67 文化交流会2日目~犬猿の仲あれば新しい友達あり~
『ふんっ、何よ、ラフィールのくせに』
アイリは腕を組み、尖らせた唇でぶーぶーと、小さな声で呟く。
「おやおや、何か言いましたか?」
反応するラフィール。もちろんその耳にはハッキリと聞こえている。
そうして結局、言い合いは終わらず。
「言っておきますけれど? 月ちゃんだって、きっとあなたが上級能力を持つ講師だから、仕方なーく、教えてもらっているだけですわ!!」
(にゃっ?! アイリ様、そんなことは決してありませんよぉ!)
「おやおやアイリさん。そのお言葉、聞き捨てなりませんねぇ」
(先生も挑発に乗らないでぇー!!)
「う゛ー……」
(憎らしきラフィールッ! 女でもないくせに、この私よりもめっちゃ綺麗でツヤッツヤな顔してくれちゃってぇー! あーやだやだ!)
アイリの心の声は顔に出ている。
だが、そんなことは関係ないと、冷たい怪訝な表情に変化し、左上瞼を上げて眼光鋭く言い返したラフィール。するとその美しく切れるような圧に、アイリの身はすくむ……が、それも一瞬のこと。すぐにお怒りモードへと戻る。
「ふ、ふんっ。あーら、そうですの? では上級能力講師のラフィールせんせッ。どうなさいます?」
喧嘩は収まるどころか、どんどん激しく過熱していく一方で、一体どうなっているのかと、三日月はあわあわするばかりだ。
「あの、えっと、メイリ様……」
「申し訳ありません、月様。いつものこととはいえ、ここまでいってしまうと、説得のしようがございません」
「ああぁ。そうなのですね。でも、お二人って、どうしてこんなに」
(ラフィール先生のあんな姿、初めて見た)
この状況に一番驚いている三日月へ、メイリは淡々と説明を始めた。
「なんでも姉、アイリとラフィール先生は、スカイスクール時代に同じクラスで成績優秀だったと聞いています。通常でしたら切磋琢磨し、互いにたたえ合うことでさらに成長していくのだと思うのですが。先生と姉はなぜか、ライバル心のような火花を散らしていて。そもそも入学当初から、仲がよろしくないのだと、周囲からは聞いております」
「犬猿の仲……という感じでしょうか?」
「何かきっかけがあったのか。それも分からず。まぁ、そのような感じなのでしょう」
メイリと三日月は顔を見合わせ、「はぁー」と、大きな溜息をつく。
(だからここまでムキになって、拗れてしまっているのですねぇ)
なぜ仲が悪くなったのか理由までは解らない。だが、さすがにこのままというわけにもいかない。
「あっ、あのぉぉぉー!」
三日月は勇気を出す。両手をグッと握り締め、大きい声で言い合いの止めに入ったのだ。それを少し驚いた顔で見たラフィールは我に返り、颯爽と彼女の側へと戻る。
「月さんに免じて。アイリ、ここは一旦、引かせていただきます」
「そ、そ、そうね! いいわ。今日はせっかくの文化交流会ですもの。あなたと話している時間と労力の方が無駄ですのよ」
アイリは、再びふんっ! と言いながら背を向ける。
(はぁ~良かった。とりあえず? 収まりましたぁ)
ガシッ!!
「ふっふぇへー!?」
「でーも! 月ちゃんに最後、一言だけ♪」
「……」
(ひょえー! 無言のラフィール先生のお顔が怖いです!!)
「な、なんでしょおかぁ?」
「ラフィールのお部屋の前にある、水晶で出来た“猫の置物”。あの水晶猫に宿る妖精様がいるでしょう? あの御方がバステトさ…………ふぎゃっ」
「おい、アイリ。不確かな情報を、月様の記憶に与えるな」
((ぎょえーッ?! ラフィール先生の口調が、コワいのですー!!))
さすがのメイリも冷や汗だらだら。
三日月と腕を抱き合い、心の中で同じことを思い震える。
「痛ったぁーい! 乙女の頭上に何するのよ、バカあほラフィッ!」
(んぎゃー!! それに言い返すアイリ様はもう、恐怖ですー)
「誰が乙女です? いい加減に――」
「分かったわよ。やーねぇ、ラフィールは。ホント怖いこわぁーい」
(にゃ? ラフィール先生。今……わたしの名前に“様”って付いてた言ったような……)
おかしい。
ついさっきは噴水広場で空耳のような声も聞こえ、自分の耳が今日は特におかしいような気がしてくる三日月は、耳たぶをさすってみる。
「大会の時も……」
ふと、思う。
「それでは、月ちゃん。今日という素晴らしい日に、貴女に出会えたこと。そしてユイリアちゃんとの大会での魔法……その魔力……私、感激よ!」
「大会、ご覧にな――」
「えぇ、もちろんですのよ! とっても素敵なあの光! あぁ~運命を感じる日でしたわ」
――『運命』?
三日月が話しているのを遮る程に興奮気味なアイリへ、まだ話すのかと言わんばかりなラフィールのビリビリと痛い視線が向けられる。
さすがのアイリも、その様子に焦り、慌てて歩き出した。
「コホン! ではまたね月ちゃん。御機嫌よう♪」
まだ話し足りないアイリは、むすっと嫌悪感むき出しな顔でラフィールをキッと睨むと、最後の一言を残しこの場を去ってゆく。その後ろを申し訳なさそうに頭を下げながら追って行くメイリと目が合った三日月は、笑いかけた。
その瞬間、メイリの心はまるで花が咲くように明るくなる。
互いに微笑んだ、穏やかな時間。
先に口を開いたのは、メイリだ。
「月様。本日は『力』の消耗が大変激しかったのでは、とお見受けいたしました。本日は心身ともに、ゆっくりとお休みになれますように……どうか、お身体お気を付けください」
「お気遣いありがとうございます」
「いえ、ではこれで――」
「あ、あのっ、メイリ様!」
「んあぁ、はっはいー? どうされましたか?」
いつもは口にしないような言葉を言った自分の行動が恥ずかしかったのか。少し頬を染めた顔を隠し、急ぎ足で去ろうとしたメイリを、三日月は思わず引き留めていた。なぜなら彼女に、どうしても伝えたいことがあったからだ。その声に驚いた顔で振り向いたメイリは、慌てて返事をする。
「よ、良かったら、わたしと……」
何かの言葉を振り絞る彼女の様子を、不思議そうに、しかし期待するような潤んだ瞳で、メイリは黙って見つめる。そんな若き二人を優しい眼差しで、少し離れて見守るラフィール。
そして。
「わたしと、“お友達”になってもらえませんかっ?!」
――えっ!! 月様が……私に……?
三日月は思いきって、彼女へ気持ちを伝えた。ほんの少しの間が空いた後、ほやぁっと嬉しそうに笑ったメイリは、頬をりんごのように真っ赤にしながら応えた。
「月様……喜んで! ありがとうございます」
「本当ですか?! やったぁー!」
周囲との距離を保ち、関わりを恐れていたはずの三日月が自然に先へと進んでいる。その成長してゆく姿を、目を細め見つめたラフィールの目頭は、ほんの少し熱くなる。
そして二人は、改めて自己紹介。
「セレネフォス=三日月です。わたしのことは、“月”と呼んでいただければと思います」
「ラウルド=芽衣里です。私も……よろしければ、“メイ”とお呼び下さい」
お互い慣れないシチュエーションが、急に恥ずかしくなったのか。ふっふふと笑い合い、真っ赤な顔で、初めて愛称で名を呼び合う。
「では月、また……」
「ありがとう、メイ。また……今度はゆっくりお話したいです」
もちろんと言い、メイリは笑顔で頷く。次に会える日を心待ちにするように、お互い満面の笑みで手を振り、さよならをした。




