怪しげな馬車
怪しげな馬車に近づくと……
「音を立てるなよ」
ってアキラに言われた。
難しいよ、そんな。
だって、何も見えないんだから、草むらをカサカサさせずに進めやしない。
静かな夜だったら、絶対不可能。今はまあ、雨が強くなったから、どうにか誤魔化せているけどさー。
不思議なことに、とりあえず、どうにか闇でも見えるような気がしてきた。
慣れか。
何だか眼で見ているというよりか、五感で観ている、ような気がする。
きっと、アキラにはそういう能力が発達していたんだろうな。立体曼荼羅で瞑想してたっていうことだし。昔の修験者みたいなものか? いや、言ってること合ってるかわかんないけど。
そのアキラを先頭に、なぜか次がハナコだ。なぜ、華奢なハナちゃんが。
続いて三番手・四番手が、ヨシコとナヲコ。
最後が僕だった。
先頭は怖いだろうな。見えるからとは言え、アキラって、すげーよ。勇気あるな。人の後ろについていくだけで、精一杯だよー僕。
でも、最後尾というのも怖い。後ろから襲われたら一発だ。
しかし、先頭を行く気にもならないし、真ん中で後ろから見られるのも、何だか嫌だ。どうしようもない。
しかし、何なんだろうな、この設定。
しょぼくないか? そう思わない? どう思います?
冒険者のゲームって、僕の感覚が古いのかもしれないけど、ギルドとかで仕事もらうみたいな感じぢゃないのか。
まあ、今、ドキドキしてるけど。うーん、つまらないなあ。でも、緊張するし、何より怖い。
「息を潜めて」
「絶対、声を出すなよ」
ヨシコとアキラが言う。
……何言ってんだか。出すわけないだろ、僕だって状況わかってんだから。
冷たい雫のいっぱい附着した枝が顔にぴしゃりと当たって、思わず、
「あ!」
小さな声だったのに、四人の振り向く視線を感じる。真っ暗なのに感じた。そうか、こういうことか、アキラ! 確かに見えるよ、痛いほどの視線。
『出すな!』
『わかってる、ごめん』
声帯を振るわせずに言葉を交わす。意念が通じてる……やっぱ、僕らチームで、ここは異世界なんだ!
そう思うと、自分が今、雨の中、岩や大きな石だらけの雑木の斜面を下っていて、少し先に馬車がいて、馬車だけじゃなくて、騎乗の人もいて、そこが路になっているのを感じる。
見えるとか聞こえるとか嗅ぐことができると言うより、触れる、存在に触れる、ような感覚だった。
そして、触れると観えるとの差異は小さい。
『近いぞ、慎重に、静かに、ゆっくりだ』
アキラの意念が波長となって伝わる。
『ここで身を伏せる。馬車が来るのを待つ。もう、すぐだ。すぐ来るぞ。あ、今』
僕らは草むらに身を伏せた。路から五、六メートル離れた位置。草むらの中、樹木にいる。隠れ家みたいだ。冷たい雨の滴と濡れた草に頬を嬲られる。
待った。
蹄の音、車輪の音。そして、金属の音?
アキラが、
『甲冑だ。鎧兜だ。武装している。数十人いるぞ』
……いったい、何だろう。
息を潜めた。
体に力が入る。来るぞ。
来た。明かりが見え始める。カンテラで照らしながら進んでいるらしい。
坂を登りながら、こちらへ近づいているので、兜と馬の頭とのシルエットが見え始め、胴体、あぶみなどが徐々に見え始める。
騎乗の人たちは騎馬隊だ。騎士だ。その金属音から察するに重機装甲騎兵に違いない。
その後ろに黒く厳つい馬車が続く。窓が塞がれている。フルフェイスの鉄仮面のようだ。そう、鉄を感じた。鉄という存在の主成分を。鉄製の馬車だって?
馬車の後ろにも二十騎の重機装甲の騎士と騎馬。
何なんだ、この厳戒感。
馬車に乗るような人が通るのであれば、相手の様子によっては、助けを求めようなどという想いもあったが、到底、そんな感じはなかった。むしろ、見つかったら何をされるかわからない。
そういう禍々しい雰囲気があった。
『不気味ね。窓が塞がれている』
ヨシコが言った。ナヲコも、
『何だか、非情な感じがある。無表情で残虐な死を漂わせている。中にいるのはどういう人だろう。兇悪な犯罪者とか?』
小さくうなずくも、アキラは、
『先頭の騎馬が通り過ぎる。もっと伏せて、もっと静かに、意も伝えないで』
最初の一騎が眼の前を通り過ぎる。僕の動悸が激しくなる。雨に濡れ、伏せて泥に塗れても、ぐっと強く伏せ、どうか見つからないようにと祈る。
そのまま通り過ぎ去った。……ほっ、安堵。
次にまとまって数騎が通り掛る。
……早く通り過ぎて欲しい。早く。ああ、どうか、何も起こりませんように。
その冷厳なオーラ、荒涼たる非情性、僕は寒気を覚える。何なんだ、この感じ。いったい。
止まった。一騎が止まった。
そして、わかる。顔を上げて見なくても、はっきりわかる。こちらを凝視している。その凄まじい眼を感じる。闇を貫いて、直截に體を刺突する。感情のない、無表情な、古代の埴の眼の大きな呪詛人形のようなその。
「あそこに何者か、潜んでおるぞ」
……心臓が止まりそうになった! まぢかよ、やばい、ばれた!
どうする? アキラ?
だが、怖くて意を伝えることもできない。ましてやアキラの方へ顔を向けることも。
いや、アキラさえ逡巡している。迷っている。この一瞬の判断。
そのときだ。
誰かが立ち上がった。
そして、はっきり言う。
立ち上がったのは……




