66 文化交流会2日目~歴史~
――『癒しの木』
【力】(能力・魔力)を、回復することができる。
その木が植えられている学内の小さな公園で、彼女はまた謎に包まれる。どこに行けば平穏な時間を取り戻せるのかと、項垂れていた。
(それにしても、バステト様って?)
◆
さぁ~て、問題でぇす!
アイリ様の言う【バステト】様とは、いったい誰なのでしょうか?
チックタク、チックターク、ちっくたく…………。
はーーい!!
どうぞ、三日月さん!
『わかりませーん』
◆
と、頭の中でひとり。質問と回答を繰り返してみる。
しかし、知らないものは知らない、考えても解らない。
結局三日月は黙ったまま、引きつり気味のニコニコ笑顔で、ゆ~っくりとアイリに目をやる。すると、アイリは何を思ったのか、満面の笑みを浮かべながら話し続けた。
「あら、ナイショってことぉ?」
(にゃんでそうなるのぉーっ!)
「あーいえ! 違うのですが……」
ふ~んと不思議そうにする視線は鋭くなり、その美しい大人の顔は一瞬、三日月の心をヒヤッとさせる。これはきちんと言わないといけない、そう思った彼女は黙っている理由を話し始めた。
「あの。正直申し上げますと、わたしは……そのバステト様というお方を、存じ上げないのです」
「「――っ!!」」
「あ、あのお二人とも……えっ?」
アイリとメイリの顔色がサッと変わる。二人とも彼女を凝視したまま動きが止まったのだ。一体どうしたのだろうかと、三日月自身も固まる。
(やっぱりナイショにしてるって思われてる?)
「えー……あの、月様」
「月ちゃんッ!! 嘘でしょお~??」
「あの、そんなに驚かれなくても……ホントに本当です」
ふぅと息を吐いた三日月は、思いっきり冷や汗をかいていた。
秘密にしているとかではない。彼女は本当に何も知らず、そしてこのような話題(歴史)には疎い。仮にナイショにしていたとしても、そんなのすぐ顔に出てしまい、バレバレで分かってしまうだろう。
「月ちゃん……」
「ハィ……」
(どうしよう、呆れてる?)
綺麗なお姉さん――アイリから、そんなに真面目な顔で名を呼ばれると、緊張してクラクラと目眩がしてくる。
アイリ、そしてメイリも。
二人とも首を傾げ、困った表情で彼女のことを見ている。
「あまり……『歴史』にご興味がないのかしら?」
「え? あー……なんと言いますか。学ぶ機会が少なかったのもありまして」
すると、心配そうにメイリが話し始めた。
「恐れながら、月様。かの有名な御方――バステト様とは、月と豊穣を司る神とされております。そして此処、ルナガディア王国で、古くから愛されている“女神様”の事にございます」
「そ、そそっそ、そうなのですかっ?!」
(そのような女神様を……大事な知識を知らないなんてぇ!)
これは当然、首を傾げて凝視されても仕方のないことだと、彼女は心から納得する。
「……本当に申し訳ありません。わたしの勉強不足で、お恥ずかしい限りです。今後は『ルナガディアの歴史や伝説』について、学びの時間を積極的に作りたいと思います」
恥ずかしい気持ちで深々と頭を下げ、そして自分にがっかり、ちょっぴり落ち込む。
「あぁ! やだぁ月ちゃん、待って待って! 責めてるわけではないのよぉ」
「いえ、でも……」
(事実なのです)
すぐに頭を上げるように言われ、慌ててフォローされる。しかし、森育ちとはいえ、三日月の勉強不足は否めない。
「あっ、そうだわぁ!」
彼女の言葉を遮るように、アイリは「良いことかーんがえたッ♪」と目を輝かせ、ウキウキしながら三日月の手をぎゅっと握る。
「うは、あーあのぉ」
(嬉しいのですが。アイリ様は、いつも距離感が……)
するとまた、呆れ顔のメイリが、姉の行動を薄い目で見つめながら口を開いた。
「お姉様……お願いですから、月様にご迷惑をおかけ――」
「そ~んなこと、しなくってよ」
不敵な笑みを浮かべている。
そして『良いこと』の内容を話す。
「私がこの学園で、歴史などの講義を担当している、というお話をしたわよね?」
「はい、案内していただいている際の、自己紹介でお聞きしました」
「うんうん、そこでっ! 月ちゃんの『歴史を学ぼう講座』を、特別にしてさしあげたいなぁって思ったのよぉ」
「お、お姉様!?」
「……」
アイリからの提案を聞いた三日月の頭の中は、真っ白になってしまった。
そして、何とか丁寧にお断りするには? と懸命に考える。
(うーん……言葉が見つからないです)
彼女がどうしようもなく困惑していると、どこからか聞き覚えある声がしてきた。
「ダメですよ、アイリ。月さんの手を放しなさい」
ハッと振り向くと、美しい髪をなびかせ、厳しい表情で立っているお方が。
「ラ、ラフィール先生?!」
すると一度、三日月の方を向き、とても優しい顔でニッコリと微笑む。そしてまたアイリへと視線を戻し、重低音の利いた声で注意をする。
「それ以上、月さんに近づかないでくれますか」
「や、やっだ! ラフィールじゃないの」
アイリはとても迷惑そうに顔をしかめる。
「えぇ。何か問題でも?」
澄ました顔のラフィールは冷たい印象だ。
(な、なんだか、良くない雰囲気? でも、なんだろう……)
自分を守ってくれる素敵な恩師なのだが。それよりなにより三日月は、ラフィールもアイリも、互いに名前を呼び捨てにしていることの方がとても気になっていた。
「クッ! ふふん、いーえー、誰が来ようが問題ありませんけど? でもねぇ、月ちゃんとのことを、あなたにとやかく言われる筋合いは無くてよ。関係ないですわぁ~」
「い~え~、残念ですが。それが関係大アリなのです。月さんは、私の大事な教え子ですから」
(先生ぇーありがとうございます~!)
「それから――」
「ふんっ、うるさいラフィール! 何ですの?」
「まったく、本当に口の悪い人ですね。まぁいいでしょう……私は、親御さんからも月さんの事を頼まれていますので。君と違って、責任があるのですよ」
「えっ……」
(お父様たちから? そうなのですか??)
「そう。それは遠くに通う、娘の心配をなさるご両親の気持ち、理解できますわ。しかし! それとこれとは話は別です! 何を根拠に、私では月ちゃんの講師にダメだとおっしゃるの?」
(あぁ、その突然怒り始めるところ、カイリ様っぽいです~)
「お姉様! いい加減そろそろおやめください!!」
緊迫した雰囲気の中、ただただ心の中だけで応えていた三日月。
そんな中で勇敢にも止めに入る、少女!!
――メイリ様ッ! ナイスです!!
このメイリの一言で、ひとまず喧嘩? は収まった。
はずであったのだが……。




