40 文化交流会2日目~迷矢~
――攻撃時間終了まで、残り三十秒。
三日月の美しい魔法に驚きながらも、心配と応援をしていた他の参加者たちは、無事に的への攻撃(挑戦)を終えた事にホッと胸をなでおろしていた。
響き渡っていた観客の声も次第に落ち着き始め、皆は結果発表の放送を心待ちにしている様子。
「終了まであと少しだな。的への攻撃は、参加者全員終わったか?」
測定担当責任者の先生が首にかけた時計で時間を見ながら、各エリアの最終確認を促す。全エリアからの報告を受けるために伝心能力、いわゆるテレパシーのようなものを使い会話する。
『只今確認中ですが、おそらく終了かと……』
「そうか。皆、確認次第報告してくれ」
――大会はこれで無事終了だなと、誰もが疑わなかった。
「やったぁ~!」
(うまくいったぁー、あぁぁぁ……良かったよぅ)
人生初の大会参加で、魔法を使う楽しさを感じた三日月は興奮冷めやらぬ思いに気持ちは昂り、一人でわーいわーいと喜び続ける。
魔力上昇したテンションのおかげで、発動した三日月形の弓は、今もなお美しいグローブと共にキラキラと右手に発動されたままだ。そのため、三日月の脳内はしばらく「魔力アンテナ張り巡らしています!」という状態であった。
「ふぅ~……にゃはぁ」
(そろそろ、開放した魔力を施錠して、っと)
魔力コントロールの成功で上機嫌。上手に発動出来た、弓と矢。自分の魔法を信じる事が出来たその手を微笑みながら見つめる。三日月の頭と体と心は今、別々の思いを抱き「綺麗に発動出来たのに閉じちゃうのもったいないなぁ」などと、弓魔法の解除を惜しみ、自身の武器――三日月形の弓に愛着を持つ。
そんな三日月もまた皆同様、魔法アーチェリー大会の終了合図を待っていたのだが、その時!!
“ゾワぁ……”
「――ッ」
(えっ、なに、今のは。急に寒気が)
――こわい……?
偶然、張り巡らしていた魔力アンテナで、三日月の能力領域内に流れ込んできた、僅かな違和感。瞬時に危険な何かだと察知する。
それは周りの参加者や観客がまだ気付いていない、叫び声が聞こえ始める少し前の事であった。
◇
『ご報告致します。一人、攻撃の終わっていない生徒が……――』
「……ん、どうした? まだ攻撃が終わっていないのか?!」
森の奥近いエリア担当の報告が不自然に途切れ、すぐに事態を察した魔法アーチェリー責任者は、連絡の途絶えたエリアへ警備隊を出動させる。
「十三番エリアだ、急げ!」
「「「はいっ!」」」
(何事も、起きないといいが……)
不測の事態に備え、警備隊は移動能力に長けている者が選ばれており、命令が出て一瞬で現場に到着した。しかし彼らは、着くや否や身動きの取れないような驚きの光景を目の当たりにする。
「んなっ、なんだ……あれは」
「君! その矢と弓の魔法を解きなさい!!」
「せ、せんせぇー助けて、違うんです! 弓が! 矢が勝手にぃー」
「ま、待てっ!!」
ある参加生徒が射ろうと創り出した、最終三本目の魔法矢。
なんとそれが彼女の意思とは関係なしに動き、生み出した魔力以上の強さとあり得ない速さを兼ね備え、狙っていたはずの星形の的とはまったく違う方向へと飛んだのだ。
一瞬の出来事に警備隊は、なす術もない。
「みなさん、に、にげてぇー!!」
「「「きゃあああッ!!!!」」」
自分が発動した魔法の矢。それを止められず、自身の手から勝手に離れていった矢を指差しながら危険を知らせた参加生徒の彼女は、失神寸前。すぐさま警備隊に抱えられ、ショックとパニックでその場に泣き崩れた。
◇
会場で一列に並び競技を行っていた参加者たちは、暴走した矢の出現に叫び声をあげ走り出す。その異変に気付き、遠くで視線を向けた三日月がいるのは、矢から一番離れた観客から近い場所だ。程なくして逃げ惑う大会参加者たちの合間から、飛んでくる強い魔力の存在を感じた彼女が見たのは、驚愕し恐怖心を煽るような禍々しい黒い光。
「あれは……」
(まさか、魔法の矢?!)
直前に、三日月が恐怖にも似た僅かな違和感を感じた何か。その正体はコントロールを失い、主の言うことを聞かなくなった魔法の矢。強い魔力を帯びたまま暴走する【迷矢】だった。
そしてなぜかその迷矢は、高速スピードでユイリアの方へと一直線に飛んできていたのだ。
「避けてー!」
「あぶなーい!」
「きゃあぁぁ……」
バタバタバタバタ――バタバタバタ!!
「一体これは、何の騒ぎ――」
「「「ユイリアさまぁぁ!!」」」
「あぶなぁぁい! 逃げてくださーい!」
「ぇ……」
(わ、たくし?)
自分が狙われている――黒い光が、自分に向かってきていると確信したユイリア。しかし普段、安全な場所でしか訓練していない彼女の実戦経験はゼロ。命を落としかねない危機的状況にも関わらず、目の前で起こっているアクシデントに即対処できない。それどころか驚きと恐怖で動けずに、体を縮めただ呆然と立ち尽くしていた。
「ユイリア様ッ!?」
すぐ横にいた三日月は彼女の名を呼ぶが、聞こえていないのか反応がない。震えて動けなくなっているユイリアの姿と魔法矢が向かってくる光景に、三日月の身体は自然と動いていた。
(勝負とかそんな悠長なこと言っている場合じゃない! 攻撃をためらい迷っている時間もない!!)
「なんとかして……」
――護らなきゃ!!
三日月の決断は早かった。
異常な魔法の矢を目視してから、わずか五秒。
『防御』
ユイリアをかばうように素早く前へ出た彼女は、もしもの為にまずは防御魔法を張る。
一秒の遅れが命取りとなるこの状況下で、三日月は冷静に状況を判断し、順に魔法を発動させていく。その姿からは、恐怖心も迷いも感じさせない。
そう、いつもの気弱な三日月ではなかった。
(コントロールを失い、迷走している魔力の矢。周りに影響を及ぼすことなく、安全に解決することが出来るとしたら)
――あの方法しか思いつかない!!
「うん……やれる…………」
(やるんだ!)
“ポゥ…………”
瞬き一つ。『私の瞳は、色がないみたい』と呟き、強く降る雨の朝に見た自分の泣き顔。
しかし今、決意を胸にした三日月の瞳は鮮やかな光彩を乗せ、美しい煌めきを取り戻し始める。
そのすぐ後、何とかしなければという一心で【迷矢】への魔法攻撃を開始した彼女は、数秒で次々に強力な魔法を間髪入れず発動させていった。
『数多――飛翔の矢――――『“融合“』
『流星――光矢――――『“融合!”』
心と体で覚えてきた魔法知識と技術。
しかしこれまで鍵魔法により魔力制御をしてきた三日月にとっては、未知なる領域でもある。実戦で魔法を使うのはもちろん、魔力量が半端なく大きい状態での上位魔法を使用するのは当然初めてなのだ。
何より状況を判断し、創作的に編み出した魔法の成功率は極めて低い。向かってくる矢へ対抗するだけのパワーが、自身の光矢に足りているのかは正直判らない。
それでも三日月に、迷いはなかった。
(お願い……上手くいって!)
父譲りのとても慎重な性格の三日月が、念には念を――と、始めに飛ばした【飛翔の矢】の役割。
それは万が一『流星光の矢』の攻撃が上手くいかなかった時のために、保険でかけた魔法である。
光の矢が失敗した瞬間――『数多飛翔の矢』で一気に叩く。そのため迷矢の周囲を固め追いかけるという、攻撃手前の待機状態にしてあったのだ。
融合魔法で発動した三日月の光矢と、黒い光を放つ迷矢。
周囲への影響なしに消滅させるには、一ミリのずれもなく、矢の先端同士を当てなければならない。
真っ直ぐに入れば、三日月が射った光の矢の方へ吸収され、一体化させられる。そしてこれが成功すれば、迷矢の魔力を無効化することが可能だ。
――ユイリア様を助けられる可能性は、五分五分。
『盾!』
“キィーン……”
(万が一……その時は、わたしが盾になってでも)
『護ります』
無意識に、自分よりも周囲の安全を、そして後ろにいるユイリアを助けることを最優先に考え、三日月形の弓を力強く構える。
――――シュン……ふわぁ!!
瞬間、セルクのプレゼントしたブレスレットが変化した漆黒のフィンガーレスグローブは、その姿を今度はキラキラと光を帯びたリボンへと変化させ、ひらひらと羽衣のように三日月の腕と体を支え、まとわれていく。
(失敗は許されない、後悔などあり得ない)
(一度しかないチャンス、一瞬のタイミングを逃すな)
そう心の中で呟く三日月は、ついに迷矢の矢先を狙い、弓を引く――。
そして。
ピュン……――――キラッ。
美しい弦の音色と、一瞬の眩い光の矢は。
その通った道を示すように、一本の光線が綺麗な直線となり伸びていく。
パァァ――――!!
三日月の射った光の矢は想定通り黒光の迷矢を吸収し一本化することに成功した。そして、相反する強い光を放っていた二つの矢は跡形もなく消え去り、周囲には精霊の癒しが溢れる。
キラキラと小さな光の粒が、地上へと降り注ぐ。
「わ、ぁぁ……」
「きれーい」
「矢、き、消えたのか?」
「すごい、こんな奇跡が」
それはまるで、静かな夜空に輝く――星屑のように。




