ー亜葱蘭(アキラ)ー
さて、アキラとは会えたのだが・・・量子学の話に。それが次章以降の異世界の話に繋がっていく。
アキラの家に行くしかない。
まもなく正午だ。急がなければ。初詣は午前〇時に始まる。それに間に合わせなければならなかった。
しんしんと雪の降り積もる道を歩く。
彼の家は古い農家だ。
茅葺き屋根の家。長屋門を通って、玄関を開ける。鍵はかかっていない。
「こんにちは」
しーん。誰もいないの? いや、大晦日のこんな日にこの辺のお人たちが家にいないなんて、あり得ない。
「何じゃ」
廊下を歩いてこちらへ近づく足音。
声は老人の声だ。
「あ」
僕は思わず声を上げてしまった。
アキラの曽祖父で、物理学者、素戔攪拌。八十代後半のはずだが、背筋ピン!として気迫があある。科学者というよりは武道家。厳しい、いつも怒りに震えているような顔、全体が細くて尖っている。
「何用じゃ」
「あ、あの、僕、アキラくんの中学時代の同級生で」
「ほう、そうか」
「は、はい、龍儼眞睿寺の、劉玄非鹵史と、も、申します」
「おお、龍儼の。ご住職はご健在か」
「は、はい、げ、元気です」
「ふむ」
危うく話がそこで終わりそうになった。
「あ、あの、アキラくんは、いますか」
「そうすると、君は住職の玄孫か」
「はい、ヒロシです」
「うむ」
「はい?」
話がどうなっているかわからなくなった。しかし、老物理学者は、
「アキラは」
答を待っていたくせに、何だか僕は怖くなった。・・・何を言い出すんだろう。
「アキラくんは・・・・・・」
「今、君の家にいる」
「え?」
「お寺に行っている」
「はあー?」
事実は素朴で単純で意外なものである。
急いで戻ると確かにアキラは金堂にいた。何なんだよ〜。
「アキラ、久しぶり、僕だよ」
「は? 誰だ?」
何なんだよ、皆、お約束のように。・・・実は打ち合わせ済?とか。笑
いや、笑ってる場合じゃない。
「僕だよ、冷たいなー、ヒロシだよー」
「知らん」
おいおい。そこまで押すか。つーか、憶えてないんだよね、ふつーにリアルに。涙涙
「嘘だろーまぢかよ!
ねー、僕だよ、昭和五人組、中学の」
「ん? えらい昔の話だな」
がっかり。引きずってるのは僕だけか。
「この寺の劉玄ヒロシだよー。わかんない?」
「ああ」
顎をさすりながら、
「ヒロシか、思い出したよ。おい、ヒロシ、俺らもう二十五だぞ。お前、こどもっぽ過ぎ。
で、何の用だ?」
「その言い方。旧友、かつ、級友なのにただ会うだけじゃダメか」
「いや。別に、いーけど」
「何なんだ、その無関心さ」
まあ、昔からこんな感じか、アキラは。
僕は気持ちを切り替え、
「ねー今夜、昭和五人組でまた集まらないか、ここで、初詣兼ねて。ってそういう話」
「くだらね」
「おまえなー」
「わかった。どうせ、爺さん婆さんと来る予定だった」
「早く言えー」
「ところで、アキラ、ここで何してんの?」
「何してるって、お前が言うか」
「へ?」
「ここはすごい場所だよ」
すごい場所? うちのお寺の金堂が?
アキラはあ然としている僕を見て呆れ顔で、
「驚いたな。ここに住むお前には却ってわからないらしい」
いや、もうここに住まなくなって数年経つけど。
「お前はこの立体曼荼羅を見て何も感じないんだな」
「ああ、仏像とか菩薩立像や坐像、四天王とか十二神将とか、配置されて、曼荼羅を構成してるっていう・・・・・・」
「そう、これは実在する真理だ。言葉や概念じゃない。現に物体として存在する真理だ」
「へー、物理学者の祖父を持つアキラがそんなこと言うなんて」
「物理学を聞き囓るとそんな気分になるらしい。量子力学なんて、特にね。うちのじいさんは嫌がるけどな」
「量子って、量子コンピュータの?」
「へー、どういうことかわかってんのか?」
「全然」
「だろうな。じゃあな、またいつか」
「いや、ちょっと、待ってよ。量子力学って、何か、スピリチュアル系の話で聞いたような気が」
「だろ? そういう無知蒙昧なデタラメが出回っていて科学の世界では迷惑してるのさ」
「何で、スピリチュアルと科学が結びつくんだ」
「いや、まあ、スピリチュアルが科学と無縁というのも偏見だが、それを言い出すと話がややこしくなるんで、まあ、それはあえて置いとくとして」
「うん」(・・・と、うなずくが、わかってない)
「量子力学で言われる、局所性の否定とか、粒子と波動の二重性とか、波動関数の収束とかがね、適当な解釈で神秘主義的な考えに使われやすいんだよ。
神秘主義って言うか、スピリチュアルやヒーリングなんかに援用されやすくて、実際は全く無関係・誤った勝手な解釈なのに、そっちの方がわかりやすくて馴染んじゃうんだよな、頭の悪い奴らには」
「一つも言ってることがわかんない。局所性?」
「たとえば、一つのリンゴがテーブルの上に在る場合、そのリンゴはそこの場所を占有している。だろ?」
「そうだね」
「その場所の、その空間を占有しているとも言える。だろ?」
「ふんふん」
「その限定された場所を占有している、その限られた場所にしか影響を及ぼさない。
遠く離れた場所にあるものには、空間的距離があるので、すぐに影響を及ぼさない。百光年離れた場所だと、光速であっても影響するまで百年かかる。
それが影響が局所に限定する。局所性だ」
「ふーん、局所か。だから、局部っていうのか、まさに、そのところだ」
「は? まあ、いいや。
ところがミクロの世界ではそれ通用しない」
「通用しないって、どういうこと?」
「物質は細分化して行けば、原子に分解できる。原子はさらに原子核と電子とに分解できる。そして、さらに原子核は細分化できる。その超々極小の物質は俺らが見る物質のような動きはしない」
「まったく何言ってんだかわかんない」
「ミクロの物質は離れた空間にあっても同時に影響する。これが非局所性だ」
「えー、何で?」
「何でか俺にもわかんないな」
「他にどんな」
「たとえば、それほど極少の質量だと、重力の法則の影響がほぼないに等しい」
「そりゃ、サイズが小さいから、質量も小さいだろうし(アキラは「いや、超新星やブラックホールのような例外もあるよ」と言葉を挟んだ)、何となくわかるけど、まったく関係ゼロって、何となく考えられないけど、いくら極少だからって」
「むろん、同じ素粒子で同じように構成され、同じ物理法則下に在る以上は、関係がゼロではおかしい。
ただ、実際は、極少の世界に重力の法則を当てはめるとおかしなことになるらしい。そこは俺もまだ詳しくない。量子力学に一般相対性理論がうまく入らないっていうことらしい」
「同じ世界なのに?」
「そうだ。ただ、超弦理論は例外らしい」
「ちょうげんりろん?」
「物質を細かくしていくと最後は粒子(点)になると思われていたものが、実は紐だった、っていう話なんだが、それを使うと量子力学に重力が矛盾なく入るらしい」
「もういいや、わからな過ぎ。
ちなみに、他の話もそんな感じなの? 粒子と波動の何とかとか、収束がどうのって云うのも?」
「粒子と波動の二重性っていうのは、ミクロの世界では物質は粒子と波動の二つの性質を持っているんだ」
「粒子?」
「粒々(点)だと思っていいや」
「波動は粒子が波打って波動なんじゃないの?」
「波動は粒子を媒介する(光子はそうではないけど)けど、粒子自体ではない。水の波紋は水は動かないが、波紋は広がっていくだろ。あの波紋と思えばいい。動くのはモノだけど、波動という状態は物質とは、また別だ」
「ふんふん、それはギリわかった」
「粒子は拡大すればボールをたくさん転がしたときのように、互いぶつかり合って、弾かれる。だが、見ればわかるけど、波紋は交差する」
「そうだったっけ?」
「二つの波紋が水上でぶつかってお互いが反対側へ動くのを見たことがあるか?」
「そう言えばそうかもしれない」
「でも、ミクロの世界ではその二つの動きをするんだ」
「ぐわー、何で?」
「うーん、何でだかは俺もわからん」
「結局、アキラも何もわからんのね」
「そうだな。認めるよ。無知の知だ」
「素直に言えよ、何でそこでソクラテスなんだ」
「ちなみに、収束っていうのは、波動を人が観察すると波動は収束して粒子の動きをするが、観察者がいないときは波動のままの動きをするというのが、もうかなり以前の科学的な実験で結果として出ている」
「人が見てると見てないで違うの、物質の動きが! 初めて聞いた」
「だろうな。実験自体はかなり前の話だが」
「何だか、頭に描けていないんだけど、でも、それじゃー神秘主義に援用されるわなー。何だか、霊的現象みたいだ」
「それは最悪の例えだな。まったく無関係なデタラメだ。
ただ、言えるのは、世界は簡単じゃないってことさ。世界の真の姿っていうものは。マルチバースや並行世界もありえるってことだ」
さて、ここまではマルチバース、パラレルワールド、異世界への前フリ。




