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シンデレラはハッピーエンドを望まない ~王子ルート回避したら、執着が重すぎる隣国王族に捕まりました~

作者: 黒島 白
掲載日:2026/02/11

義母は今日も私を見ない。

義姉たちは今日も私を使う。


それでも私は、今日も穏やかだった。


前世に比べたら――ここは天国なのだから。



「灰、掃いておきなさい」

「洗濯はまだ? 遅いわね」


 はいはい、と心の中で返事をしながら、私は黙って頷いた。


 ――うん、平和だ。


 そう思ってしまう自分に、最初は戸惑ったものだ。

 でも今でははっきり言える。


 前世に比べたら、ここは天国である。


 前世の私は、いわゆる“スーパー長女”だった。

 兄弟は多く、親はいつも不在。

 食事の用意、洗濯、掃除、弟妹の世話、学校対応。

 それを全部、誰にも褒められず、当然のように押しつけられていた。


 今世ではどうだろう。


 家族は三人。

 家事は三人分。

 夜はちゃんと眠れる。

 自分の時間も、少しだけある。


 意地悪?

 冷遇?


 正直に言えば――ツンデレのツン程度だ。


「まったく、役立たずね」

 と義姉に言われても、心の中で私は数えている。


(この人、今日は三回しか嫌味言ってない。少なめ)


 比較対象が悪すぎるせいで、感覚が完全に壊れていた。


 私は灰を払い終えると、こっそり自分の部屋に戻る。

 部屋と言っても屋根裏に近い小部屋だけれど、鍵があるだけで奇跡みたいなものだ。


 机の引き出しから内職道具を取り出す。

 刺繍。単純作業。集中できる。


(今日も少し、貯まるかな)


 へそくりは着実に増えていた。

 自由に使えるお金があるというだけで、人生の幸福度は跳ね上がる。


 夕方、用事を言いつけられたついでに街へ出る。

 私は必ず、同じ屋台に寄る。


「いらっしゃい、今日は揚げ菓子が出来立てよ」


 パン屋の娘さん――彼女は街で一番の人気者だ。

 余ったパンを安く譲ってくれたり、新作を試食させてくれたりする。


 私は彼女が大好きだった。


「今日の、ください」

「はいはい、ちょっと多めね」


 袋の温かさに、胸の奥がじんわりする。


(ああ、幸せ)


 王子様?

 ドレス?

 舞踏会?


 そんなものより、今はこの揚げ菓子の方が重要だ。


 だから――その夜、突然現れた“魔法使い”を見たときも、私は首をかしげただけだった。


「あなたは、舞踏会へ行く運命にあるのです」


「え、遠慮します」


 即答だった。


「……え?」


 魔法使いの方が戸惑っていた。


「いえ、今の生活で十分幸せなので」


「不幸では?」

「全然」


 私は揚げ菓子を思い浮かべながら、にこやかに答えた。


「人生、もうだいぶ上向きです」


 魔法使いは長い沈黙のあと、深いため息をついた。


「……せめて、料理だけでも見に行きません?」


「行きます」


 食べ物は別だ。


舞踏会。王宮は眩い光に包まれ、人々の笑い声と音楽で揺れていた。

 私はその中に立ちながらも、心は全く別のところにあった。


(まず、あのチョコレート……どうやって持ち帰ろう)


 舞踏会の豪華な食事は、私にとってただの戦利品だった。

 王子だの王宮だのは、頭の隅にちらりとあるだけ。


 魔法使いは私の横で眉をひそめている。


「王子に見つかるのよ?」

「はい、でも大丈夫です」


 私は豪華な料理の皿を見つめながら答える。

 頭の中は、ガラスの靴よりもデザートに集中していた。




 そして、その王子が現れた。

 赤いマントに金髪、まるで絵画から抜け出したような王子だ。


「踊りませんか?」


 いや、踊らない。

 私は断る。


「結構です。自分は大丈夫です」


 王子は少し困惑したように眉を上げる。

 でも、そのそっけなさに興味を持ったらしく、何度か誘いを続ける。

 結局、私は渋々踊ることになったが、頭の中は「どうやってデザートを隠すか」でいっぱいだった。


 踊りが終わると、魔法使いはそっと私を見守る。

 でも、私はすぐに逃げ出す。

 ガラスの靴を一つ落としながら。




 翌日、王子は必死で靴の持ち主を探し回った。

 城の使用人、街の貴族、果ては農村にまで確認を取る。

 しかし誰の足にも合わない。


 その間も私は、屋台で揚げ菓子を楽しんでいた。

 幸せ――そして自由。完璧な日常が戻ってきた。


 でも、王子が探しているのは私ではない――それはまだ誰も知らない。




 私はパン屋の娘に近づき、秘密の計画を伝えた。


「お願い、あなたを“シンデレラ”に仕立て上げたいの」


 彼女は驚いた顔をしたが、私の目を見るとすぐに納得したようだった。

 私は笑顔で言う。


「あなたなら、幸せになれると思う」


 パン屋の娘は、少し戸惑いながらも楽しそうに準備を始めた。

 靴を合わせ、振る舞いを練習し、笑顔を完璧に演出する。


 私は満足そうにうなずく。

 彼女の幸せが、私にとって一番大事だから。




 王子は見事に騙された。

 靴はぴったり。

 笑顔のパン屋の娘を前に、王子は心を奪われてしまった。

 私はそれを遠くから眺めながら、こっそり笑う。


(ふふ、見つかるはずない)




 だが、舞踏会の片隅、もう一つの視線があった。


 隣国の第二王子――大国の王族で、各国を回遊している頭の切れる男。

 彼は身分や容姿で擦り寄る女性にうんざりしていた。

 今も独り身。

 一度目をつけた相手には、愛情を激重に注ぐタイプ。

 釣った魚は大事にする。


 舞踏会でも、私は気づかぬうちに彼の視線に捕まっていた。

 でも私はまだ、揚げ菓子に夢中。




 魔法使いはその夜、遠くから私を見て言った。


「なるほど……王子を振り切ったと思ったら、そっちは“逃げ道のない相手”じゃない」


 肩をすくめて去っていく。

 面白いものを見せてもらった、とでも言いたげに。


 私は揚げ菓子を口に運び、幸せそうに笑う。

 王子から逃げ切ったつもりだが、知らない――


シンデレラはまだ、

自分が王子から逃げ切った代わりに、

もっと厄介で、

ずっと手放す気のない男に

目をつけられたことを知らない。




 王宮の光は遠く、街は静かに夜を迎えた。

 私は屋台で、今日も揚げ菓子を楽しむ。

 日常、自由、完璧な時間。


 隣国王太子は、気づかれぬよう少し離れた位置で、静かに私を見守っていた。

 でも、それもまだ、私の世界には届かない。


 平和、自由、幸福――

 そして、これから訪れる少しだけ危険な未来。


 シンデレラはまだ知らない。


王子を避けて自由を手に入れたつもりで、

「逃げることを許さない男」に目をつけられてしまったことを。










最後までお読みいただき、ありがとうございました。


「不幸そうに見えて、本人はわりと満足している」

そんなシンデレラを書いてみました。


王子やハッピーエンドから少し外れた選択を、

面白いな、ありだな、と感じていただけたら嬉しいです。


読後に少しでも、にやっとしてもらえていたら嬉しいです。

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