必話05 失くした記憶 (夢の残像)
「ふぅ~」
(今日も、いろんなことがあったなぁ……)
三日月は、体力や魔力(気力も?)消耗した身体を少しだけ休めてから噴水広場を出るつもりで、ある場所へ向かっていた。
ひんやり氷菓子の世界――輝くドームの中は、温度がとても心地良く感じる。
「お外はまだ、暑いのかなぁ?」
そんなことを呟きながら到着した、目的地。
よいしょっと座ったのは、美しいアイアンベンチである。
そのアンティーク調で美しい白さを放つベンチは少し変わった形で、座る人を包み込むような落ち着く形状をしている。背もたれにはお花のような可愛いハートと綺麗な葉っぱ、他にも色々な柄が絶妙に合わさっており、完璧な模様が表現されていた。
初めてきたのに、どこか心が安らぐ。
穏やかな雰囲気を醸し出す場所に、自然と笑みがこぼれた。それから何気に視線を上に向けると、不思議な光景が彼女の視界に広がる。
「なんだろぉ~。傘のような、テント……でもなくて?」
(それにしても可愛いなぁ、キレイだなぁ)
「まぁ~るい、たかぁ~い屋根? のような……」
見上げたまま、左右をゆっくりと見渡す。その両側に、綺麗なオーガンジー生地のカーテンが付いていることに気が付き、ようやく――。
「あーっ!」
(そっか、これって)
「まるでお姫様が眠るトコロ、みたいなのです♪」
改めてすっごく可愛いと、次第に疲れを忘れわくわくし始める。
「ウフッ! そうそう、あの天蓋付きのプリンセスベッドみたいだぁ」
ベンチに座ってから数分。
一人で微笑みながらそのカーテンにふわりと手を触れてみる。
「ふわはぁ……」
そして幸せそうに溜息をつく。
カーテンは高級感溢れる手触りでふわふわ。アイアンベンチは柔らかな座り心地のシートが敷かれクッションも置かれていた。
「プリンセス~、お姫様ぁ~、憧れます~」
と、独り言をごにょごにょ。
空気の流れを作るために気持ちの良いそよ風に揺れるオーガンジーのカーテンは、キラキラ加工のレースが付いていて、外側からは見えにくい仕様。それでいて開けられないようにもなっている。
そう、可愛いだけではない。
ここは自分だけの空間を味わえる、なんとも素敵な場所なのだ。
(プライベートを確保するために作られたとは、聞いていたけれど)
期待以上だと満足気な三日月は手を組み、瞳をキラキラさせ祈るように空(天井)を仰ぐ。
「今は一人でいたい……そんなわたしには、ピッタリなのです」
とても安心感のある環境にますます癒され、だんだん眠たくなってくる。
しかしこれは、二人掛けもないくらいに狭ぁ~いベンチ。
ごろんと横になる余裕はもちろんない。
「はぁう~……」
(この狭さがまた、落ち着きますねぇ)
噴水のすぐ近く、優しい水の“音”に……自然とまぶたが閉じてゆく。
「心の中まで、洗われるような感覚だよぅ」
美しい水の流れはまるで、素敵な音楽のようだと聴き入ってしまう。
すると三日月の頭の中で、幼い頃に母から一度だけ聞いた話――【ルナガディア王国の伝説】にあるという『清らかで美しい【聖水】が湧き出る泉』という部分を思い出した。
「そういえば、この水……透き通っていて、とっても綺麗」
(これがその、聖水なのかも? なぁ~んてねっ)
『ぴゅおん……うぴゃ……!』
「あ、精霊ちゃんたち? どうしたのぉ~」
三日月の周りで一緒に休んでいた精霊たちが突然、噴水広場のドーム上から降り注いでくるキラキラの陽光に反応し、ふわふわと動き始めた。三日月は驚いて声をかけたが、すぐに笑顔になる。その理由は、精霊たちが輝く水の上を歩いたり、飛び回ったりと、陽気に踊り歌い始めたからだ。
『うぴゃぴゃ~うぴゃ♪』
精霊たちの奏でる音色は、“美しい水の音楽”と調和し合わさりハーモニーになる。おかげで今日あった色々な出来事など忘れてしまうように、彼女の心は一気に和んでゆく。
「うっふふ。嬉しいのかな? いつもよりみんなご機嫌だぁ♪」
(わたし、思っていたよりも疲れてたんだなぁ)
昨夜は大会のことが気になりあまり眠れなかった。その後も気を張っていたせいで、心身ともにずっと緊張状態が続いていた。それが今この場所で、ようやくホッとひと息をつけたのだ。
そのため、安心しすぎたのか。
ウトウト……ウトウト……。
――ハッ!
(いけない、いけない! ここは寝る場所ではないのです!)
そう自分に言い聞かせ分かりつつも、可愛いベンチでキラキラのカーテンに包まれて。いつの間にか、三日月は居眠りをしてしまう。
そんな浅い眠りの中で。
三日月は、ある“夢”を見た。
最近よく見る、あの悲しい夢の続きを――――。
◆ ☾ ◆
『ダイジョウブ。マモルカラ』
(えっ、だれ?)
『ナニガアッテモ』
(待って! わたしも行く)
――これは……いつも夢で見る場面……あ、れ? 知ってる。
『ずっと、まもるから』
(ま、待って!!)
――いつもより、ハッキリと。声が聞こえてくるみたい。
『大丈夫、待っているよ』
(ほんとに、ホント?)
『うん、だから安心して、わすれていいんだよ』
(……ッ)
――エッ??
どういうこと? “わすれていい”って。
これ、いつもと違う。それはどういう意味なの?
【オヤスミナサイ】
(おや……すみ、?)
ブワァーッ――――!!!!
『闇黒魔法……【忘却】』
◆ ☾ ◆
「ん…………ぇ?」
ふわぁ~っ。
「な……に?」
(これ、いつもの夢? 違う……? いつもなら飛び起きるのに)
――今は少し。頭が鈍いだけ。
優しく揺れるカーテンに頬を撫でられ、三日月はいつもと違いゆっくりと目覚めた。そして、起きたばかりで少しだけ頭の中に残る、夢の記憶――“残像”。
いつもと同じ“場所”と。
いつもと同じ“風景”で。
「……でも」
(いつもとは違う夢だった気がするの)
――そう、あれは。いつもと違う台詞だった。
「『わすれて』って、何だったのかな?」
(魔法? 詠唱のような言葉も、あったような)
いつもの三日月は、朝見た夢を飛び起きるのと同時に忘れる。それはどこかへ飛んで行ってしまうように、内容が頭からスーッと消えてゆくのだ。覚えていることとすれば、辛くて苦しい感情のようなもの。
(いつも何かに怯えていて、怖くてたまらなくて。夢を見て起きた朝は、涙が止まらなくなるくらい悲しい気持ちになる)
しかし今、この場所で見た夢は『いつもと違う夢だ』ということを、微かに心の奥が覚えていた。
それは心身が温かくなるような感覚。
三日月の中にある冷たく凍った部分を解かし、止まってしまった時間がゆっくりと、流れ始めるような――安心できる何かに、護られるみたいだった。
(毎回、忘れているような気がしてならない、“大切なこと”)
「今なら思い出せそうな気がしたのに、なぁ……」
(はぁーダメだ。頭は痛くないけれど、やっぱりぼーっとする)
「うっかりさん。寝ちゃって……」
噴水近くのベンチで休憩をして(眠ってしまって)から、どのくらいの時間が経ったのだろうか。カーテンを少し開け、キョロキョロ。一番近くの出店に掛けてある時計を見て時間を確認すると、もう午後五時を過ぎていた。
「えっ、えぇぇ?! 大変、もう行かなくちゃ!」
ぼーっとしていた三日月の頭は、一瞬でシャキッ!
目はしっかりと覚めた。
少し休憩のつもりが、すっかりこの場所でのんびりしてしまっていた。
(ベンチで寝ていたなんて……もしお母様に知れたら、怒られちゃう)
「きゃーん、こわいっ」
長い時間くつろいでしまった場所。
可愛くて座り心地の良いプリンセス(?)ベンチへ、またいつか来たいなぁと思い幸せを噛みしめながら立ち上がろうとした、その時。
――――『月の加護を、持つ者よ』
「……ふぇ?」
すぐに振り返った三日月だったが、そこには誰もいない。
(あ、れ?)
「気のせいかな」
さっきウトウトして見た夢の中とは違う、今までの夢でも聞いたことのない、“声”。
しかし。
「うーん」
(どこかで聞いたような。誰かの声にとてもよく似ている気がするんだけれど)
ひとまず急いで噴水広場を出ようと小走りしつつ、声の主が誰なのかとても気がかり。だが、いくら考えてみても、三日月は少しも思い出すことができなかった。




