41 文化交流会2日目~決着?~
◆
【飛翔の矢】
飛行力に長けており、空中で待機することが可能な魔法の矢。飛ぶ方向も、魔法を使う者の実力によってはどこにでも飛ばせる、上位魔法。
三日月のオリジナル魔法である、光の矢と同じ単発魔法だが、『数多』を付け加えることでその力(矢)を分裂させることも出来る。そして数多で数を増やした飛翔の矢は、迷矢のスピードに合わせ周りを囲み込んだ。
【融合】
その言葉通り、複数の技を一つにとけあわせることのできる特殊な複合魔法。今回、三日月が繰り出した魔法は突発的な危機に対処するために編み出した、オリジナルの魔法である。
この融合魔法は奥が深く、場合によっては最上位魔法に成っても過言ではないという。種類やレベルにもよるが難易度高魔法(特殊魔法)も生み出せるのが特徴だ。
注意すべきは、正にも負にも変化する可能性があるという危険を含んでおり一部で問題視されているが、しかし。現在の月世界では、そこまでの高位魔法を使える者は皆無に等しいため、王国が注意深く監視しつつ現状維持とされている。
今回、迷矢を食い止める確実な策として、あえて難易度の高い魔法ばかりを選んだ三日月。その上オリジナルで魔法を重ねているため、普段、鍵魔法で魔力を抑えられている彼女が、急速に魔力を放出し使い過ぎた時、どのような弊害が生じるかという可能性については考えている余裕がなかった。
そういった特殊な魔法も上級魔法師である母、望月から指導を受けていた彼女。様々な魔法技術を幼い頃から厳しく教え込まれており、今回の融合もその一つだ。
三日月は、鍵魔法により力の制御がされているとはいえ、元々人並みならぬ力を持って生まれているため、少ない魔力量使用でも出来るいくつかの小さな力を複合するという方法を用いて、技術向上に励んでいた。
◆
三日月の周囲にはキラキラと輝く光の粒が舞う。
「なんて……綺麗なのかしら」
「星が降ってるみたい」
ざわざわ……。
黒光を放ち暴走した魔法矢を、三日月の光矢が消滅させるという偉業の一部始終を近くで見ていた参加生徒や先生、守りの魔法線の外側にいる観客(生徒)たちも、何が起こったのか分からないまま今もなお美しく奇跡のように煌めく会場の光景に、心奪われていた。
「あの子の魔法、すごかったわね」
「一体どこのクラスなの?」
「ぜひとも、お近づきになりたいもんだ!」
「おいっ、よく見ろよ! 髪の色」
「あれって、珍しい……私、初めて見たわ」
「きっと良い御家柄のお嬢様なんだろうなぁ」
本当に勝手なものだ。
三日月の実力を目の当たりにした途端、手のひらを反すように、上流クラスの生徒たちの態度は一変。すごいと褒め始める。
その様子に、ほっぺたぷくぅーでプンプンな双子ちゃんの姿。
「「きゅいーッ! 上流の人、キライキライ!!」」
(おっと、メルルさんとティルさんが怒っておられる。ここはひとつ兄ちゃんが)
「まぁまぁ! メルルちゃん、ティルちゃん♪ 周りなんざ気にすんなや!」
「「ぶぅー! だってぇー」」
「はっはは! ハイハイ、よぉーしよし」
太陽が珍しく年上らしい対応で双子ちゃんを宥め、それからゆっくりと会場の方向を見つめながら、ぼそっと呟く。
「一体、何が起こってんだか……」
落ち着いているようにも見える太陽だが、彼の本音は違う。
三日月の事を何も知らない者たちが、軽々しく良いも悪いも発言し話題にしているのを見聞きするだけで、メルル・ティルと同じくらい……いや、二人以上に気持ちの苛立ちを感じていた。
しかし、その感情を超えるくらい太陽は、会場で困っているであろう三日月の安否が心底心配でしょうがなかったのだ。
(本当は、今すぐにでも行きたいんだがな)
「ラフィール先生が迎えに行ってくれたんだ。信じて、此処で待つ。きっと大丈夫だよな……」
そう、自分に言い聞かせていた。
◇
――その頃、問題が起こった会場では。
「成功……した……?」
途切れ途切れの声を発した直後、三日月は力尽きその場に座り込む。
使用許可を出された【鍵レベルⅡ】までの魔力を開放していた彼女であったが、大会後に残っていた力のほぼすべてを使い、ユイリアを助けた。
(あぁ……ふらふらして、視界がぼやけてきたぁ)
光の粒がキラキラと降り注ぐ中、まるでそこだけ時が止まっているかのように、ほとんどの者が夢を見ている表情で、見惚れていた。
当事者であるユイリアもボーっとしていたが、自分の身に迫っていた危険を思い出し、ハッと我に返る。
「あ、あの……月さん。私……」
心配そうに震える彼女の声が微かに聞こえた三日月は、ぐにゃっと揺らぐ視界を戻そうと左右に頭をブンブンと振りながら、残り少ない体力の中で力を振り絞り身体を動かした。
そしてユイリアの元へ行き、両手を握ると声をかける。
――もう心配しなくてもいい、そして少しでも安心してもらいたいとの思いで。
「ユイリア様……お怪我は……ないですか? ご無事……で?」
(うわぁ、フラフラだ。これって魔力使い過ぎたんじゃないかなぁ。叱られちゃうかも?)
三日月は、自分が思っている以上に魔力・体力ともに消耗が激しく、歩くのはもちろん声を出すのも苦しいということに、今さらながら気付く。
「え、えぇ、私は大丈夫ですわ。それよりも、あなたが」
握った手がだんだん熱くなっていき、手の甲に一粒の雫が落ちてくる。三日月は項垂れていた顔を少しだけ上げると、ユイリアが涙を浮かべ、心配そうに真っ直ぐと自分を見つめているのが分かった。
ふと、お茶会でラフィールから聞いた言葉が過ぎる。
――『表裏の無い、良く言えば天真爛漫なお方』
(そっか、そうなんだ。素直すぎて、真っ直ぐにしか進めないような。可愛らしい女の子で)
三日月はクスッと少しだけ笑い『先生の言っていた通り』と心の中で納得。純真そのもので、自分の思う通りに発言して、動く。そんなユイリアが可愛く思えた三日月は、心配をかけてはいけないとすぐに笑顔を向け、元気なふりを装う。
「ご無事で……良かった。あ、安心しました。わたし、この学園に入学して……今日が一番、がんばった、かもです」
時間をかけやっとの思いで話し終えると、最後にえっへへ~と笑った。
「月さん……あの、私――」
三日月の健気な姿を見たユイリアが何かを言おうとした、その時。
学園一の【癒しの神】が、ふわりと到着。
「きゃーー!」
「先生よ~」
「えぇぇ、どうなさったのかしら~!」
動揺していた会場は、一気に変化する。
その理由は――ラフィールの登場によるものだ。
「月さん、ずいぶん無茶をなされたみたいですね」
「……せんせ、すみません……でした。結局、こんな……」
三日月は魔法使用のリスクを分かっていながらも、ユイリアを助けようと必死だった。そのため、魔力解放時はあれだけ注意するようにと指導を受けていたにも関わらず、勝手な事をしてしまい、また迷惑をかけてしまうのではないかと、申し訳ない気持ちでいっぱいになっていた。しかし先生はいつものように、三日月の頭をヨシヨシと優しく撫で、労いの言葉をかける。
「いいえ。よく、頑張りましたね」
ラフィールはそう言いながら、動けず今にも倒れそうな三日月の肩を支え、魔法による魔力・体力の回復を施し始めた。
「ラ、ラフィール先生?! えぇ? なぜ、どうして……先生が」
すぐ側にいたユイリアが、信じられない!! と口を開け、お目めまんまる。恥ずかしそうにしながらもラフィールと三日月が気になり、交互にまじまじと見る。
(ロイズ先生といい、ラフィール先生までも……一体、月さんて、どういう方なのかしら)
色んな「なぜ?」を頭の中で展開するユイリアは、助けられた瞬間の感動がまだ目に焼き付いている。
普通ではない、ましてや学生である三日月のあり得ない力に驚くのも当然で、力の強さはもちろん、彼女だけが別メニューで魔法訓練をしていることは、一部の関係者のみしか知らないのだから。
そのため三日月を助けに来た先生が、まさかあの上級能力を持つ、滅多に会えない講師のラフィールが来るとは、ここにいる誰もが夢にも思わない。
それが今、目の前で起こっている。
(あーわわわわ? ラフィール先生と月さん……どういうことですのぉ!?)
「ユイリア様、大会お疲れ様でした。お怪我はございませんか?」
ラフィールは動揺しているユイリアにしっかり目を合わせると、にっこりと笑い彼女の事も労う。
「あああ、は、はい。あーあの、月さんが護って下さったので。本当になんとお礼を……ぅうぅぅ」
(あ〜ユイリア様が泣いちゃいそう。泣かないで……)
気持ちが通じたのか、三日月のことを慕う仲良し精霊たちが、ユイリアの周りに集まり代わりに慰めに行く。
「あっ……あなたたち。うふっ、可愛い精霊ね」
(月さんと、同じ……強くて優しい雰囲気がする。彼女の精霊かしら?)
(良かった、笑ってくれた)
――ユイリア様も精霊が見えるみたい。それに、可愛いって♪
三日月はホッと胸を撫でおろす。ラフィールの魔法で回復はしたものの、さすがに体力は尽き瞼を閉じそうになっていると、突然! 大きな声が観客席の方から聞こえてきた。
「唯莉愛ぁ!!!!」
遠くから誰かが、息を切らしながら走ってくる。そしてユイリアを抱きしめ、無事を確認していた。
「エッエッ、ちょっカイリ様……?!」
この急展開な状況にユイリアは驚き、目を回すほどにあわあわ! 真っ赤な顔は今にも燃えそうで困惑しているのが伝わってくる。
それは二人の世界……「キャッ!」という皆の視線や声も聞こえないカイリは抱きしめる腕を決して緩めることはなく、叫ぶように大きな声で話す。
「良かった! 無事なのだな!? あぁー心配した、一体何があったんだ? もしも、ユイリアに何かあったら……俺は、俺はぁー」
「ま、待ってくださいませ、落ち着いてください……でも、でも! カイリ様はずっと……ずーっと私のことを、避けていらして……」
シーン…………。
しばらく沈黙が続く。
ふと、ラフィールの「フフッ」と笑い声でまた、周囲の空気が柔らく変化する。
「「ハッ!!」」
そして二人は気付く。
周り全ての視線が自分たちに向いていることに。
「「ごめん」なさい」
真っ赤になり恥ずかしさ最高潮の二人が改めて顔を見合わせる。そして同じタイミングの同じ言葉で、お互いに謝った。
(あれ? もしかしてこの二人、仲直り出来た?)
「……かっ……」(よかった)
「ん? 月さん、どうしました?」
ラフィールが不思議そうに三日月の顔を見る。
「…………♪」
三日月はもう声も出ず、ただにこにこしながら首を横に振り気持ちを表現、何でもないと伝えた。
そして微笑んだまま、倒れるように、三日月は眠りへと落ちていったのだった。
☆
後で聞いたお話。
『癒しの神』(ラフィール先生)の優しい腕の中で、それはそれはもう! 大切に、大切に、抱きかかえられ運ばれたそうで。
その光景は、上流階級の皆様の、ざわつきを生んでいたという。
ロイズ先生同様に、ラフィール先生も生徒に大人気! そんな御方に『お姫様抱っこ』をされ運ばれた私は、お嬢様方からの突き刺さるほどの、羨ましいの視線を送られていたというのだ。
――恐ろしい話を聞いてしまった。
「はぁ~」
(いつ眠ったのかも、どうやって運ばれたのかも、覚えていないというのに)
「しかも、ラフィール先生からまさかの『お姫様抱っこ』で運んでいただいただなんて……」
「おやおや、可愛い眠り姫さん。皆さんの注目の的でしたよっ、うっふふふ!」
そのような記憶、わたしには全くない!
「んあぁぁ! もぉいやだぁー」
これでますます、あの校舎には、表からなんてもう行けません!
☆




