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幕間


夜の街は静寂に包まれていた。聖桜学園から遠く離れた、廃墟と化した工業地帯。錆びついた鉄骨と崩れたコンクリートの間を、月明かりがかすかに照らす。

かつての戦争で破壊されたこの場所は、今や闇の取引や密会のための隠れ家となっていた。

冷たい風が吹き抜ける中、黒いバンが廃工場の裏手に停まり、エンジンの音が消える。


バンのドアが開き、3人の人影が降り立つ。全員が黒い戦闘服に身を包み、顔はマスクで隠されている。

リーダー格の男――背が高く、左目の下に古い傷跡が走る――が、廃工場の入口を見据える。

彼の名はクロウ、元傭兵部隊「黒鴉」の副隊長。

戦争中、リズの所属していた部隊と敵対し、壊滅的な打撃を受けた過去を持つ。


「目標の動向を確認しろ。リズ・シルヴァー……あのホムンクルスが生きている限り、俺たちの復讐は終わらない」


クロウの声は低く、憎しみに震えている。彼の手には、タブレット端末が握られている。画面には、リズのプロフィールが表示されていた。


「リズ・シルヴァー、コードネーム:シルバーブレイド。ホムンクルス、戦闘能力Sランク。最終確認地点:聖桜学園、潜入任務中」


クロウの隣に立つ女――コードネーム「ヴィパー」――が、マスク越しに冷ややかな笑みを浮かべる。彼女の髪は短く切り揃えられ、腰にはナイフが無数に装備されている。


「聖桜学園? あの殺戮マシンが女子高生のフリしてるってのか。笑えるね」


彼女の声には嘲りが混じるが、目は鋭く光っている。ヴィパーは戦争中、リズに部隊の仲間を何人も失い、その無感情な瞳を今も忘れられない。


もう一人の男――コードネーム「シェード」――は無言でタブレットを操作し、聖桜学園周辺の監視カメラ映像を呼び出す。長身で痩せ型、顔の半分を覆うマスクの下から冷たい目が覗く。彼はハッカーとして部隊を支え、情報収集の要だ。


「学園のセキュリティは脆弱。カメラの死角は3箇所。潜入は可能だが、目標の行動パターンが不明。データ不足」


シェードの声は機械的で、まるでリズの口調を思わせる。クロウは頷き、タブレットを手に取る。


「なら、データ集めからだ。リズの生活、仲間、弱点……全て洗い出せ」


---




クロウは廃工場の奥に進み、埃まみれのテーブルにタブレットを置く。

壁には古い戦場の地図が貼られ、赤いマーカーでリズの部隊が壊滅させた地点が記されている。クロウの傷跡が、月明かりに鈍く光る。


「2年前、アルファ高地の戦闘。あのホムンクルスは俺たちの部隊を単独で壊滅させた。隊長は死に、仲間は散った。なのに、あいつは今、のうのうと女子高生のフリか」


彼の拳がテーブルを叩き、埃が舞う。ヴィパーはナイフを手に弄びながら、吐き捨てる。


「無感情な人形が、だろ? あいつの目、覚えてる。仲間を切り刻む時、なんの感情もなかった。あんな化け物が『普通の女の子』? ふざけるな」


シェードはタブレットを操作し、リズの過去の戦闘記録を呼び出す。


「リズ・シルヴァー、ホムンクルス計画の最終試作型。感情抑制機能搭載、戦闘効率99.8%。アルファ高地での戦果:敵兵142名殲滅、生存者ゼロ」

クロウの目が細まる。


「生存者ゼロ……だが、俺たちは生き残った。あいつの失敗だ。そいつを今、俺たちが正す」


ヴィパーはナイフを鞘に収め、クロウに視線を向ける。


「で、どうする? 学園に乗り込んで始末するか? あいつ一人なら、俺たち3人で十分だろ」

クロウは首を振る。


「無駄なリスクは冒さない。あいつは戦場じゃ無敵でも、今は『普通の女の子』を演じてる。そこに付け入る隙がある。まず、動向を探る。生活パターン、親しい人間、弱点……全てだ」


シェードが新たなデータを表示する。聖桜学園の生徒名簿、監視カメラのログ、リズの転入記録。


「リズのクラス:2年A組。接触頻度が高い人物:ハルカ・ミナミ、ミオ・タカギ。担任:山田美咲。ハルカ・ミナミはリズと頻繁に接触、スキンシップ多。ミオ・タカギは警戒心強、対立の兆候あり」


クロウは画面を見つめ、呟く。


「ハルカとミオ、か。リズが人間らしい感情を学んでるなら、こいつらが鍵だ。弱点になる可能性が高い」


ヴィパーは笑い声を上げ、ナイフを軽く振る。


「弱点? あのロボットにそんなもんがあるわけないだろ。けど、面白そうじゃん。女子高生の友達を人質にしたら、あいつどんな顔するかな?」


クロウは彼女を制する。


「焦るな、ヴィパー。リズを直接始末するのは簡単だが、それじゃ足りない。あいつに、俺たちが味わった絶望を味合わせる。徹底的にだ」


---



廃工場の奥に、簡易な作戦室が設けられていた。壁にはリズの写真が貼られ、彼女の銀髪と無表情な瞳が月明かりに浮かぶ。クロウは地図に聖桜学園の位置をマークし、作戦を立て始める。


「ステップ1:情報収集。シェード、学園周辺のカメラをハックしろ。リズの行動パターン、登下校のルート、接触人物の詳細を全て把握する」


シェードは無言で頷き、ノートパソコンを開く。

画面には、学園の監視カメラが映し出される。リズがハルカと笑いながら下校する映像が一瞬映り、クロウの目が険しくなる。


「ハルカ・ミナミ……こいつ、リズに妙に馴れ馴れしいな。感情の引き金になる可能性が高い」


ヴィパーは地図にナイフを突き刺し、笑う。


「なら、こいつを先に潰す? 人質にすれば、リズも動揺するだろ。ホムンクルスだろうが、感情が芽生えたら脆いもんだ」


クロウは首を振る。


「まだだ。リズの感情がどこまで成長してるか、確認する必要がある。シェード、ハルカとミオの背景も調べろ。家族、友人、弱点……全てだ」


シェードの指がキーボードを叩き、データが次々と表示される。


「ハルカ・ミナミ:16歳、家族構成は母と姉。姉は入院中、病状不明。ミオ・タカギ:16歳、両親健在、目立った弱点なし。ハルカの姉が潜在的ターゲットとして有効か?」


クロウは頷く。


「いいぞ。ハルカの姉を調べろ。リズがハルカに執着してるなら、姉を盾にすれば動揺は必至だ」


ヴィパーはナイフを手に、興奮したように笑う。


「やっと面白くなってきた! リズがどんな顔で泣くか、見ものだね!」


クロウは彼女を冷たく見つめ、言う。


「ヴィパー、感情に流されるな。あいつはホムンクルスだ。油断すれば、俺たちがやられる。戦争での教訓を忘れるな」


ヴィパーの笑みが一瞬消え、頷く。彼女もまた、アルファ高地でリズに仲間を失った記憶を忘れていない。


---




クロウはタブレットに映るリズの写真を睨む。戦争中のリズは、銀色の刃のように無慈悲だった。

アルファ高地の戦闘で、彼女は単独で黒鴉部隊を壊滅させた。クロウの隊長――彼の兄貴分だった男――は、リズのナイフに胸を貫かれ、息絶えた。

その瞬間、リズの瞳に感情はなかった。ただ、任務を遂行する機械のような冷たさだけ。


「シェード、リズのホムンクルス計画の詳細をもう一度確認しろ。あいつの設計者、上官、誰が関わってる?」


シェードはデータを呼び出し、読み上げる。


「ホムンクルス計画:軍の極秘プロジェクト。リズは最終試作型、感情抑制機能により戦闘効率を最大化。設計者は不明。上官:コードネーム不明、女性、推定30代。リズを戦場から引き抜き、現在の任務を与えた人物」


クロウは拳を握りつぶす。


「その上官もターゲットだ。リズを学園に送り込んだやつが、俺たちの復讐を邪魔してる。そいつも始末する」


ヴィパーは地図に新たなピンを刺し、言う。


「学園に潜入するなら、私が適任だろ。女子高生のフリなら、簡単さ。リズを間近で観察して、隙を見つける」


クロウは一瞬考え、頷く。


「いいだろう。だが、目立つ行動は避けろ。リズは戦場じゃなくても危険だ。ホムンクルスとしての本能が、俺たちを感知する可能性がある」


シェードが新たな映像を呼び出す。

リズが聖桜学園の校門でハルカと別れるシーン。

ハルカが手を振る姿に、リズがぎこちなく手を上げる。クロウはそれを見て、唇を歪める。


「ホムンクルスが手を振る? 笑わせる。あいつ、ほんとに感情を学んでやがる」


ヴィパーはナイフを握りしめ、吐き捨てる。


「なら、なおさら潰す価値がある。感情を持ったホムンクルスなんて、ただの欠陥品だ」


---




クロウは作戦室の中央に立ち、部下たちに指示を出す。


「ステップ2:潜入と監視。ヴィパー、聖桜学園に転入生として潜入しろ。リズの日常を間近で観察し、ハルカとミオの動向を報告。シェード、引き続きハッキングで情報を集めろ。ハルカの姉の病院、リズの上官の動向、すべてだ」


ヴィパーはニヤリと笑い、ナイフをくるりと回す。


「転入生ね。楽勝だ。リズの鼻っ柱をへし折ってやるよ」


シェードは無言で頷き、ノートパソコンを閉じる。


「データ収集:72時間以内に完了予定。次の報告は3日後」


クロウは地図を指差し、最後に言う。


「リズ・シルヴァー、俺たちの復讐は始まったばかりだ。お前がどんなに普通の女の子を演じても、過去は消えない。聖桜学園がお前の最後の戦場になる」


月明かりの下、廃工場の空気は冷え切っていた。黒鴉部隊の3人は、それぞれの憎しみを胸に、闇に溶け込む。リズの新しい生活――ハルカの笑顔、ミオの嫉妬、上官の愛羽の期待――は、知らず知らずのうちに暗い影に覆われ始めていた。


---




同じ夜、リズはアパートで上官から渡された小説『桜色の青春日記』を読み進めていた。

物語の中で、女子高生たちがケーキを焼き、恋を語り、笑い合うシーン。

リズはハルカの笑顔を思い出し、胸のざわめきを感じる。


「恋:心拍数上昇、戦術的リスク高。ハルカの笑顔との関連性:調査継続」


彼女はメモに書き込み、窓の外を見る。

夜の街は静かで、遠くの街灯が揺れている、だが、彼女のホムンクルスとしての本能が、微かな違和感を捉えていた。


「周辺:異常反応なし。だが、監視の可能性:低。警戒レベル:維持」


リズは知らない、彼女の過去が、暗い影となって忍び寄っていることを。

聖桜学園での「普通の女の子」としての生活は、戦争の傷跡と新たな戦場の予感に揺れ始めていた。


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