55 文化交流会2日目~気持ち~
「本っ当に、理解できませんわっ!」
「はいはい、お嬢様のお気持ちはよ~く分かりましたから」
両手のひらを前に出し言いながら、太陽は笑顔でユイリアの攻撃をかわす。それから彼はまた、余計なことをお嬢様――もといルナガディア王国の王女様に言ってしまう。
「しっかしなぁ〜ユイリア様は、すごい気迫だな! はっはっは」
(んにゃあーそれ、笑いながら言っちゃう!? 太陽君!)
「よせばいいのにぃー」
面白がっているのか。
ついさっきは大人な対応ですごいかと思いきや、今はまるで子供かという調子な太陽の表情に、三日月は少々呆れ顔になってゆく。
「あなたねーッ!!」
(ほらぁ、また怒らせちゃったぁ)
パンッ!
「んあぁ……」
「さて、ユイリア。そこまでだ」
なんと見かねたカイリが手を叩き、止めに入る。そうすると、あら不思議~ユイリアは別人のように大人しく言うことを聞き、頬を赤くしている。
「「おぉー♪」」
メルルとティルは、仲良く手を取り合う二人をにやにや笑いながら見て言った。
「ふぇー……」
(見てる方が恥ずかしいのですが!)
「ごめんなさい、カイリ様」
「うんうん、いいんだ。でも君は、しとやかな方が似合うよ」
「……あっは」
(あ゛ーーーーなるほど、うん。これは今後もユイリア様が暴走した時は、カイリ様にお任せするのが一番良いかもしれないですねぇ)
それにしても、優しくユイリアを宥め、落ち着いて対応しているカイリ。それを見た三日月は心の中で『意外だ〜カイリ様にもそんな顔があったのですねぇ』と呟き、驚く。
(ちょっぴり、カイリ様の印象変わったかも)
と、その時。
「あ、あのぉ……」
「「??」」
ふと、無言で声の方に目を向けたユイリアとカイリ。
「いかがされましたか? ユキトナ様」
心配そうに声をかけたのは、メイリである。
「だ、大丈夫です。あの! ユイリア……この件は、私からお話を」
太陽とユイリアの会話が途切れるのを待っていたかのように突然、説明をするからとユキトナは懸命に話し始めた。
が、しかし。
どうやら普段から声が小さいらしい。そのためか、慣れない大きな声を絞り出そうと頑張りすぎて声が裏返ってしまい「んキャぅッ」と、言葉に詰まってしまう。
鈴の音のようなユキトナの声はシン――と、静まり。辺りもシン――と、静かになる。そして数秒後には「恥ずかしい~」と顔をうずめたユキトナが、その場に座り込むというおかしな状況になった。
「ユキトナ様! だ、大丈夫ですか?」
「「ゆきゆきぃ~だいじょぶぅ?」」
三日月、そしてメルルとティルは『頑張ったのに〜』という表情で泣きそうなユキトナのそばへ、急いで駆け寄り慰める。いつの間にか「ヨシヨシだよぉ~♪」と、メルルとティルが介抱し始めユキトナは顔を上げた。
「あ、ありがとうござい……ぅぅ。お恥ずかしい……皆様、すみません」
(なにー!? すっごいきゃわい~)
――――スッ。
「ユイリアお嬢さん」
「ぇ……な、なに、よ」
(太陽、くん?)
するとなぜか急に真剣な表情になった太陽が、ユイリアの近くへ。そっと落ち着いた声で話を切り出す。
「姉さんを大切に想う気持ちは、よく分かった。確かにユキトナ様は、初めてお見掛けした瞬間から、目を奪われた。とても気品があり、お美しい方だ。普段、このような事はしないのだが……私が思わず声をかけてしまった程だ。そして、今夜の舞踏会にお誘いしてしまった。存じ上げなかったとはいえ、王国の王女様に大変無礼な事を」
「さ、『誘った』ですってぇぇ?!」
(きゃあーッ、太陽君ってば何を)
「まさか……」
ユイリアの悲鳴にも近い大声が、噴水広場に響き渡り、メルルとティルも無言であんぐりお口を開け、驚きの表情を隠せない。
「ああ。本当に申し訳ない」
――太陽は、深く深く頭を下げ謝罪をし、この事態の収拾を自らが付けようとしたのである。
今回の件、ユキトナは王女としての自覚がない、感心しない行動と言われてしまっても仕方のないこと。そんな彼女が勇気を出してユイリアに言おうとした、真実。
その気持ちを汲み取った太陽は、彼女に恥をかかせぬようにと、自分から『声をかけた』ことにしたのだ。
ユキトナをかばおうとしている――そうすぐに、三日月は直感した。
「ちょっと、いくら何でも知らないからって……いえ! いいえ!! あなたのようなふざけている人に言い訳されても、信じられなくてよ。ユキお姉様を誘うって……これはお母様にご報告よッ!」
ただじゃ済まないですわ! と、ユイリアの怒りは頂点に達し、爆発。
――これは大変。穏やかではなくなってきたぁ。
「ちょ、ちょっと待ってください、ユイリア様」
「三日月! これは私たちの問題ですの。申し訳ないけれど、あなたといえど口出し無用よ」
(そんな……こんなことになるなんて)
慌てて止めに入る三日月の頭の中は真っ白。だがとにかく、何とかしなきゃという思いから言葉が先に出ていた。だがここはユイリアの言う通り、三日月には解決策の見えない、全く分からない話なのは事実だ。
(一体どうしたら。どう話をすればいいの?)
もし本当のことを言ってしまえば、ユキトナの品格や信頼を失うことにもなり兼ねない。それでは太陽の気遣いが無駄になり、余計に傷を深くするだろう。
しかしこの状況では、太陽が誤解されたままになってしまう。
下手したら何らかの処分を受け兼ねない。
考える三日月は、だんだん苦しくなってくる。
――誰も傷付かず平穏に。皆が幸せになるには?
「どうしたら……」
ポンッ。
勢い良く、優しく。頭に大きく温かな手が置かれた。
「月、おまえまた泣きそうじゃね〜のか? みんなに笑われるぞ! 心配すんな。俺は大丈夫だから」
「太陽君……」
(どうして、そんなに余裕なの?)
いつものようにニカっと白い歯を見せ笑いながら三日月を安心させると、次に太陽はユキトナのいる所に向かって、歩き出した。
そして優しい声で、話しかける。
「ユキトナ様。この度は私のとんだ御無礼を、どうかお許しください」
うずくまって座っている、彼女の目線よりも下げるためか、片膝をつき謝罪をしていた。
(けーれーどーもー! 私には、見えていました!)
下を向いた太陽の表情。
それは笑いを必死にこらえながら、ユキトナへこっそりウィンクしている姿。
――どんな時でも誰に対しても変わらない、その優しさ。
人の感情の変化を感じ取る、周りの状況を把握する観察眼に長け、瞬時に判断することが出来る。そして問題を解決へと導く、その力と頭脳――。
(やっぱり、太陽君って)
「……すごい、お兄ちゃん」
それからそれから……と、三日月は心の中で太陽の良いところを言う。
(でも、太陽君の一番の良いところ! それは)
――思いやりの心が熱〜いところです♪
太陽と話すユキトナ。その熱い〜思いやりの気持ちが伝わったのか、また少しだけ頬を赤らめ微笑みながら口を開いた。
「いえ……その、太陽様――」
と、言いかけたユキトナの声は、ある出来事によって瞬時に消え去る。
「唯莉愛!!」
「うっわぁぁーっ?!」
心臓が飛び出る!
それぐらい驚いた三日月。
体中にビリビリと響き渡ったその強烈な声色は、遠くから……いや、これは近距離なのかと思う程の迫力で、聞こえてきたのだった。




