58 文化交流会2日目~ときめき~
「それで、ユキトナをお誘いして下さった方とは?」
(あぁついに太陽君が! どうしよう)
「あらっ? あなたは、もしかして」
(んっ? なんだか王妃様の様子が)
「はい、ご無沙汰しております。太陽です」
「やはり! あらあらぁ~大きくなって!」
「はは、王妃様。覚えていて下さり、大変光栄に存じます」
「皆様、お変わりありませんこと?」
「ええ、おかげさまで皆、変わりなく過ごしております」
「オホホホ、そう! よかったわ~」
「え、エ? んん?」
「なにのー?」
「どゆのー?」
(((これは、どういうことぉぉぉ?!)))
ルナガディア王国王妃と楽しそうに会話をしている、一般クラス生徒である太陽。その様子を見て、驚かない者はまずいないであろう。それはまるで、以前から知っていたような話しぶりなのだから。そんな太陽の姿に三日月とメルル・ティル、三人の頭はちょっとしたパニックを起こしていた。
(初見のはずの王妃様と太陽君が……)
――親しそうに、おしゃべりしているーッ。
「「「にゃっ、なぜに!?」」」
一体、何が起こっているのか? その場にいた誰もが、状況を飲み込めずにいた。
ꕤ ꕤ ꕤ
――【王妃様】と【太陽君】。ホント、どういうお知り合いなのでしょう?
(あれから五分程経ちましたが、お二人は、楽しそうに歓談なさっています)
皆驚きで固まり、姿勢よく立ったまま、状況が変わるのを黙って待つ。誰も声をかけられずにいる中で、先頭を切って会話に入っていったのは、やはり。
「お母様……どういうことですの? こちらの赤毛の……コホッ!! えーっと、『タイヨウ』様? とは、一体どのようなお知り合いで? その方は、何者なのですか!?」
(ユイリア様、皆さまに代わり直球のご質問ありがとうございます。うみゅ、相変わらずスゴイ!)
心の中でそう呟いた三日月と双子ちゃんが、感謝の眼差しを向ける中、ユイリアの発言に「あらあら、おしゃべりに夢中になっていたわ~オホホ」と、王妃はユイリアの質問に答え始めた。
「そうねぇ、もうあれから何年になるのかしら? えーっと……そうそう! ユキトナがミニスクールを修了する、少し前の旅行でしたわ。ねぇ~ユキトナ、覚えているかしら? 隣国――【イレクトルム王国】へ、お父様と三人で一緒に行ったでしょう?」
太陽との思い出話に花を咲かせていた王妃様。ご機嫌な気分のまま、高揚した様子で、嬉しそうに微笑み、ユキトナを横目で見ながら話す。
「あ……は、はい! お母様。私、もちろん覚えております」
少しだけ恥ずかしそうにしながらも、まるで、頑張るポーズ! をするように、両手をギュッと胸のあたりで握っている。そして、ハキハキと、自信を持った口調で、ユキトナは答えた。
「旅行……それは、私が生まれる前のことですのね」
ミニスクールを修了する頃ということは、ユキトナが七歳頃の話だろう。ユイリアは少し驚いた顔で、太陽に視線を移す。
(そうなのかぁ、そんなに前からのお知り合いだったなんて。でもどうしてそんな身分の……って)
――んっ?
キョロキョロと会話の様子を見ていた中で、ふと三日月の頭にクエスチョンマークが浮かぶ。
(ちょっと待って。今『イレクトルム王国』って)
『いれくとるむ、イレクトルム……(ぼそぼそ)』
どこかで聞いたような名前だと独り言。それはまさかのまさか、この瞬間にようやく三日月はあることに気付いた。
「ねぇ、太陽君……」
「おぅ、どうした?」
「いやいや『おぅ』っじゃあないよッ!」
「あっはは、そんなに怒るなや」
笑いつつも彼女が何を言いたいかを察した太陽は、そっぽを向く。三日月はその視界に入るよう、前に回って再度質問をする。
「あのぉ~、お兄さん? その『イレクトルム王国』って、太陽君の」
「あーおぉ! そういえば……だな! はっはぁー」
「だーよーねー」
太陽が困った時の癖、首の後ろに手を置くポーズ。そして、いつものまいったなぁの姿勢で彼はニカッと笑い、白い歯を見せていた。国の名を持つということは、余程のことだ。それは太陽が隣国、イレクトルムの王族関係、もしくは何かしら偉い人の関係者なのだという証明であった。
三日月は、ここはもう一言! と意気込んでいた矢先に、再び王妃が話し始めたため中断。
皆は向き直り、王妃の話に耳を傾ける。
「そうそう、数日滞在したんだけれど。何日目だったかしらねぇ……あの日は、雨が降っていて。傘をさしながら、イレクトルムの街をお散歩していたのよ。そしたらこの子、ユキトナが、いつの間にかいなくなっていて。それはもう大変な騒ぎになりましたの!! 全員総出で探し回って」
あの時は本当に困っちゃったのよねぇ~と言いながら、右肘を左手のひらに乗せ、右手のひらは頬に当てて「はぁ~」と思い出し、深い溜息をつく。
「お、お母様! そのお話は、恥ずかしいです……ぅ」
ユキトナは真っ赤になった頬に両手を添え、小さな顔を隠した。
王妃は、恥ずかしがり屋な愛娘の姿を見てクスクスと笑いながら、その後もとても懐かしそうに語る。そして次の話で――太陽の“本当の姿”が、明確に判る。
「皆で探し回って、二時間後くらいだったかしら? 私はもう心配で心配で。心が削れる思いで、肩を落としておりましたの。するとある男の子が、泣きじゃくっている女の子の手を引いて、歩いてきて……私たちの視界に入ってきたのよ!」
(あぁー! それって)
「その男の子はねぇ。自分は雨でびしょ濡れになりながらも、女の子を濡らさないようにと、体に合わない大きな傘を頑張ってさしてくれていて。でも、上手にエスコートしていてねぇ。あの光景、とても子供とは思えなかったわ~うっふふ」
うんうんと思い出す王妃がなぜか頬を赤らめ、興奮気味に話す。
――その男の子と女の子が誰なのか?
聞いていた者たちは、話の流れからすぐに予測がついた。
「恐縮です。しかし、当然のことと心得ております」
そう深々と太陽はお辞儀をする。
「まぁまぁ、お顔を上げてくださいませ。お礼申し上げるのはこちらの方ですのよ。貴方がいなかったら、ユキトナはどうなっていたか分かりませんから」
「しかし、そうでしたか。では貴女が、あの時のうさぎちゃん……いえ、【雪兎名】様でしたか」
太陽は少し嬉しそうな表情でユキトナに話しかけた。
「…………ハイ」
小鳥のような声で返事をした王女の顔は、さらにりんごのように真っ赤っかだ。
それから十五分程――『イレクトルム王国の素敵な男の子』の話は続き……。
「今でも忘れぬ、あの可愛らしくも男らしい姿。とても勇敢で本当に勇ましく堂々としていて。まさしく凛々しいとはこの子の為にある言葉だと、私はもぉ~感動したものですのよ」
(すごーい。褒め褒めぇー)
その称讃たっぷりな雰囲気の中でも、太陽は冷静に、そして落ち着いた表情で笑み、姿勢良くしっかりと聞いている。
「――そうです。そしてその男の子こそが! こちらにいらっしゃる太陽様で」
(ハイ、王妃様。先程そのお話ありました。たぶんここにいる皆さまは流れで、もうすでに気付いています)
心の中で思わずツッコんでしまう三日月は、フッと笑ってしまった。
だが、その笑いも消える事実を、これから三日月は知ることとなる。




