53 文化交流会2日目~王女様Part1~
(この国と同じ……ということは。いや、間違いなく)
「あの、そのぉ。お名前にある『ルナガディア』というのは……」
「え、はい。その~……実は」
栗色くるりん肩まで巻髪の可愛らしい御令嬢は、てっきり上流階級のクラス生徒だと思い込んでいた三日月と太陽、そしてメルルとティルの四人だったが、しかし。聞けばなんと、彼女は生徒ではなく――ルナガディア王国の第二王女、だというのだ。
そのような高貴な方とは全く知らなかった太陽は、安易に舞踏会へのお誘いを受けてしまったことに悩み、頭を抱える。
「……そうだったのですか」
(どうしたもんかね、うーん)
「あぁ、えとぉ~……うぅん」
三日月は、どう声をかけたら良いのか分からずに、言葉を選びながら視線をそらしモゴモゴする。その横で太陽はというと丁寧な口調のまま一言、それからは首の後ろに手を置くいつもの困ったな~のお決まりポーズで、すっかり気抜けしてしまっていた。
それからしばらくすると、細めた目でチラッと三日月の顔を見る。
目が合った。
「あぇ〜、んん? え〜と」
相変わらず三日月はモゴモゴと口ごもり、惚けた顔で目をそらしてみる。
(エーン! ジーッと見て背中をおしてしまったのは、もしかしてわたし!? ごめんなちゃーい)
もちろん太陽自身、三日月のせいとは微塵も思っていない。ただ、これまでで一番困り果てた表情をしているだけなのである。
それが彼女にはちょっぴり『自分のせいかも?』と勘違いさせていたのだ。三日月は再び太陽へ視線を戻し、顔色を恐る恐る窺った。
「えーっと、エヘ……?」
「……はぁ~」
するとやはり何とも言えぬ引きつった笑顔で溜息をつき、三日月の方を再び見た。
(うひょお……怒ってはなさそうだけれど、なんてゆぅ空気なのぉー!!)
冷や汗ダラダラ、そのままゆっくりと後ろを向いて自分の両頬を手のひらで押さえる。
(えぇーん! どうしよぉぉ)
三日月はとりあえず何とかしないと! という焦りばかりで周りが見えなくなる。良い案はないかと考えていると、急に後方から直近で感じた嫌ぁ~な雰囲気が、漂ってきた。
(こ、この感じは)
「あらぁ? そこにいるのは三日月じゃありませんこと?」
その声、ここ最近でいっちばん聞き覚えがある。
誰かというと……。
「ゆ、ユ、ユイリア、さま」
三日月の嫌ぁ~な予感的中。
相変わらず周囲にはない奇抜な存在感を放ちながらやってきたのは他でもない、ユイリアお嬢様だ。
(って、あれ? 今、聞き違いじゃなければ、ユイリア様がわたしのことを、『みかづき』って呼んだような)
「呼びすて……なんだかコワいのですが」
ボソッと呟く三日月。
大会での出来事などもう過去のこと、根本的な自己中心な考え方は変わらない。よって、周囲のことなど気にも留めないユイリアはさらに明るく陽気な声で、四人に近付いてきた。
「やだわぁ、三日月ってば。私のことはユイリアでよろしくてよ? だって三日月は命を救ってくれた、恩人ですものぉ。いいえ、もう最高の親友といっても過言ではないのです~」
「は、ハイー?」
――どうしてそうなるのぉー!!
この日、三日月はそんなツッコミどころ満載な気持ちになることが多い。
スッ――。
(あ、)
「ユイリア様、落ち着いて下さい。三日月様が驚いておられます」
「あ、メイリ様」
(あはは〜、いえいえ、驚いているというよりは、若干引いていますが)
「あ〜ら私ったら。ごめんあそばせ~♪」
「ユイリア様! おふざけは」
(今日も絶好調でプンプンしていますねぇ)
ユイリアは「怒られても、怖くなどないですものね~」と言わんばかりの表情で、メイリの周りをスキップして回っている。
(ラフィール先生から、ダンス好きとは聞いていましたが。ここで突然踊るなんて……まぁ、得意なのは本当だったようですネ)
「ユイリア様ッ! いい加減に」
「いやだ~メイリったらそんなに怒んないでよぉ。だって信じられる? こんなにすぐ三日月に会えるなんて。テンション上がっちゃうでしょ! それに、カイリ様のことも……キャッ。ねっねっ、メイリもそう思うでしょ〜? 私もぉー嬉し過ぎて」
興奮気味にはしゃぎながら、その気持ちを全身で表現する。
「はぁ……まったくこの御方は」
「……(放心)」
この日のお昼。
ユイリアに「おほほ~」と戦いを挑まれ迎えた魔法アーチェリー大会。その身勝手極まりない御嬢様が一変! 今や三日月のことをお気に入り人物認定をしている。ほんの数時間前からのあまりに変わってしまった状況に、彼女の心はついていけず、無言のまま。
しかもなぜか『親友』とまで言われ、いい加減に精神が持たない。
そして三日月にはもう一つ、気になっていることがあった。
(あれは、もしや。わたしの苦手な……)
ユイリアの楽しそうな姿を、後ろで幸せそうに微笑み見守る人。
「うぅー、カイリ様だ」
三日月は反射的に、誰が見ても分かるくらい怪訝な顔になってしまっていた。




