54 文化交流会2日目~この中で一番強いのは~
結局、突然遠慮なくグイグイと三日月に話しかけてきたユイリアを静止したメイリは、一度深い溜息をつく。そして大きな深呼吸をしたかと思えば「いいですかッ! ユイリアお嬢様!!」と、周りが振り向く程の声がそこら中に響き渡る。
「わぁう、びっくりしたぁ」
(うはぁ~……案外この中で一番強くて怖いのは、メイリ様なのかもしれにゃい)
「ま、待って! 許して、メイリィ〜」
抵抗お構いなし。メイリはユイリアへ『王女たるもののあり方』についての、厳しい指導を始める。
(あんなに華奢な体から発せられる声とは思えませんが)
「お嬢様付きって、大変なのですネェ」
指導が終わったメイリは、三日月の方へ向き直ると手と足を揃え、話し始めた。
「月様。この度は何とお礼を申し上げたら良いか……ユイリア様との魔法勝負を、お約束通りお受けいただいただけでなく、ユイリア様のお命までも助けて下さいました。そして、カイリ様との仲までも元通りに」
ううぅぅぅ……グスッ……。
メイリは話の途中で感極まり、泣き出してしまった。
「あわわわー、メイリ様?!」
彼女は今回のことで、無事に仲直りできたという報告は、涙が出るほど嬉しかったのだという。
それもそうだろう。
二年以上もおしゃべりしない、頑固でわがままなお坊ちゃまとお嬢様。二人の喧嘩をずっと陰ながら見守ってきた彼女は、先の見えない問題を抱えているのと同じであった。
落ち込むユイリアをずっとそばで支えてきたメイリにとって、この件は一番の心配事であり、だからこそ、日々悩み解決の方法を模索していたのだ。
当の二人はあっという間に心のわだかまりなどなくなり、喧嘩をしていたことがまるで嘘だったかのように、幸せな顔で見つめ合っているのだが。
「あっ……」
――『俺らでその誤解の全てを、解決してやろうじゃんか!』
ふと、三日月は思い出す。
――あの日、“メイリ様のお願い”を聞いた日に、太陽君が言った『言葉』は。
あの言葉がなければ、魔法アーチェリー大会で勝負することもなかった。しかし、それでメイリの願いを叶えられたこと……今はそれが一番嬉しかった。
(目まぐるしく、色々とありましたが……)
結果的に、三日月は問題のすべてを解決することに成功していたのだ。
「良かったね。あの二人、仲良しに戻れて」
そう小さな声で呟き隣を見た三日月は、太陽と目が合う。
んっ? と、不思議そうな声を出した太陽だったが、すぐに「あぁ」と思い出し、笑って賛同した。
「あぁ、誤解。解けたみたいだな」
(なんだろう。今ここに、あの時みたいなしんみり~とした空気が漂っている)
なにはともあれ「良かった良かった」と安心した三日月は、お茶でも飲みたいなぁとほんわか気分に浸っていると突然! ユイリアが驚いた表情で、話し始めた。
「えっ! ユキお姉様がどうして?!」
(んっ? ユキトナ様のことかな?)
「えぇ、ユイリア。あの……御機嫌よう」
「ユキトナ様!? ……あーあの、申し訳ありません、ご挨拶が遅れまして――」
「そんな! メイリさん。気になさらないで」
メイリも驚き心配そうな顔で一瞬だけ目を見開いたが、普段の冷静さをすぐに取り戻すと、鋭い視線を送りつつ、続きを話す。
「あ、いえ。そういうわけには。しかし、それにしても正直驚きました。このような場所に、お見えになられるなんて。それに――もしや! お付きの者がいないではないですか!? 物騒な……このような場に来るなどと、一体どうなされたのです?」
三日月は「そっかー王女様だものね〜」と納得して眺めていたのだが、少し、何かが、引っかかる。
(ここにいるのが不思議ってこと? それとも、あまりお外へお出にならない~ってことなのかな。あれ、そういえば今、ユイリア様はユキトナ様のことを――“ユキお姉様”って言ってた気が)
「ねぇ、太陽君……」
「おぉ、どうした?」
「今、ユイリア様が、“ユキお姉様”と言ってた気がしたのですけれど」
「ん~あぁ~、い……ってたなぁ、たぶん」
――何でしょう? その歯切れの悪い感じは。
「何か、隠してます?」
「べ、別に隠しているわけでは……」
「えっ」
「んっ?」
「エッ、いや。もしかして……」
――ユイリア様ってぇ!!
(そういえばさっきも! メイリ様は『王女たるもののあり方』についてって、ユイリア様にご指導を……)
この瞬間、三日月は、ユイリアが『ルナガディア王国』の王女様だということに気付いたのだ。
「あっれ〜? 月、気付いてなかったんか? あぁ! そうかそうか。自分が参加する大会の時は、それどころじゃないもんな! 参加者が順番に名を呼ばれるだろ? それで俺も気付いたんだが。だからそれ知ったのは、さっきと言や~さっきだな!」
そう、太陽は隠していたわけではない。なぜなら彼もまた、魔法アーチェリー大会で参加者の名が呼ばれ、それを聞き初めて知っただけなのだ。
「うへぇー……太陽さ~ん?」
「わっはっはっはー」
(笑って誤魔化して……出来れば言わないでおこうみたいな感じが、すご〜く伝わってきたのですが。なぜなのでしょう)
「教えてくれてたら良かったのにぃ」
「いや、ほら。その~タイミングが」
「ユイリア王女……様かぁ」
(ということは、星様も知ってるってことか)
大会の後、ラフィールの指示でロイズの元へ報告に向かったセルク。魔力を使い果たし気絶していた三日月は当然そのことを知らない。
――星様……どうしたのかなぁ。
(はっ! わたしったらまた、何考えてるんだろ!)
「いやぁ俺もまさかと思ったがな、はっはっは!」
「「そうなのだよぉ~わっはっはぁ~♪」」
三日月がぼーっとセルクのことを考えている間、いつもの調子で大声で笑った太陽。その真似をして「コラーっ!!」と怒られ可愛がられるメルルとティルは「「キャッキャー」」と楽しそうに逃げてゆく。
そしてまた、いつもの追いかけっこを始める三人。
――平和だぁ~。
「ちょっと、そういえばあなた!」
ユイリアが突然声を荒げ、毛嫌いするように太陽へ話しかける。
「はい、なんでしょうか~? お嬢様?」
そしてまたよせばいいのに、ユイリアを揶揄うような口調で言葉を返す、太陽。
「うっ。ほんっとあなたって嫌な人ですわねッ。どうしてあなたのような方が、三日月といつも一緒に居られるのかしら。羨ましすぎま……コッホン! おかしくってよ!」
「何かと思えば、それですかい? まぁ、入学からクラスが一緒だしな。なんだ、最初から四人で仲良くしてる友達だからなぁ。あっはっはー」
(普通に返している……うんうん、大人だ!)
「そ、それに! どうしてユキお姉様の近くにあなたがいらっしゃるのかしら。よろしくて? お姉様はね、一般クラスの方が簡単にお近づきになれるような方ではありませんのよ! 妹である私にとっても尊い……なかなかお話しすることも出来ない、王国で崇められるほどの――」
「ユイリア……あの、違うのよ……」
「ぅ、だ、だって! ユキおねぇさまー」
(何やら、想像以上に大変な状況になって……問題が膨らんできたような気が)
ユイリアはすごい剣幕で太陽を責め立てている。しかし怒られるようなことをしていない太陽は余裕の表情で「そうかそうか~」とユイリアの怒り(?)のようなものを、全て受け止め、優しく笑う。
「お、大人だ。太陽君」
二人の様子にユキトナは慌てふためき、どうしたら良いか分からずあわあわと両手を振り、三日月はユイリアの様子に、自分が揉め事に巻き込まれた昨日を思い出し「また始まった?」と諦めモード。
メイリとカイリは、一緒に頭を抱える。
遠巻きに皆の光景を見つめていたのは、追いかけっこの途中だった双子ちゃん。
そんな、メルルとティルより。
「「もぉ~みんな仲良しだネェ~ん♪」」
いや、それはどうだろうか。
もちろんまだ、解決には至らない。




