60 文化交流会2日目~大親友?!~
「さて、愉しい思い出話は、ここまでにして――」
そろそろ本題に戻りましょうと、王妃は真剣な表情に戻り話を切り出した。
「さて、ユイリア王女。大会の件もありますし、今夜の舞踏会までは一歩もお屋敷から出てはなりませんと、私は言ったはずですが?」
「う゛……そ、それは」
瞬時に空気が変わり、王妃は厳しい口調でユイリアを叱る。
――王妃の言う『大会の件』とは、そう。あの迷矢事件のことである。
◇◆
『魔法アーチェリー大会』終了後。参加者を含め、先生方や関係者たちも、奇々怪々、予測できないような事態が起こり、皆、青ざめていた。
迷矢の魔力矢が当たる寸前で、奇跡的に助かったユイリア。その王女を崇めるかのように、その現場を見ていた者は口を揃えて言った。
「やはり、ルナガディア王国の王女様である、ユイリア様だからこそ助かった! 月の御加護による『幸運がもたらした力』としか思えない!」
と、ユイリアは持てはやされた。
さらに、三日月についても。
「あの黒く強い魔力を持っていた迷矢を、冷静で的確な判断で攻撃し、見事に対処したあの少女! 人並み外れた力だった! あのホワイトブロンドの髪色をした生徒は一体どのクラスの、何者だ?!」
あの後すぐ、駆けつけたラフィールによってその場から救出された三日月の存在は、謎の少女として囁かれ、どこの誰だったのか? と皆が詮索し、ちょっとした噂になっている。
そんな今回の事件、ユイリアを狙ったものなのかも定かではないが、あの攻撃を回避出来たのには、奇跡的な偶然がいくつかあったからだ。
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【ひとつ】
ユイリアと三日月が、大会の順番で偶然、隣であったこと。
もしも、二人が離れた場所で挑戦していたら、三日月の迷矢攻撃は恐らく間に合わなかったものと思われる。
【ふたつ】
三日月の能力が【小さな鍵】による魔力解除によって、測れない程の魔力が上昇し、強力な力を目覚めさせていたこと。
【みっつ】
挑戦後もしばらく、三日月の弓を発動させていたおかげで、瞬時に弓が使用できる状態であったこと。
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ユイリアが幸運だったと言えばそうなのだが、様々な条件が良い方向に重なったことが功を奏し、こうして迷矢の消滅に繋がったのだ。
――だがもし、あの時。
一つでも、奇跡を起こすピースが欠けていたら。
ユイリアの命は、どうなっていたか分からない。
◇◆
王妃の発する声は、心奥深くまで静かに響いてゆく。
「大きな魔力を帯びた迷矢の暴走は、事故だったと報告を受けていますが。現在調査中ですのよ。もう、言わなくても分かっているわね? お願いだからユイリア。これ以上、私や……国王様に、心配をかけないでちょうだい」
そう言うと、少しだけ。
ほんの少し悲しそうな表情を見せたが、キリっと話を締めくくった。
「ハイ……申し訳ございませんでした、お母様」
ユイリアは、素直に謝罪の気持ちを伝えた。その言葉を聞いた王妃は、ひと安心。この話については、これにて終了となる。
すると。
「――いいなぁ」
「「「えっ?」」」
親子のやり取りをずっと眺め聞いていた三日月は、なぜか急に寂しい気持ちになり、ふと心の声が溢れる。その一言に、周囲の皆が一斉に三日月の方へと振り向いた。そして少し心配そうに、彼女の様子を窺っている。
「あ、いえ。その……」
(うはー大変だぁ。わたしってば、また心の声がぁ)
気持ちを悟られないよう元気いっぱい、一生懸命に話す。
「あーあのですね。ユイリア様は、お母様にいつも見守られていて、幸せだなーって。それにこうして一緒に居られて、素敵な家族だなぁ、いいなぁ~と。そう、思いまして……えへへへ~」
言っている途中から、今度は恥ずかしくなってきた。
(やだ、これってまるでホームシックじゃない!)
赤くなっていく顔を両手で隠しながら、くるりん背を向ける。すると、微かに聞き取れるくらいの小さな声が、三日月の耳に聞こえてきたのだ。
「も……ちづ……き?」
「ふ、ぇ?」
(王妃様、何かおっしゃったような……)
声のする方向を見ると、とても驚いた様子で自分のことを見ている王妃と目が合った。しかしすぐに、ユイリアの訂正が入る。
「お母様? この子の名は三日月といいますのよ。あの『魔法アーチェリー大会』で、私の命を助けて下さった……恩人ですわ」
「あっ、えぇ……ごめんなさいね、三日月さん?」
「い、いえ。気になさらないでください」
(と、いいますか。なんとお名前を間違われたのか? 実は、聞こえませんでしたので……えへへ)
「そして、私と三日月は、今や“大親友”ですわぁ~」
そう言うとユイリアは、嬉しそうに腕を掴みギューッと三日月に巻きつく。
「んんっ!?」
(ユイリア様? 大親友って……はいー?)
突然のことに反応できない。ユイリアからの急接近な距離感にタジタジになる三日月だが、そんな仲良さそうな(?)二人の姿を見た王妃は「あらぁ、微笑ましいわねぇ~」と言い、目を細めながら話し始めた。
「しかし、まぁ……ユイリアに大親友……それは、今までになく、大変喜ばしいことですが……信じられないわねぇ」
「え、もうお母様ぁ~」
どうやらユイリアの自由奔放さに振り回されているだけではと、心配しているようだ。
「三日月さん、ご迷惑しているのではなくて?」
「ふはっ! あの、いえ。そのー、仲良くしていただいておりますです」
(あっ)
――しまったぁぁぁ!
王妃へ失礼なことを言ってはいけない。そう思うあまり、気付けば否定するどころか、ついついこのような返事をしてしまい、後悔。
「ですから、お母様ってばぁー!」
ユイリアはプンプンと、少し怒り気味である。
それに対して「あら~、そう?」と、王妃は軽く受け流す。
「そうですよっ! ねぇ~? みっかづきー♪」
「あ、いや~いえ、はい……」
(ふぇーん! そこでわたしに、パスを投げないでぇー)
王妃の言った『今までになく』という言葉が、なぜか周囲の音はとても気になる。
(これは、今夜もゆっくり眠れそうにないです)
大親友となってしまった三日月の、少し困惑気味の表情と返事を聞いた後、王妃はにっこり笑顔でユイリアに優しい言葉をかける。
「それでは、改めてユイリア。こんなに素敵なお友達に巡り合えた、あなたの奇跡に免じて。そして私自身も、本日皆様にこうしてお会い出来たことへ感謝の意を込めて。今回の件は、許します」
「あ、ありがとうございます!」
ユイリアの雰囲気が一気に明るくなった。
その姿はあどけなく無邪気で、満面の笑みで喜んでいる。
「ただし、今回限りです。良いですねッ! 【ユイリア王女】!!」
「ひょっ! は、ハイッ! おかあ……王妃さまぁー!」
(あーやっぱり……最後はちゃんと厳しい王妃様でしたねぇ)
周りにいる者たちは、少し引きつった笑顔だ。
「ふぅ。でも、やっぱり……家族っていいなぁ」
――お父様、お母様。それに森のみんなも元気にしているかな。
三日月は少しだけ、故郷――光の森キラリへと、想いを馳せていた。




