71 文化交流会2日目~秘密~
セルクは、これまでになく真剣な表情で、三日月を案内する。
「では、こちらへ」
「は、はい」
コツ、コツン、コツ……。
(星様の足音。静かな夜に響く音が、大人の人みたいで――)
『ん? “大人の”ってなんだろぉ~』
自分で思っておいて謎だ、と心の中の呟きに小さな声でひとりツッコみ笑いをする。そして、彼の後ろをついていこうと振り向き、三日月はエッと、驚いた。
なぜなら――。
「あの、ほ、星様!」
「?」
「いえ、そのぉ。そちらは……」
「あぁ、うん。フフ」
(笑っているー! えっと、どういうことなのでしょうか? だって、そちらは屋上扉しかないのです。まさか星様が、方向を間違えるなんて、思えな……)
「心配ない、大丈夫だよ――ついておいで」
「ぇ……?」
三日月が言わんとしていることを理解したセルクは、くすくすと笑う。それから彼女へ優しく言葉をかけ、安心させた。その雰囲気は初めて会った時と変わらず、声はまるで水のように彼女の心へと流れ、解け込む。
そして感じるのは、あの不思議な感覚。
(どうしてかな。わたしの心の中にある、すごく冷たくて固い、氷みたいな部分が)
――融けていくようで。
悩んで考え込んだり、不安に思ったりするとすぐ顔に出てしまう。出会って数ヶ月、隠そうとしても、彼女の心情はセルクにいつも読まれている。
数段上がってすぐ。
屋上扉前の踊り場に着いた。
「お外って……星様?」
――『階段のもっと先へ行きたい』
まさか、まさかという思い。
それは三日月の、秘めたる願いごとだった。
その心は今、わくわくと好奇心が一気に沸き上がり、頬は真っ赤。全身が熱く紅潮していくのが自分でもよく分かる。
「はは、月は本当に、表情豊かで可愛いね」
(んにゃ!)
「ま、また、星様ってば! 揶揄うのはやめてください」
「本心だよ。ふふ……えっと。では、月姫様の思っているであろうその謎を――」
――解き明かします。
(え?)
身体が一瞬キラッと光ったセルクは、白い肌にお似合いの銀細フレーム丸眼鏡を外し、何やら力を発動し始める。そして、屋上扉に向かって魔法をかけていた。
「すごい……」
(力が。今まで感じなかった星様の大きな魔力を感じる)
この時、三日月は気付く。
今日まで、セルクの近くにいても何の力も感じられなかったのは、外したあの眼鏡が関係あるのだと。
(思い起こせば、そう。あのプチ騒動――カイリ様から助けてくださった時にも、眼鏡を外していた気がする)
「ん? ……て、まさか、えぇぇ?!」
(星様ぁー! 屋上扉の鍵を、一体どうしようとしているのですかぁー)
「星様! だ、ダメですよぉ!! 怒られちゃいま――」
『シーッ。ダイジョウブ』
唇に人差し指を当てウィンクをすると『内緒』と彼は笑顔で言う。
ドキッ――。
(もぅ……うぅ~ウィンクとか反則です)
その心臓が飛び出るような言葉に、仕草に。毎回あたふたしてしまう。だが、この一連のやり取りの光景が、なんだか誰かと似ているような気がしてならない。
(誰だっけー、うーん。思い出せない!)
プツ――フッ。
セルクの魔力展開が終わると、急に周りの精霊がいなくなり(見えなくなり)、止まる空気の流れ。そこは静寂に包まれる。
「あ……」
(雰囲気が、違う)
彼は魔法をかけた屋上扉に手をかざし、重ねて魔法をかける。
『【開錠】』
――“カチャ”
その瞬間、厳重に掛けられているはずの鍵が小さく鳴った。
「わぁ♪ スゴイのです! 星様」
「あはは、ありがとう」
(月……君って人は。本当に純真無垢で)
「ふぇー!! どうやったのですか?」
勝手に開けて、いけないことをした、という気持ちよりも好奇心が勝り、三日月は思わず聞いてしまう。
「想像以上に驚いて? 喜んでくれているみたいで良かったよ」
そう、彼はとても嬉しそうに話す。
笑顔でにこにこ応えつつ心の中では早く外へ出たいと思っていた三日月はようやくハッ! と、状況に気付く。
「んあーっ! でもこの扉って、生徒が危なくないように、最高上級魔法の鍵で施錠されてると……」
(そう、聞いてますけれど?)
これって……。
(ダイジョウブ? なのかな)
「ふふっ」
「――!!」
(もぉ!? 一体、どういうこと)
こちらの心配をよそに、いつもよりあどけない表情で笑っているセルクに戸惑う三日月は、心の中で叫んでいた。




