【第1章】森から吹き始める風
はじめまして!
この作品は、王道冒険譚に「ほんの少しだけの希望」を詰め込んだ、“騎士と星々の物語”です。
主人公ギルは、剣を捨てた元騎士。
でも、世界が彼をもう一度剣の道へ引き戻していきます。
そして、彼の友――レオルトもまた、物語に大きな影を落とすことになるでしょう。
のんびり更新ですが、よろしくお願いいたします!
第1話「剣を置いた男」
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静かな森だった。
風は、枝を優しく撫で、葉をざわめかせる。
陽は高く、透き通る光が差し込む中、青年は一振りの剣を地に立てていた。
彼の名は――ギル。
かつて帝国軍第七聖騎士団に所属し、「剛剣」とまで謳われた若き騎士。
今はただ、火を熾し、釣った魚を焚き火で炙る日々。
誰も知らぬ森の奥、ひとり、小さな小屋で静かに暮らしている。
「……今日も、平和か」
魚の焼ける匂いが鼻をくすぐる。
小さな鍋の中で、山菜と干し肉がことことと煮える。
目を閉じ、ギルは耳を澄ませた。風の音。鳥の声。鹿の蹄音。
だが、その中に――不自然な“足音”があった。
「おぉ〜〜い!ギルーッ!いたら返事しろよー!」
その声は、明るく、場違いで、どこか…憎めない。
ギルは息をつき、目を開いた。
「……レオルトか」
その名を呼んだ途端、木の陰からひょいと顔を出す青年がいた。
レオルト。
ギルの幼なじみにして、今や唯一、彼のもとを訪れる奇特な男。
赤みがかった髪を後ろで束ね、軽鎧の上から青い外套を羽織っている。
「おっ、ちゃんと生きてたな。なんだよ、また仙人みたいな生活して」
「静かなのが、好きなんだ」
「お前の“静か”って、もう“無”だぞ?」
レオルトは焚き火の前に座り、鼻を鳴らした。
「お、魚か?うまそうじゃん。これ、俺の分もある?」
「ない。自分で釣れ」
「おいおい、冷たいなぁ~。昔は分けてくれたのに」
その軽口に、ギルはかすかに口元を緩めた。
レオルトだけが、今でもこうして気軽に声をかけてくる。
帝国を捨てた裏切り者としての烙印を、彼は気にしなかった。
あるいは、気にしていない“ふり”をしているのかもしれない。
「……何か用があって来たんじゃないのか」
「あるっちゃあるし、ないっちゃない。まあ……お前に、ちょっと知らせたいことがあってな」
レオルトの声色が、少しだけ真面目になる。
「帝国が……森に興味を持ち始めてる。“古の塔”ってのが、どうやら本当にあるらしい。
しかもその入り口は、この森のどこかだと噂されてる」
「……アポストロスの、塔か」
ギルの師匠――かつて帝国に“知の礎”と称された男。
彼は森の奥、誰も近づけぬ場所に、塔を築いて引き籠もっている。
「お前、会ってるんだろ?アポストロスに」
「…………」
ギルは答えない。ただ、薪をくべ、魚をひっくり返す。
レオルトは肩をすくめる。
「ま、いいさ。俺はお前がこの森にいるって、あいつらには言ってねぇ。
けど、そろそろ危ないかもな。“偶然”帝国兵が森に入り込む可能性もある」
「忠告、感謝する」
「おう。ついでに飯もくれたら、もっと感謝してやるよ」
焚き火の上、魚の皮がぱちりと弾ける音がした。
お読みいただきありがとうございます!
第1話、ギルとレオルトの“静かな森の暮らし”から始まりました。
まだ冒険の「ぼ」の字も出ていませんが、次回あたりから動き出します。
今後、主人公ギルの師匠であるアポストロスも登場予定ですので、お楽しみに!