61 文化交流会2日目~王妃様の想い~
「それから、ユキトナ!」
ビク――ッ!
王妃の視線。
ユキトナは、母が言わんとする言葉を察する。そしてこれまでとは違い、ハキハキとした口調で自分から話し始めた。
「お母様。私もユイリア同様、身に危険が及ぶ可能性があり、用心するようにと言われておりましたのに、誰にも言わず屋敷を出てきてしまいました。命に背き、申し訳ありません」
「えぇ、そうですわね」
やはり姉だからか? 王妃はユイリアを叱る時より、表情や言葉の厳しさが増しているように感じられる。
それから王妃は、一度目を閉じ沈黙した。
数十秒間。
とても長く感じられるほどの緊張感。ユキトナと周りの者たちも皆、冷や冷やしながら次の言葉を待つ。
しばらくして、ゆっくり目を開けると何かを決心したかのように、ユキトナに目を合わせた。
そして、ある事を告げる。
「ユキトナ王女、よくお聞きなさい。今回許可なく外出をした件ですが。国王様には……」
(あぁ、やっぱり。そのままという訳にはいかないのですね)
ユキトナは涙をグッとこらえ、王妃の声に耳を傾けながら真剣に聞いていた。
そんな二人の姿を見つめていた三日月。様々な考えが頭を過ぎってしまい、胸が苦しくなっていく。
しかし王妃の考えは、その場にいる皆の予想とは違っていた。
「国王様には……ご報告致しません」
「「「!!!」」」
「エッ、でも。お、かあさま、それって……」
すると、ユキトナにとって嬉しい(と、思われる)言葉が伝えられる。
「今夜開かれる文化交流会での舞踏会ですが。ユキトナ……あなたの参加を特別に認めましょう」
「お母様!!」
ユキトナの瞳は輝き、見る見るうちに明るい表情になった。
クールなままの王妃へ、ユキトナは満面の笑みで丁寧なお辞儀をする。それは心底喜んでいるのが誰が見ても分かるほどに。
「ありがとうございます!」
「で、でもお母様! ユキお姉様は」
すかさず、姉の事を案じたユイリアが口を開く。その顔は、皆の知らない何か理由があるのだろうと思わせた。
しかし、王妃は。
「良いのです。今回だけは……何故なら舞踏会でのお相手が――太陽さんだ、と聞けば認めない訳にはいきませんわよねぇ~♪ オホホほほほぉー」
(((あぁ~……そういうこと)))
「お母様……ハイ。はぁぁ~」
ユキトナは恥ずかしそうに笑みを浮かべ、ホッとしているようだ。
皆の視線を浴び、一瞬で話題の人物となった太陽は表情ひとつ変えず、黙って話に耳を傾けている。
三日月はというと、太陽の身がどうなるのだろうとハラハラしていたが、ひとまず安堵の表情を浮かべていた。
それから王妃の切り替えは驚くほど早い。
威厳ある形相は、すっかり柔和で美しい表情に戻り、ウフッと嬉しそうな笑顔。
それからすぐ、一度屋敷へ戻る事を“許しの条件”とされた王女二人は、王妃と共に帰ることとなった。
「では皆さん。今日はお会い出来て良かったわ。ありがとう」
王妃の言葉に、周囲は慌ててお辞儀をしながら、丁寧に挨拶をする。
そうして歩き始めた王妃……であったが、突然また振り返り「大変だわ!」と、ユイリアに話し始めた。
「そう、戻る前に。ユイリア!!」
「は、はいーっ!」
「太陽さんに、きちんと貴女の言葉で『お詫び』と、改めて『ご挨拶』なさい!」
母である王妃に再度強い口調で名を呼ばれ、ユイリアの身は引き締まる。理由は言わなくても解っているでしょう? と、また王妃から厳しい表情で言われた。
ユイリアは恥ずかしそうに、モゴモゴと小さな声で呟いている。
「太陽様……知らずとはいえ……いえ、その失礼な態度でお話して。も、も、申し訳、ありませんでした。それに、えっとえっと、それから……」
すると太陽は、優しく穏やかな声で「ハイ」と、低く手を挙げる。
そして「そんなに頑張らなくても大丈夫です、御嬢様」と小さく囁きながら、太陽はにっこり笑顔でユイリアに何かを手渡した。
「えっ? うさぎ……」
「可愛いでしょう? これ先程のアイスクリームの店で見つけまして、なんと“チョコレート”なんですよ」
「か、可愛い……」
「はは、喜んで頂けたようで何より。さぁて、ユイリア王女様。謝って下さってありがとうございます。さぁ、どうぞ! 召し上がれ」
(いつの間に準備していたのぉ!?)
それは手のひらサイズのとても可愛いうさぎ形のチョコレート。プライドの高いユイリアにとって不慣れ(?)な“謝罪”は相当な気力を消耗したことだろう。
しかし、頬をピンク色に染め、まるで子供のように微笑んでいる彼女も、まだまだお菓子をもらえば嬉しい年頃の女の子……なのだ。
「ありがとう、ございます」
色々とあったけれど、これからは仲良くお友達になれそうだと、三日月は嬉しくなり、胸がドキドキした。
(ホント、良かったぁ)
「では、太陽さん。本日はユキトナの事、宜しくお願いしますね」
「はい、お任せください」
王妃からの言葉は、先程までとは違う。それに応える太陽もまた、真剣な表情である。
――それは強く、そして重く感じられた。
「では、ユキトナ様。約束の時間にお迎えにあがります」
「あ……お迎え……はい」
太陽は終始変わらず、何が起こっても全く動じることなく落ち着いて答えている。その姿には、皆が見惚れてしまうほどだ。
当のユキトナはというと、その麗しき顔は彼に話しかけられ再び真っ赤っかである。
(もぉぉー可愛い! 『お姫様』みたい)
周りの方が恥ずかしくなり胸がキュンキュンと幸せに包まれる。その空気の流れに乗って光の精霊が舞っていた。
「あの、太陽様。舞踏会は……えっと――」
「ユキトナ、どうしたのです? 一度屋敷へ帰りますわよ」
「は、はい……でも」
王妃が呼んでいるにも関わらず、なかなか戻ろうとしないユキトナは何かを伝えたいようだが、なかなか言葉にならず、どうやらお困りのご様子。
(ユキトナ様、どうしたのかな?)
そんな彼女に気付いた太陽は、聞かずとも訳を察し、優しく微笑んで声をかける。
「お声がけありがとうございます。そうですね、ユキトナ様。私は『カスミソウの花』が好きですよ。小さくとも美しい、白や桃色の上品さが気に入っています」
「あ…‥ハイ! 私もす、好きです」
「いやいや、すみません。お気になさらず。では、お出かけまでゆっくりとなさって下さい。後ほどお迎えにあがります」
「はい! あの、ありがとうございました」
(太陽君の気遣いが、赤い瞳が、いつも以上に優しい……)
「『王子様』だ……って、んっ? そういえば、お花の話って。どういう意味なのかな……」
うーーーーん。
(まっ! いっかぁ~)
「はぁ~♡ でも、ホントに」
(『お似合い』なのだぁ……)
――もし本当に、二人に恋の花が咲いたら。『異国のふたり』って、どうなるのかな?
はっ!
(やっだぁ、わたしったら勝手に想像を膨らませて、先のことまで心配しちゃうなんて)
――この想像は……。
(わたしだけの『心の箱』に、大事にしまっておこう!)
うんうん、と一人で頷いた三日月。
「あ、そういえば……」
(太陽君は、一般クラス生徒として学んできたのに。自分の身分を明かすことになってしまったんだ)
――今後、学生生活が変化するかもしれない。それでも、その覚悟で。
「守ったんだね、ユキトナ様を――」
たとえ王女様じゃなくても、幼い頃に出会ったことを覚えていなくても。太陽はそういう人だと、改めて尊敬の思いで彼を見つめ、ふっと微笑んだ三日月は、そう小さな声で呟いたのだった。




