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日高のゴルフ戦記第1章「最悪のデビュー戦」  作者: こうた


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第3話「もう一人の初心者」

「……今の、もう一回……」

 日高は呟くように言った。

 さっきの感触が、まだ手に残っている。

 軽く振っただけなのに、ボールが“当たった”あの感じ。

(いけるかもしれない……)

 もう一度構える。

 深呼吸。

 力を抜く。

 そして――振る。

 ブンッ――

 ――スカッ。

「……」

「……」

「惜しいっすねぇ!」

「どこが!?」

 北がケラケラ笑う。

 さっきの一打は完全にまぐれだった。

 現実が、すぐに戻ってくる。

「まぁそんなもんだ」

 伊坂は興味なさそうに言った。

「でも今の感触、忘れるな」

「……はい」

 日高は小さく頷いた。

 さっきの一打。

 あれだけが、唯一の希望だった。

 その時だった。

「おい日高ぁぁ!!」

 聞き慣れた声が、練習場に響いた。

 振り向くと――

「平さん!?」

 そこには、汗だくで走ってくる平の姿があった。

 息を切らしながら、打席に駆け込んでくる。

「お前……先に始めてんじゃねぇよ……!」

「いや、俺も無理やりで……」

「俺もだよ!!」

 平は地面に手をつき、肩で息をする。

「北に呼ばれて来たら……“ついでに打っていきましょう”って……」

「それ完全に同じ流れです……」

 二人は顔を見合わせた。

 そして同時にため息をつく。

「いいじゃないっすか、同期初心者ってことで」

 北がニヤニヤしながら言う。

「仲良く上達してくださいよ」

「いやその前に帰りたいんですけど」

「もう遅いっすねぇ」

「ほら」

 伊坂がクラブをもう一本放り投げた。

 平が慌てて受け取る。

「お前も打て」

「いやいやいや無理ですって!!」

「いいから振れ」

「だから初めてなんですって!!」

「知るか」

「理不尽!!」

 だが結局――

 平もボールの前に立たされることになった。

 日高はその様子を横で見ていた。

(平さんも同じくらいだろ……)

 そう思っていた。

 だが――

「……いくぞ」

 平は、妙に真剣な顔をしていた。

 さっきまでの慌てた様子とは違う。

 しっかりと構える。

 体重を乗せる。

 そして――振る。

 ――カキン。

 乾いた音。

 ボールは、真っすぐではないが、しっかり前に飛んだ。

「……え?」

 日高は思わず声を漏らした。

 自分より、明らかに“当たっている”。

「おお、当たった!!」

 平は嬉しそうに笑った。

「やればできるじゃねぇか俺!!」

「いや普通に当ててません!?」

「運だ運!!」

 そう言いながらも、明らかに嬉しそうだった。

(……負けた)

 日高の中で、小さな感情が芽生えた。

 さっきまで“同じ側”だと思っていた。

 だが今――

 ほんの少しだけ、差がついた気がした。

「もう一回いくぞ!」

 平は続けて振る。

 ――カキン。

 また当たる。

 方向はバラバラだが、とにかく前には飛んでいる。

「ちょっと待ってくださいよ!!」

 日高は焦った。

「俺より上手くないですか!?」

「知らん!!なんか当たる!!」

「なんでですか!?」

「知らん!!」

「体重だな」

 伊坂がぽつりと言った。

「そっちは当たり負けしてねぇ」

「……当たり負け?」

 日高は自分のスイングを思い出す。

 軽く振って、たまたま当たった一球。

 それ以外は、ほとんど当たっていない。

「お前は逃げてる」

「……え?」

「当てようとして、止めてる」

 伊坂の言葉は、いつも唐突だった。

「振り切れてねぇ」

「……」

「怖いんだろ」

 図星だった。

 当てることばかり考えて、思い切り振れていない。

 ミスを恐れている。

「でも平は違う」

 伊坂は平を見る。

「バカだから振り切る」

「誰がバカですか!!」

「褒めてる」

「褒めてない!!」

 だがその言葉に、日高は何も言い返せなかった。

(……振り切る)

 日高はクラブを握り直す。

 もう一度、構える。

 今度は――

 当てようとしない。

 ミスを恐れない。

 ただ、振る。

 深呼吸。

 そして――

 振る。

 ブンッ――

 ――カキン。

 音が鳴った。

 ボールが、高く上がる。

 さっきより、少しだけ遠くへ。

「……!」

 日高の目が見開かれる。

「いいじゃねぇか」

 伊坂が小さく言った。

 その瞬間――

「まぁ、まだまだですけどね」

 横から声がした。

 振り向く。

 さっきの少女だった。

 冷たい目で、こちらを見ている。

「それ、たまたま当たっただけです」

「……」

「再現できなきゃ意味ないですよ」

 はっきりと言い切った。

 日高は言葉を失う。

「橋本だ」

 伊坂がぼそっと言う。

「高校生だが、そこらの大人より上手い」

「……マジですか」

「インターハイレベルだ」

(……レベルが違う)

 日高は理解した。

 さっきの一打で浮かれかけた自分が、少し恥ずかしくなる。

「でも」

 橋本は少しだけ間を置いた。

「今のスイングは悪くないです」

「……え?」

「ちゃんと振れてたんで」

 それだけ言うと、また自分の練習に戻っていった。

(……悪くない)

 その言葉が、頭に残る。

 隣では、平がまたボールを打っていた。

 相変わらずバラバラだが、とにかく振り切っている。

(負けたくない)

 その感情が、はっきりと形になった。

 日高は、もう一度構えた。

ゴルフは、ただのダイエットのはずだった。

だがこの瞬間――

“勝ちたい”という感情が生まれた

 それが、

 すべての始まりだった。

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