39 文化交流会2日目~光の矢~
◇
――時は少し遡り、太陽が月の力についてセルクへ話をし、魔法アーチェリー大会の攻撃残り時間が二分を切った頃のこと。
二投目、三投目が終わっていない参加者たちは、各々が創り出す矢の発動スピードに焦りを感じる中、なんと三日月はまだ一本も攻撃を終えていなかった。
「ねぇ、どうしたのかしら」
「あ~あの綺麗な弓を発動した子?」
「本当ね。あれからまったく動きが無いみたい」
「えぇ! じゃあ偶然、弓の発動が成功したってこと?」
「きっとそうよ、だって見て! グローブも普通は逆じゃない!? 弓を持つ方に着けているわ」
「やだ、それって見掛け倒しじゃなーい」
ひそひそと……ではなく、堂々と!
三日月を批判するような観客の声に、メルルとティルが気付く。
「ねぇねぇ~めるん」「うんうん~てぃるん」
「「な~んか、やーやー! プンプンねぇ」」
勝手な想像で三日月のことを色々と言っている観客のお坊ちゃまお嬢様方に対して、二人はぶぅー! と、ピンク色の頬を膨らまし「ちゅっきーのこと、なにも知らないのにぃー!!」と、ちょっぴりご立腹のようだ。
それから大会会場は、というと。
攻撃(挑戦)を終えた他の参加者たちは、さっき開始前に『頑張ろうの応援を送ってくれた子』という認識で、まだ一本も射っていない三日月のことを、遠くから心配と応援の眼差しで見守っていた。
唯一、厳しい目で見ているのは他でもない。三日月の隣で大会終了を待つ、ユイリアだ。
そんな周りの心配やざわめきに惑わされることなく、自分の世界に入り込む三日月は、ゆっくりとマイペースに、矢を射る準備に集中していた。
(そっか。魔法って、こんなにもキラキラしてたっけ)
忘れていた感情。
遊びの延長で様々な魔法を習得、開発までしていた幼き頃の自分を思い出し、魔力を使うことへの恐怖心を上回るくらいのドキドキが、彼女の心身に溢れてきていた。
――楽しむこと。
(そうだ、せっかくなら素敵な魔法にしよう!)
そう。驚くことに、今ここで自分の魔法が試せるチャンスが出来たことに嬉しくなり、わくわく感に自然と笑みがこぼれ始めていたのだ。
しかしなぜ? 三日月の魔法矢の準備は、こんなに時間がかかってしまったのか。
大会で使用する高魔力の矢は、一本創り出すのに時間がかかる。しかし三日月にとってこの高魔力の魔法を使うこと自体が初めてのようなもので、「一本ずつでないと矢の発動は難しい」という考えが、彼女の頭にはそもそもない。
(左手の魔力は十分。なるべく短い間隔で三本射れば、同じ場所に当てられる気がする……そうだ、最初の一本目さえ高得点に当てられれば!)
と、そういう訳である。
なんと三日月は、三本の矢を一気に飛ばすために、その魔力を一点に集中させ溜めていたのだ。
(そろそろ魔力、溜まったかなぁ~)
自分の腕や手のひらに浮かぶ光の粒を確認し、気持ちを込める。その表情は、とても自信に満ち溢れていた。
そうこうしているうちに残り時間はあと一分を切る。魔力の準備が整った三日月は焦ることなく冷静に、いよいよ本番――矢を完全の状態へ創り変化させるための、オリジナル魔法を再び唱えた。
『ライティングアロー!!』
攻撃開始時に発動しうっすらと浮かぶ矢は、瞬く間に光輝く矢に生まれ変わり、彼女の左手にしっかりと握られる。
(うん! イメージ通り)
そして次の瞬間!
(いっけぇぇー♪)
『ライトアロー・シューティング!!』
三日月の生み出した鋭く美しい光の矢は、星形の的へ吸い込まれるように消え去っていく。
――――キラッ! シュッシュッシュッ……。
誰も予想できないくらいの、早いスピード。
その矢は美しい光のラインを描きながら、音もほとんど聞こえない。
ただ星形の的へ向かって、真っ直ぐに。
【光矢】は射られた。
三日月の狙い通り、三本とも同じ場所へ。そして一番高い得点の的へ見事当たり終了。
三日月のオリジナル魔法。
【弓魔法】、そして【光矢】は、見ていた全ての観客に感動を与えていた。
「やったぁぁ!! 綺麗に飛んで行ったよぉ。成功したかな?!」
その時ふと空の上からの視線を感じた三日月。その正体は、魔力暴走の監視という名目で、上空から優しく見守っていたラフィールだった。三日月は両手を広げ、見上げる。
すると、ラフィールは「大丈夫」と言うように、そっと頷いた。
(良かった! こんなに達成感もあって、こんなにわくわくして)
「魔法ってすご~く、楽しい♪」
三日月は嬉しすぎて表現しきれないその気持ちを喜色満面、両手で自分の頬を包んで感じていた。
◇
その頃、太陽は当然のごとく驚いていた。
「あれが月なのか? 凄すぎるだろ。なぁ~セルク」
「えぇ、これは予想以上でした。正直僕もさすがに少し驚いています」
「マジか? 少しってお前」
「本当に見惚れるような、美しい光でしたね」
「あ、いやそれは分かるんだが。セルクの驚きってそっちかよ」
今日は太陽にとって、驚くことばかりが続いている。今は目の前で起こった三日月の成す魔法に、心を打たれていた。
その高揚した気分に浸っていると突然、三日月のいる会場から叫び声が聞こえてきた。
「早くッ! 避けてー!! 逃げてぇ」
「あぶない!!」
「きゃあああ……」
――「ユ、ユイリア様ぁ!!!!」
「んなっ、何だ?!」
激しい悲鳴。
太陽たちがその叫び声に気付き会場の方へ目を向けた時には、もうすでに何が起こっているのか? 全く分からない状態だった。
「セルク、何が起こった?!」
「こんなこと……いや、すまない。僕にもよく見えなかった」
セルクには何が起こったのか? 心当たりはあった。が、確実ではない情報を太陽に伝えるわけにはいかない。それはセルクが動揺するほど信じられないことだった。
(会場が少しずつパニックになりかけてきている)
このままでは危険が……そうセルクが焦り始め、三日月の元へ行こうとした、その時――。
「待ちなさい、セルク」
三日月の攻撃が終わりすぐに地上で待機していたラフィールが、険しい表情でセルクの元へ降り立ち、命じた。
「詳細は後程。君は先にロイズ先生へ報告を。場所は分かるね?」
三日月のことが気がかりで仕方がない。しかしセルクは平常心を保とうと、目を閉じた。
「……承知しました」
その返事を聞くとラフィールは、三日月のいる会場へと急いで向かった。
「おい、セルク大丈夫か?」
さっきまでとは違う“負”の様子を感じ取った太陽が、心配そうに話しかける。
すると急にセルクは、冷たい空気を身にまといながらも笑顔で答えた。
「太陽。僕がこんなことを言うのは大変おこがましいのですが。三日月のこと、頼みます」
それを聞いた太陽は、少し怒り気味。
「セルクお前、何言ってんだよ! そんな俺たちの前で、無理して笑わんでいい」
――本当に、なんて自分に正直な人なんだ。
「うん、そうだね」
そして太陽は「俺に任せとけ!」と言いながら、セルクのことも気にかけていた。
「その~何だ。よく解らんが、気を付けて行って来いっ!」
セルクはフフッと微かに笑いながら「あぁ、ありがとう」と言った。
そして同じく、心配しているメルルとティルの頭をヨシヨシと撫でると、セルクは足早にその場を立ち去ったのだった。




