65 文化交流会2日目~裏道~
いつもは通らない、校舎の“裏道”。
ひとりで過ごす時間――居場所を探していた時に、何度か通ったこともあった三日月は、その道のりを迷うことなくグングンと、足早に進んで行く。
しかし、その本音は。
(う~ん。この辺り、夜になるとちょっぴり不気味……なのカナ?)
滅多に通らない道。
あたりが暗くなるにつれ、三日月は身震いしほんの少し怖さが増す。そんな気持ちを紛らわすように、小声で歌を口ずさみながら歩くことにした。
『らんらーん♪ るんるるーん♪』
出来るだけ陽気に! なかよし精霊のランプで、自分のまわりを明るく照らしながら心を保つ。
しかしその恐怖心は「辺りが暗いから」、というだけではない。
――根底には、あの【悪】という存在への恐れが関係している。
それは昔から、このルナガディア王国で暗に危険だと示されている警告。
人通りの少ない道や、暗く影になった場所には、悪い波動が生まれやすいため、あまり近づくなという警告である。人が感じる微弱の恐怖心をも嗅ぎ付け現れては、人の心から流れ出る弱さを掬い上げ自分たちの仲間にしようと、言葉巧みに近付いてくる――それが【悪】という存在である。
幼い頃、三日月を襲った者たちも一般的にこの【悪】と呼ばれる存在だったことが確認されていたが、しかし。そんな彼らもまた、元から悪人だったわけではないのだ。
心の弱さは誰しもが抱くもの。
その隙間に付け込まれ、悪の道へと引きずり込まれれば……戻れなくなってしまう。だからこそ、どんなに王国管理が徹底されている場所でも、決して自分の能力を過信せず気は抜かないこと。皆、人気のない暗闇へ一人で向かう時は、特に警戒するようにと心に留めている。
そんな警告もあり、常々警戒心を持つようにしている三日月は、人より何倍も思いが強い。その背景には、襲われた過去が理由で耳にタコができるくらい両親が危険性を言って聞かせ、育ててきたことにある。本人に当時の記憶がないにせよ、両親のおかげで彼女が持つ【悪】への危機管理能力は、人並み以上なのだ。
そして――。
今感じている恐怖心を【悪】へ見せないようにと考え出したのは『楽しい美味しい嬉しい……幸せなことだけを考えながら進もう』という。
なんとも平和的なこの回避方法は、彼女らしい考えであった。
(ん~と、大好きなチョコレートケーキとか~、採れたてのフルーツで作った果汁百パーセントのジュースとか~)
それからそれから~と頬を赤らめながら、今自分が『食べたい~飲みたい~幸せになれる』ものを思い浮かべ、恐怖心などどこへやら~……自身の思った通り(?)心はぽんわりご満悦だ。
「ふふーんふん♪ ……はっ! そうだ、最近おっきなケーキ食べてなぁーい!」
(あぁ~食べたいなぁ……)
「いや、待って。わたし交流会で、スウィーツ食べたじゃん」
気付く。
つい数時間前に、プチサイズでもケーキを……美味しいデザートをお腹いっぱい食べたなぁと、自分で自分にツッコむ。
(甘いモノって、どうしてこんなに幸せになれるのぉ?)
そんなこんなで楽しいことだけを考え、見事に『恐怖を吹っ飛ばしましょう作戦』は大成功。気付けば三日月は、裏道の中で最も不穏な空気が漂っていた場所を、無事通り抜けることができていた。
「ふぅ、良かったぁ。この先には『癒しの木』があったはずだから、もう安心だよぉ」
◇◆◇
『癒しの木』とは。
三メートル以内であれば【力】(能力・魔力)を回復することができる木。
学園の中の数か所に植えられており、その木がある場所は、生徒が自由に過ごせるよう小さめの公園スペースとなっている。
◆◇◆
「もうすぐ公園に着く♪」
――『……ボソボソ…………ボソ』
(あれっ、人がいる?)
すると何やら話し声が聞こえてきた。こんなに盛り上がっている文化交流会二日目に、まさかこんな場所を訪れる先客がいるとは、思いもよらなかった。彼女の体に再び、緊張が走る。
(どうしよう。他に抜け道はないし、ここを通らないと先へは進めない)
しばらく考えてみたものの、他に選択肢はない。仕方ないと三日月は、近付いたら走って通り過ぎてしまえばいいだろうと、両手をグッと胸の辺りで握り決意する。
(頑張れ、わたし!)
始めは物音に気を付けながらゆっくりと歩みを進め、『癒しの木』がある公園へと入っていく。視線に入るか入らないかぐらいの距離を取り、気にしてないですよ~と、なるべく見ないようにしながら通り、だんだん声が大きく聞こえてきた、その時!
ぱふっ!
「うぎあわわゅあーッ!?」
(しゅっごい驚いたのですがぁー!?)
突然誰かに抱きつかれ、ただいま絶賛! 放心状態の三日月の心の中。
――『だ、誰なのですか? いきなり暗いところから出てくるのはやめて下さいッ。わたし心臓が止まるかと思いましたよ!? 尻餅はつかなかったけれど、後ずさってー、ツルっと滑ってー! 変な声が出ちゃったじゃないですかぁー!!』
「やぁだぁ、つーきちゃあんじゃないの」
目をつぶり思いきり心の中で叫んだ彼女は、名を呼ばれたことで恐る恐る目を開けてみる。
「ぅぅうー……ん?」
(あれ? ちょっと待ってこの方。なんだか見覚えが……)
「お姉様!」
次に聞こえてきた声で今度は後ろを振り向くと、三日月はさらに驚く。
(え゛っ? こちらの方にも、めちゃめちゃ見覚えがぁ……)
「ひょ、ひょっとしてぇ。芽衣里……様?」
「はい、月様! 先程ぶりです。この度はユイリア様に続き、重ね重ねこのようなご迷惑をおかけし、本当に、ほんっとぉーに、申し訳ありません!」
「ぅわあっ、顔をお上げください! ちょっと驚きましたけれど(本当はちょっとどころか心臓止まりそうでしたけれど)、わたしは大丈夫ですので。それで、えっとぉ?」
――お二人の関係って? たしかさっき『お姉様』って聞こえた気がしたのだけれど。
謝罪の言葉で深々とお辞儀をしたメイリに慌てた三日月の頭の中には(?)ハテナマークがいっぱい。それからメイリが腕を組み呆れた表情で仁王立ちし睨む視線の先を見ると、そこにはクスクスと笑い楽しんでいる人がいた。
その人物とは。
(え゛ぇ?? ま、まさか)
「メイリ様のお姉様って――愛衣里様?!」
「ピーンポーン♪」
アイリはそう言いながら三日月の方へ、優雅に手を振る。
(……って、それはつまり)
「ということは、お二人は……姉妹?」
アイリ「そうですわ♪」
メイリ「残念ながら……」
「もぉ、やぁねぇメイちゃん! 何てこというのぉ? お姉ちゃん悲しくって泣いちゃう~」
「ハイハイ、噓泣きはやめてくださいお姉様。月様の前で、失礼です」
メイリの嫌々な返事に対し、姉妹だと嬉しそうに話し妹にいちゃつくアイリ。引きつり笑いで応えた三日月は、新たな事実へ行きついてしまう。
「エッ……ということは(二回目)、お二人……」
すると何を言われているのかをすぐに理解したアイリが、ものすごい勢いで説明を始めた。
「そうなのよぉ、月ちゃんは察しがいいわぁ。ラウルド家のことでしょお? 教えてあげるわねぇ♪ えーっと、私が長女の【愛衣里】、長男が弟の【海偉里】、そして末っ子次女がここにいる可愛い可愛い妹の【芽衣里】! ですわぁ。うふふふ」
「へぇーそーだったのですかー」
(あぁ、棒読みになっちゃったぁ)
しかし、これはなんという衝撃だろうか。
思わず気の抜けた顔で返答してしまった三日月の姿を見たアイリは、怪しげにニンマリ笑む。そしてビューンっ! と彼女へくっつくほど寄ると、今度は全く今と関係のない話を始めた。
「そうそう、月ちゃん♪ 案内したラフィール先生のお部屋で、【バステト】様にはお会い出来まして?」
「えー……っと。バステト様、とはぁ?」
(うーん? 一体、誰のことなのでしょうかぁ)




