異世界
アタッチメント(商品名『ヘッドネット』)が来て、チーム名でログインすると、真っ暗な世界! 全然ファンタジーぢゃない!
一面の漆黒。
何も見えない。
本当の真っ暗。
黒のベタ塗りで、濃い黒の平面にしか見えない。
空間があるのかすら、わからない。
それどころか、うっかりすると上下左右前後さえ定かでなくなりそうな気がする、底なしに上下左右前後がない闇、平衡感覚か狂い、嘔吐しそうなくらいの混乱。
空気があるか? そんな不安すら湧く。
人は光のない真っ暗な部屋に長時間、閉じ込められていると、空気があるかないかわからなくなり、そう思い始めると、本当に呼吸が苦しく感じられ、窒息状態になる場合があるという。
それが虚妄な空想・思い込みだと知っていても、僕も何だか息が苦しいような気がしてきた……
いや、しっかりしろ、酸素がなくっちゃとっくに死んでる。
だが、空気が薄いとか?
いや、気のせいだ、しっかり、それにしても、これは、この状況って、いったい、何なんだ! ヘッドネットをつけたら途端にこうなってしまった。故障か? いや、故障だなんて冗談じゃないぞ? 戻れなくなるとか? いや、怖過ぎる。あり得ないだろ。
でも、真っ暗で何の表示も見えない……だから、戻り方がわからない……そうか、完全没入型は何も見えないとこうなるのか……
それとも、実は、ヤバい装置なのか。いや、そんなはずはない。何万人、何十万人もユーザーがいるはずだ。
それとも、パチものつかまされた?
とにもかくにも、唐突にこの現場に擲たれてしまっていた。そうとしか言えない。
「いきなり、この状態で、何の説明もないって、尋常じゃない気がする。やはり、何かトラブルが」
底知れぬ不安。
怖い、どうしたらいい、苦しい、ヤバい、ヤバい、どうしよう、苦しい!
……あ? いや、待って、音がする。音がしているじゃないか。さっき、何でこれに気がつかなかったんだろう。
雨だ。
木の葉を打つ音だろうか。
歩いて大丈夫なのか。怖い。歩く。触れる。木の葉だ。勇気を出す。もっと触る。小枝だ。たくさんありそうだ。雑木林?
足場は良くない。硬い。ゴツゴツして歩きにくい。岩か、木の根か。
何もわからない……
僕は叫んだ。二十五にもなって。
「ハナ! ヒロシ! ヨシコ! ナヲコ! いないの!」
そう叫ぶと、突然、ぐいっと襟を引っ張られた。「あっ」
倒れそうになる。
誰かが僕を支える。
「おい、うるさいよ、ヒロシ。騒ぐな。何ビビってんだよ、まぢか?」
……よかった、ヒロシの声だ。
「ヒロシ、ヒロシだよね、ああ、助かった、よかった、ヒロシ?」
「うるさいなあー」
僕はグイグイ引っ張られた。
「あ、ちょっと、待って、ちょっと、転ぶよ」
……何でヒロシはズンズン歩けるんだ? あ、転ぶ。
「おい、しっかりしろよ、めんどーくせーな」
二十メートル進む間に、三回転んだが、ようやく着いた。らしい。
気がつくと、ほんのり照らされた洞窟だった。小さな火が灯っていた。その日を囲むように、ハナコとヨシコとナヲコが坐っていた。
「いたんだ、無事着いてよかったね」
ハナコが言う。
「ドン臭いね」
ヨシコが一刀両断、ナヲコは、
「ま、昔からこんなんもんだろ」
僕やっぱり、いじめられてた?
ヒロシが言う、
「俺はどういうわけか、いち早く闇に眼がなれてな。結構、見えるようになったんだ。だから、どうにか乾いた木の枝を探して、摩擦で火を起こしたのさ。大変だったぜ」
「アキラの火を目印に、ここまで来たのよ」
ヨシコとナヲコが異口同音に言った。
「わたしは何となく気配でわかったわ」
そう言ったのは、ハナコ。僕だけダメダメ?
僕は聞いた。
「みんな、何時頃、ログインしたの? 僕は日本時間の午前二時」
「わたしはパリの午前二時」とハナコ。
「あたしは十時頃かな(東京)、むろん午後の」って、ヨシコ
「私は河南省の正午」って澄ました顔でナヲコが言う。
アキラはどうでもいいような感じで、「俺は自宅で午前三時かな」
見事にバラバラだ。場所も時間も。それでも、同時にバーチャル世界にいる。すげー。
「しかし、この状態で始まるなんて。普通、最初にガチャしてスキルとかランクとか、属性とか、……って言うか、何も装備ないし、こんなに寒いのにチュニックとズボン、薄着だよ」
僕はぼんやり周囲を見回す。深い洞窟、湿っぽさはない。かと言って、埃っぽくもなく、砂土がなく、つるりとした岩肌。でも、冷んやりはしていない。よく乾いた木のような温もりだ。さらっとしていて、清潔感すら感じる。
こういうところは作り物の世界なんだなと思う。
で、僕らはこの洞窟の入り口近くにいた。奥は真っ暗で全然わかんない。
ハナコが、
「そうね、ほとんど無一文裸一貫みたいなものね。そういうものらしいよ、ここは。いきなり北極みたいな超極々寒地がスタートで、もう死にそうで、すぐに離脱した人もいたって書き込みも読んだことあるわ」
「ひどいね。
しかも、こんなんで冒険者パーティになれるの?」
「どこかでチャンスを掴まなくちゃね」
「リアル過ぎないか? 寒いし、腹も減ったし、どこに行っていいいかもわからないし、このままじゃ埒が開かないだろうし」
「待って」
ナヲコの切れ長の眼が鋭くなる。
「どうした?」
アキラが訊く。
ヨシコもナヲコ同様にわかったらしく、強くうなづき、
「馬車だね」
何なんだ、この人たち。ゲーム関係なく、生まれつき天然のスキルがある……
「俺が見に行こう。見えるのは俺だけだ」
アキラが言ったが、ハナコは、
「いや、みんなで行こう」
……ぼ、僕怖いんですけどー。
ナヲコが、
「何となく、悪意、凶、殺気のようなものを感じるんだよね」
ヨシコが生き生きとした表情になり、
「望むところよ」
あ、あのー。この人たちって……ほんとに親友だったのかなあ。何だか、僕の虚妄な空想だったような気がしてくる。性格合わな過ぎ。
独りでここに残るなんて到底できないので、「ぢゃ、行きませうか」
と仕方なく言ったのでありました。この経験、私小説になるのか……ならんよね?
そこには怪しげな馬車が・・・




