第2話「初めての打ちっぱなし」
翌日。
日高は後悔していた。
(なんで行くって言ったんだ俺……)
待ち合わせ場所は、郊外のゴルフ練習場だった。
広い駐車場。やけに年齢層の高い客層。遠くに見えるネットと人工芝。
完全にアウェーだった。
自分の場違い感がすごい。
(帰りたい……)
「おせぇぞ」
低い声が飛んできた。
振り向くと、伊坂がいた。
昨日と同じ、いや昨日以上に適当な格好。
サンダルにヨレたシャツ。手にはなぜか缶コーヒー。
「いや、来ただけ褒めてくださいよ……」
「来たからには帰さねぇ」
「怖いんですけど!?」
伊坂はそのまま歩き出す。
日高は半ば引きずられるようについていった。
受付を通り、打席へ。
目の前には、ずらりと並ぶ人工マットとボール。
そして――
乾いた音。
――パァンッ!!
隣の打席から、鋭い打球音が響いた。
白球が一直線に飛び、遠くのネットへ突き刺さる。
(……すげぇ)
思わず見とれる。
ゴルフなんて地味なスポーツだと思っていた。
だが今の一打は、明らかに“かっこよかった”。
「何ボサッとしてんだ」
伊坂の声で我に返る。
「ここだ。打て」
「いやいやいやいや」
日高は思わず後ずさった。
「俺クラブも握ったことないですよ!?」
「じゃあ今握れ」
「雑すぎる!!」
その時だった。
「お、伊坂さんじゃないですか」
軽い声が横から入る。
振り向くと、そこには若い男が立っていた。
店員らしく、ポロシャツに名札をつけている。
笑顔がやけに軽い。
「北だ」
「自己紹介雑すぎません!?」
「いやもう顔見知りなんで」
北は笑いながら日高を見る。
「この人が例の?」
「例のってなんですか」
「いやぁ、伊坂さんが“面白い素材見つけた”って言ってたんで」
「素材!?」
日高は思わず自分の腹を見た。
(食材扱いか……?)
「で、初めてなんすよね?」
「はい……」
「いいっすねぇ。最初が一番面白いですから」
「不安しかないんですけど」
伊坂がクラブを一本放り投げてきた。
慌てて受け取る。
ずっしりとした重み。
(これで打つのか……)
「構えろ」
「どうやって?」
「適当でいい」
「いやダメでしょ!?」
だが伊坂はもう興味なさそうに腕を組んでいる。
北はニヤニヤしながら見ている。
逃げ場はなかった。
日高はボールの前に立った。
白くて、小さな球。
たったそれだけなのに、異様な圧迫感がある。
(当たる気しねぇ……)
とりあえず、見よう見まねで構える。
足の位置も、手の位置も、全部適当。
それでも――
「振れ」
伊坂の一言で、腹をくくった。
(どうにでもなれ!)
振る。
ブンッ――
空を切る音。
ボールは、微動だにしない。
「……」
「……」
「……」
「ははははは!!」
北が爆笑した。
「いや見事な空振りっすね!!」
「笑わないでくださいよ!!」
「才能あるな」
「どこに!?」
伊坂は真顔だった。
二球目。
(今度こそ……!)
力を入れる。
振る。
――コツン。
ボールは数メートル先に転がった。
「ナイスショット」
「バカにしてますよね!?」
「前に飛んだだけマシだ」
「基準低すぎません!?」
三球目。
四球目。
五球目。
結果は散々だった。
空振り。チョロ。変な方向。
まともに当たらない。
周囲の視線が気になり始める。
(やっぱ無理だろこれ……)
心が折れかけた、その時だった。
「力入れすぎ」
声がした。
横を見る。
いつの間にか、隣の打席に一人の少女が立っていた。
高校生くらいだろうか。
ポニーテールに、鋭い目つき。
そして――
異様に綺麗なフォーム。
「……え?」
「当てようとしすぎ。振るだけでいい」
淡々とした口調。
だが、その言葉には妙な説得力があった。
「いやでも俺、初心者で……」
「だから」
少女は構える。
そして――
振る。
――パァンッ!!
さっきよりも鋭い音。
ボールは一直線に飛んでいく。
日高は言葉を失った。
(……すげぇ)
「余計なこと考えない」
少女はそれだけ言うと、再びボールをセットした。
(……振るだけ、か)
日高はもう一度構えた。
今度は、力を抜く。
当てようとしない。
ただ――振る。
ブンッ――
――カキン。
乾いた音が鳴った。
ボールが、浮いた。
まっすぐではない。少し右にそれた。
だが――
確かに、飛んだ。
「……え?」
自分でも信じられなかった。
今までとは明らかに違う感触。
「お」
伊坂が初めて反応した。
「今のはいい」
「マジっすか……?」
「もう一回やれ」
日高は、無言で頷いた。
心臓が、少しだけ速くなる。
(今の、もう一回……)
この一打が、
すべての始まりだった。




