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星と月の願いごと  作者: 菜乃ひめ可
【学園編】第一章 ひとりが好き
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04 ランチ


 ある日突然、三日月の前に現れた、不思議な雰囲気を持つ彼。


――『美味しそうに食べるね』


 その穏やかで温かみのある声は、澄んだ美しい小川のようにさらさらと流れ、三日月の心奥に沈む氷を優しく溶かすように、沁み入ってくる。



(あの、落ち着く声や言葉が……)


「どうしてかな。ずっと頭から、離れない」




 大きな口を開け、はむっ! とサンドイッチを頬ばる瞬間を、不思議な彼に目撃されてから、早一ヶ月。


 三日月お気に入りの場所(居場所)である屋上扉前の階段へ、週に何度か彼は来るようになった。そしてランチ時間を何度か一緒に過ごしている間に、彼女は自然な笑顔になり、話せるまでの距離感になっていた。


(それでも、まだやっぱり……慣れきってはいない~というのが本音なのです)


 彼の方は、というと。優しい気遣いはもちろん、三日月がどんな反応や受け応えをしていようとも、変わらず穏やかな表情で話す。


 初めて会った日に三日月の歯切れの悪い口調やぎこちない様子で、人見知りだというのが伝わっているのだろう。彼は座る場所も毎回同じように、少し距離を取る。


(隣の隣……ぐらいなのは、変わりませんが)


 そんなことを考える三日月の顔を、今日も横目で見つめながらニッコリと微笑み、楽しそうに質問を始めた。


「今日は、何を召し上がるのですか?」


「あっ、えっと今日は、ですね。か、可愛いうさぎちゃんクリームパンです!」

(はぅ~……話し始めが一番ドキドキするよぉ)


 一言一言、答えるだけでも緊張が顔に出てしまう。


「おぉ~なんと見事なうさぎちゃん。これも自分で作っているのですか!?」


「は、はい、子供の頃からパンが大好きで。色々と作るようになりまして……」

(あ、あれ? なんだか、すごい嬉しそう)


 ほんの少し、いつもよりも滑らかに話すことができ、ホッと胸を撫でおろした三日月。今日は二人の間に流れる空気が、軽く感じられた。


「すごい! こんなに綺麗に焼けるなんて……僕もパンは、大好きですので」


「エッ? あ、えへへ。ありがとうございます。パン好き、一緒ですね」


 彼との会話は、こうしたランチの中身を聞くことがお決まり台詞(セリフ)のように始まり、やり取りする。これがいつものことなのだ。その三日月が毎日手作りで持ってくるお弁当に、彼はとても興味津々で聞けば『すごい!』と言い、感動する。おかげで毎回『何を作ってきたのか?』と、聞かれるのが楽しみになっていた。


「本当に! 料理が出来るのもすごいことだけど、こんなに可愛いパンを家で焼けるとは、とても素敵な趣味だよ」


「え? あ……ありがとう、ございます」


――褒められた? って、趣味?


 もともと趣味のない三日月は、彼の言葉でふと気付く。


(お料理は好きだし、これが『趣味だ』って、言ってもいいのかな?)


 そして日々、ただただ好きで手作りしているだけの料理ランチについて、色々と聞き楽しんでもらえるのは、嬉しい。


(すごい! と、いつも言ってもらえるのは、素直に嬉しいのです)



 彼と話す話題。

 そのほとんどが毎回こんな感じで食べ物のことばかり。互いに「食いしん坊だね」と、いつも笑い合っていた。



「あ……」

 

 ふと、なぜかあの日の光景が――初めて彼に会った、あの日の出来事を。


「……(恥ずかしい)」


 自分で自分の「はむっ!」を思い出し、顔は真っ赤っか。


 頬は熱くなる。


(大きなお口、開けてたんだよねぇ)


 そう思いながら隣に座る彼の顔を、チラッと見る。そして無意識に溜息をつきながら、唇はへの字になってゆく。


 するとそれに気付いた彼が少しだけ首を傾げ、声をかけた。


「どうしたの? 何かあった?」


「えッ! な、何でもないー何でもないですよぉ。あっはははぁ」

(いけない。目が合ってしまった!)


 逸らす間もなく彼と目が合い、さらに恥ずかしさが倍増した三日月は、とてもじゃないがこれ以上の会話は無理だと、顔すら合わせられなくなる。


 その気持ちを知ってか知らずか。

 彼は珍しく揶揄(からか)い口調で笑み、話しかけてくる。


「ふふっ、ねぇ」


「は……ぁひ(はい)?」


「今日は『はむっ!』と、食べないの?」


「んにゃふっ! な、にゃんで、そ、そそ」

(そんな! 考えてることが分かるというのですかぁー!?)


 考えていたサンドイッチのことを言われ、まるですべてお見通しと言わんばかりな彼の表情は柔らかく、またふふっと笑う。


 そして優しく、綺麗な深い蒼色瞳を三日月と合わせる。


(うわぁ! そのキラキラした瞳は、反則ですよぅ)


「ふふ……」


「なッ! えーっと、た、食べますよぉ。お腹すいていますので」


 どぎまぎ答えた三日月は、ペーパーナプキンでクリームパンを取り、顔の火照りを落ち着けるため少しの間、瞳を閉じてじっとしていた。


 すると――。


「そうか、なるほど分かりました」


「わ、分かったって。んんっ? あの、えっと」

(まだ、顔の火照りが落ち着かないー)


 瞑るまぶたの向こうで、彼女はその声の主から発せられる温かく優しい視線を感じる。続けて彼は、問いかけてきた。


「うさぎちゃんが可愛すぎて、クリームパン、食べられなくなっちゃったのかな?」


「――!」


 結局気持ちを落ち着けるどころか、また自分の顔が赤くなっていくのを感じる。その反応を見て彼はまた、悪戯な表情でクスクスと笑っていた。


(揶揄わないでぇー!)


 心の中でそう思いながらも、りんごのように赤くなった両の頬を――顔を、両手で隠す。


「そんなに笑わないでください!」


「ふふっ、ごめん、ごめんね? でもなんだか、可愛くて」


「か……かわっ、ぅ」


 そんな言葉をさらっと言ってしまう彼に、戸惑う三日月。


 その姿に――。


「ふふっ……」


(また『ふふっ』と、笑っている)


(とても楽しそうに、笑っている)


――これは、絶対に! 揶揄われているぅー!!


「もぉー!」


 ぷんっと顔を背けた三日月に、彼の言った「可愛い」の言葉が浮かぶ。


(だ、だいたい男の子なのに、そんな『うさぎちゃんが可愛すぎて』という表現を出来る彼の方が、うさぎちゃんクリームパンよりも可愛いのでは?)


「怒った顔も、可愛いです」


「うぅぅー」

(だからぁー、揶揄わないでくださーいッ!!)


 そう心の中で叫ぶ、ほっぺはポカポカ真っ赤な三日月であった。




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― 新着の感想 ―
2人のやりとりが可愛らしいですね。 ほのぼのとしていて良きですね(⌒‐⌒)
うさぎちゃんクリームパン、美味しそうですね〜! はむって食べているのを見る方が幸せな気分になれそうです。 ……読んでいて、チョココロネを大口開けて食べたら、チョコが大量に飛び出て落ちたことを思い出しま…
三日月ちゃんに声をかけてきた男性。 そして三日月ちゃんもドキドキしながらご飯をたべますがq楽しそう✨ 男性の正体は果たして!? 続きもドキドキ楽しみです(( ॣo ᴗo )ദ്ദ
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