ!!」
気づけば、50球を超えていた。
腕が重い。
握力が落ちている。
息も上がっている。
「まだ半分っすよ」
北が笑う。
「嘘だろ……」
平はすでにバテていた。
「もう無理……腕上がらん……」
「甘えんな」
伊坂が言う。
「本番はもっとキツい」
「本番ってまだ先ですよね!?」
「もう始まってる」
「え?」
「今の一球一球が本番だ」
日高は止まった。
「適当に打つな」
「……」
「全部、本番だと思え」
その言葉は、妙に重かった。
(……全部、本番)
日高はボールを見つめる。
白くて、小さい球。
でも――
今は、違って見えた。
ただの練習じゃない
一打一打に意味がある
「……もう一回」
日高は小さく呟いた。
腕は重い。
体もきつい。
でも――
構える。
振る。
――カキン。
さっきより、少しだけ良い当たり。
「……っしゃ」
小さくガッツポーズが出た。
その横で――
「うおおおおお!!」
平が叫びながら振る。
――カキン。
ボールが大きく上がる。
「当たったあああ!!」
「うるさいですって!!」
二人は、ボロボロになりながらも、
ただひたすら振り続けた。
ゴルフは楽じゃない
でも、少しだけ――面白い
その夜。
帰り道。
「……なぁ日高」
平が言った。
「なんです?」
「俺、ちょっとだけ思った」
「何をですか?」
「……勝てるかもしれん」
「誰にですか!?」
「知らん!!」
日高は笑った。
でも――
(……俺も、思った)
もしかしたら
変われるかもしれない
そんな、根拠のない希望が――
確かにそこにあった。




