溶けたフィギュア
住んでいる地域の雰囲気を「地域柄」と言う。
私がかつて住んでいた地域はどんよりして、いつも曇り空のような雰囲気があった。空は快晴なのに、黒い雨水が垂れた壁が街の湿度を空へと逃さない。
片足のゴールデンレトリバーに、墓に居座るシュナウザー。親が自殺してイジメを受ける同級生に、不良に「イジメないで」と手紙を書いた知的障害者。こちらを覗く大きなヒキガエルに、爆発したナメクジ。
団地の1室には黒蠅の群。
藪からはヘビと変質者。
ため池では毎夜、異音が。
私が住んでいた地域では、こんな事がよくあった。違う地域に引っ越してから、それが普通ではないと知った。
今回は、そんな街で遭遇した、ある「フィギュア」についての話だ。
雨が降っていたあの日。どこかの家庭が出したゴミ袋が破けていた。
おそらく、野良猫かカラスの仕業だろう。黒い容器とご飯粒が道に散らばっていた。ごみ捨ての日にはよくある光景だ。
ん?
見慣れない物がある。
ピンク色の髪に、制服を着た女性のフィギュア。破けた袋から投げ出されるように飛び出していた。
しかし、奇妙だ。
フィギュアに穴が空いていた。
腹部を貫通するほどの大きな穴が空いていた。
私はフィギュアに近づいた。傘を肩に担ぎ、しゃがみこんで、フィギュアをまじまじと観察した。
溶けてドロリ、とした物が腹部の周りで固まっていた。
「(…何、これ?)」
初めて見る状態だった。
フィギュアはうつ伏せだった。正面は見えない。
そこそこアニメを見る人間としては何のキャラクターか気になった。だから私は、側に落ちていたプラスチックを手に取り、フィギュアを裏返した。
顔だ。
顔が溶けている。
フィギュアの顔は、鼻から顎にかけてドロリと溶けて、原型がわりと残っている目や前髪ですら、黒いミミズ腫れのような跡があり、すすのような黒い粉が顔を覆っていた。
腹部は―、熱した何かを押し付けられたのか、おヘソから背中までドロリと溶けていた。制服のグレーに、髪のピンク。そして、少しの緑が混じった痛々しい状態だった。
「(このキャラクターが嫌いになったのかな…)」
そんな事を考えていると、ふと学校でラジオを作ったことを思い出した。確か、「はんだごて」と呼ばれる道具を使って、いろんな物を溶接した。はんだごてを押し付けるといろんな物がドロリと溶けた。
目の前にあるフィギュアも同じ状態だ。
あたりには傘で跳ねる雨粒の音。
私とフィギュアは静かに雨に濡れていた。
私はフィギュアを。
フィギュアは空を。
何か意味があるわけでもなく、ただ見つめていた。
私は身震いした。きっと雨に濡れて体が冷えたせいだろう。それとも――背後に感じていた気配。
フィギュアを見ている途中、背後で雨音が変わった。ザーという雨音に、何かペチャペチャと滴るような音が混じた。
私は勢いよく立ち上がった。
2秒――、時が止まった。
立ち上がった後のことを考えていなかった。
私は傘を握りしめて歩き出した。ペチャペチャと音がしている方を見ないように。
お化けは信じていないけど、わざわざ見る必要もない。そう言い聞かせ、その場を立ち去った。
◇
結局、あのフィギュアが何のキャラクターだったのか分からないままだ。ピンクの髪にグレーの制服。
そもそも、なんであんな事したんだろう。
そういえば、親からペットを買ってもらえない子供は、代替としてぬいぐるみを欲しがるという話を聞いた事がある。
そうなると、あのフィギュアの状態は何かの代替だったのだろうか…。




