72 文化交流会2日目~扉の向こう~
三日月の言う通り、屋上扉は最高上級魔法によって厳重に施錠されている。しかし、なんと! その扉を、彼はいとも簡単に開けてしまったのである。
彼女は念願の屋上へ出られる『喜び』の気持ちと、学校に内緒(?)で開錠した場所へ勝手に出ても大丈夫なのだろうか? という『不安』な気持ち。そして目の前で起こったセルクの魔法に『驚き』の気持ちと。
様々な『気持ち』が折り重なり、とても複雑な心境になっていた。
「あのぉ、星様?」
三日月は、その気持ちを胸に彼へと話しをかける。
「ん、なんでしょう、月姫様?」
セルクは、珍しく可愛らしい笑顔で答えてくる。
(うぅ、また爽やかなお顔で……月姫ってぇ)
それでも彼女は負けじと、彼へと疑問を投げかけた。
「えーっとですね。屋上へ出たい気持ちは、山々なのですが……魔法施錠されていた場所へ侵入するのは、怒られるのではないかと」
すると。
「おぉ!」
まるで今気付いた! と言わんばかりに目を丸くし、三日月の顔を見つめ返す。
(うぅぅーん? 星様の表情が、全く驚いているようには見えないのですが)
「ほーしーさーまぁ?」
「え? ふふ、そうだね! 大変だ。怒られちゃうかもしれない」
「えー!! ど、どうしよぅ」
オロオロする三日月。
どうしようか? と、彼から聞こえてくる声はとても真剣に話しているように思えるが、しかし。
その表情に目をやると。
「……ッ」
今にも吹き出しそうな顔で笑っている。
「ごめん、あまりにも月が素直で」
「んにゃっふ!?」
(そんな君が可愛すぎて……なんて口には出して言えないが)
彼の心の声は当然聴こえていない、変わらず困り顔の彼女。
心の奥では、屋上はどんな風になっているのか、そこからどんな景色が見えるのだろうと、いつも色々な想像を膨らませていた。
そんな重い、扉の向こう――。
「うぅ……(行きたいけれど)」
「はは、ごめんよ。では改めて、月姫様。行きますか?」
「つきひ……は、はい。 もちろん、行きたいです!!」
どんなに警戒していても、セルクの言うことは信じられる。
(どうしてかな?)
結局、わくわく好奇心で元気いっぱいの返事をした三日月。その言葉を聞いた彼は手のひらを上にし、「こちらへ」と屋上扉を指す仕草を見せた。
「――――っ」
「“安心して”……月。本当に大丈夫だから――」
――ふわぁ。
(なんで? 不安が消えてくみたい。すごく不思議な気分)
彼の声は、三日月の心奥へとその“言葉”を響かせ、伝える。
(星様の言葉、そして声。この感覚って……誰かに似てる?)
セルクは少し大きめの声で「ねっ♪」と楽しそうに言い、ニコニコ。その姿を見ていると、彼女まで嬉しくなってくる。困り顔のままで視線が合った瞬間、一緒に声を出して笑いあった。
二人笑顔の中で、いつの間にか彼女の抱いた複雑な『気持ち』は、消えてゆく。
「星様。出てもいいのですか?」
セルクは「月は本当に心配性だね」と微笑みながら、屋上扉の入口にしなやかな所作で手を伸ばす。
笑いながら確認の言葉を発した三日月は、改めて気付く。自分が彼に対してすっかり信頼を寄せていること。そして、この笑顔にいつも癒され助けられ、たくさんの勇気と元気をもらっていることに。
(今日はなんだか、自分の心にある言葉が、頭の中でたくさん溢れてきちゃう)
――なんだか、星様って。
(普段はとてもクールな印象なのに、ちょっとだけ揶揄い口調でクスクス笑う所とか、とても楽しそうにお話をしてくれたりする時とか……誰かに似ているような)
先を行く彼の背中を見上げ、首を傾げる。
(一緒にいると、ほやぁってして。いつも幸せな時間だなぁなんて思っ――)
『って……ぇ?』
(えぇぇ? いーやいや! 何考えてるのわたしー。その『幸せ』といっても、楽しいなぁとか、そういうことだし。そんなに深い意味はないのです!)
もちろん彼には聞こえない。自分の心の中だけで、ひとりツッコミをしていた。
ガチャ……。
『開いたよ』
ひそひそ声で少し笑いながら、彼が言う。
『は、はぃ』
なぜか彼女まで、小さな声で返事をする。
その、いつもとは違う彼の“表情”に。
(星様、なんだかイタズラっ子みたい。一瞬だったけれど、お茶目な感じ)
いつもとのギャップ。
三日月の目にはとても可愛いらしく映る。それがまるで幼い子供のような無邪気さを感じてしまった。
「さぁ、どうぞ」
扉を開けたセルクは、丁寧に彼女を案内する。
「……おじゃま……します」
三日月は、自身が見つけたお気に入りの場所である屋上前、六階の階段。
そして。
ずっと行ってみたかった、もう一つの場所。その先にある七階――屋上へ。
――『いつかは……と、そんな叶わぬ願い』
微かな希望を夢見ていた時間が、現実になる。
緊張で痛いくらいのドキドキが止まらない。
そんな心地よい胸の高鳴りを“ぎゅっ”と両手のこぶしで抑えながら、セルクの案内で屋上扉の向こう側――“未知の世界”へ。一歩一歩、ゆっくりと歩みを進めた。
◆☆◆
――――そういえば、星様の表情がとても豊かになって、今日みたいに綻ばせて笑う日が増えた。そんな柔らかいお顔を見られるようになったのは、ここ最近のような気がする。
出逢った頃の彼は、瞳の奥に何だか違う世界があって。
同じ景色を見ていても、そこにある別の何かを見ているようで……うまく表現出来ないけれど。彼の心は、閉ざされている。それこそ、鍵でもかかっているように……そんな印象だった。
それでも、いつだって会話は楽しくて過ごす時間は温かくて。人見知りなわたしが、初めから自然体でいられたのは、紛れもない事実なのだ。
なので、心許せる存在だという思いに変わりはない――――。
◆☆◆
(星様も、そう思ってくれているといいなぁ)
ふと三日月の心には、そんな想いが廻っていた。




