38 文化交流会2日目~約束~
――ほんの数十秒前。
二本目の矢を思い通りの的に当てた後、「今年も余裕ね♪」と三日月の方を向いたユイリアは一瞬動きを止め固まると、自分の目を疑った。
目の前に広がる美しく優しい光の円。そこに映る三日月の魔力、そして彼女の中からキラキラと生み出されてゆく魔法(三日月形の弓)を、目の当たりにしたからだ。その美しく洗練された弓魔法に、思わず心を奪われそうになる。ハッとしたその瞬間、ユイリアの表情は一変した。そして、珍しく動揺したのだった。
(何かしら? このとてつもない気迫……それなのに、穏やかな風を感じる)
ユイリアは、釈然としない気持ちのまま最後三本目の矢を右手から発動する。それはいつも以上に強い魔力が込められ、固く握り締めていた。
その理由は、三日月から方からじりじりと伝わってくる強さに複雑な思いを抱いたからだ。
「な、何よ! そんな弓……私の方がすごいんだからッ」
(ホント何なのかしら? この子!)
これまで様々な大会に参加し、優秀な成績を収めてきたユイリア。いつもなら最後の一本を射る時に、観客を楽しませるためのダンスや派手なファンサービスを披露しながら、的への攻撃をする。拍手喝采の中、まるで「主役!」というパフォーマンスを見せるのがお決まりであった。
しかし、この大会では。
ふつふつと湧きあがるライバル心に、追い越されるのではないかと、焦る気持ち。そんな状況で気付いた自分の中に眠る、感情。「本気で勝負をする」という三日月の姿勢を感じた彼女は初心を思い出していたのだ。
久しぶりに感じる緊張感。弓に力を込め引くと、的の中で一番点数の高い場所を真剣に狙う。
――ここだわっ!
思いっきり弦を放ち、三本目の矢を的へ射った。
シュパー……ンッ。
「「「キャ~! ユイリアさま~!!」」」
なんだかんだユイリアの技術レベルは文句なしに高い。観客皆の予想通り、射った全ての矢はもちろん高得点の的に当たっている。
そして攻撃時間を二分も残し、あっさりと攻撃を終了したのだった。
「的を見て! あれは絶対高得点ですわ」
「やはり、ユイリア様は特別ですよ!」
「あぁ~しかし珍しいな? いつものパフォーマンスが」
「そうそう、結構楽しみにしていたのになぁ」
いつもの大会通り、華麗な弓さばきを魅せたユイリア。しかし残り時間の内訳は本来ファンサービスをする予定だったのだろう。そのことを知る観客やユイリアのファンからは、ぽつりぽつり「残念だ」という声が発せられていた。
「「「ユイリアさまぁ~!!」」」
それでも、彼女の名を叫ぶ大歓声は、訓練の森中に響き渡っていた。
◇
「どうやら、ユイリア様の挑戦が終わったようですね」
セルクは表情ひとつ変えず、淡々と大会の実況をしている。
「あぁ、そやなぁ」
その隣で呆気にとられたような顔で聞く太陽。返事はするが、うわの空である。そんな様子を全く気にすることなく、セルクは話し続けた。
「他の参加者は……さすがにまだ二本目準備、という感じでしょうか。太陽はご存知かもしれませんが、魔法アーチェリーは通常魔力の持ち主が発動した場合、単発用の矢一本に込める魔力量が多い。それは一本の発動に時間がかかるということ。ましてやそれが五分間に三連続ともなれば、やはり結構な魔力と体力の消耗がある。それに――」
説明を続けるセルクに対し、ぽかーんと魔法アーチェリー大会を観戦していた太陽は、ハッ! やっと我に返り、セルクへ質問を投げかけ始めた。
「い、いや待て、待ってくれセルク。そんな悠長に! までとは言わないが、魔法アーチェリーの知識ぃ~もッ、ありがたいことなんだがなぁ、しか~しッ! 今、そんな説明してる場合かぁ?!」
「……?」
セルクは何かあったかな? と少しだけ首を傾げ、不思議そうな顔で太陽を見ている。
そよ風でも吹きそうなその表情から彼が本当に何も思っていないことを悟った太陽は、首の後ろに手を置き「まいったなぁ」の姿勢で大きな溜息をついた。そしてセルクの顔にもう一度ゆっくり目をやると再度「んあはぁぁぅ」と、項垂れた様子で話す。
「やっぱよぉ……お前って、な~んかどっか皆と違うよな?」
「えっ、そうかな?」
その意味深な太陽の言葉にも、セルクは爽やかな笑顔で答える。
まるで何事もないような口調だ。さすがに「こりゃまいった」と太陽は、なぜ自分だけがこんなにも驚いているのか? 解説を始めた。
「いや、考えてもみろや? ここからでも感じた月の魔力、魔法、弓技……。どれをとってもあれは人並み以上だろ? 確かに、確かにだ。月はいつも魔法の授業だけ別だったし、何かあるんだろうとは思っていたんだが。すげ~よな? あいつ」
太陽は「魔法が苦手な俺でもわかるぜ」と、再びセルクの顔色を窺ってみる。
しかし表情は変わらず、爽やかな笑顔だけが太陽に向けられたままだ。
「う……」
困り果てた感じだが、太陽はこの際だと自分の考えや思っていることの続きを話し始める。
「あいつは能力も高い。なんと! 精霊様と意思疎通や会話が出来るだけじゃなく、歌まで一緒に歌うお友達ときた。普通、じゃあない気がするんだが。そこんとこどう思うよ? セルクは」
「…………」
――にこにこ、にこにこ。
涼しい顔で、受け流される。
「んんあぁ〜もう、分かった、分かったよ、俺が悪かったッ! へいっ! もう、この話は終わりだ」
結局のところ何も話す気がなさそうなセルクに対し「俺はびっくりしてるんだがな」とぶつぶつ言いながら、ちょっぴり寂しそうな声を出した。
(そうか、うん)
この時、太陽の本心を感じていたセルクは、何かを確信する。
そしていつもと変わらないトーンで、話す。
「太陽は」
「んっ、どうした?」
その囁くような小さな声のセルクを見る太陽。
「きっと、君は。好奇心や詮索で知りたがっているのではなく、ただただ純粋に、月の身を心配している。そういうことかな?」
セルクは静かに三日月が戦う会場の方を眺めながら、そう言った。
「言うまでもなく……」
すると太陽は白い歯を見せニカッと笑い、右手でグッドポーズ。大きな声でハキハキと自信満々で答える。
「なっ! そりゃあそうだろ? 俺ら大切な友達だ!」
それを見たセルクは安心したように「フフッ」と笑い視線を彼へと向けた。
「勝手ながら。君とはこれから先、とても長い付き合いになりそうな気がするよ」
「お、おぅ……」
(なんだ? どういうこっちゃ?)
「「ねェ~にゃにぃー!? つきあいって、にゃにぃ~?」」
ずっと静かにおとなしく大会を見守っていたと思われた双子ちゃん、メルルとティルがいつの間にか足元をチョロチョロして離れず、ついに! 珍しくセルクへの攻撃が開始された。
「ちょっ! 変な意味ではない」
「にゃあ~ん♪」「かぁわい~セリィ♪」
「「ほっぺ~、あかぁーい」」
キャッキャッと抱き合い笑い転げるメルルとティル。
揶揄われ頬を赤らめて怒るセルクの姿を見て、楽しむ太陽。いつもは冷静沈着な彼だが、メルルとティルにはめっぽう弱いのである。
「さ~て、冗談はこれくらいにして」
「「アイアイさー!」」
(ほんと空気の読める可愛い子ちゃんたちだな、メルルとティルはよぉ)
ちゃちゃっと移動した双子ちゃんを横目に、改まる太陽は話を戻す。
「長い付き合いになりそうだという、セルク君」
太陽の低い声に少しだけ、場の空気が張り詰める。
「えぇ、なんでしょうか、太陽君?」
変わらず爽やかな笑顔。
「お前さ……」
そんなセルクに太陽は、核心を突くような質問をした。
――「何者?」
“すぅー…………ふわっ”
(マジにお前、そよ風吹かせんだな。よぉ? セルク)
直球、真剣な眼差し。
飾ることのない、思ったままの言葉で問う太陽の言葉に、セルクは全く動じる様子もなく、笑みを消したその綺麗な顔立ちは、相手に冷たい印象を与えかねない。
顔色一つ変えない彼に唯一、変化があったとすれば、あの三日月が吸い込まれそうだと表現する深海のような蒼い瞳を、少しだけ潤ませ揺らがせたことぐらいだ。
そのことに太陽が気付いたかは分からない。
セルクは瞳以外、身体は微動だにせず、ただ一言だけ太陽の質問に答えた。
「信じてほしい」
「信じているさ」
(えっ……)
声が被るくらいの速さで即答した太陽の反応に、セルクは予想外だったと言わんばかりに驚き、その瞳はさらに潤みを増し輝いた。そして目を瞑り、ホッと緊張が解けたようにいつもの柔らかな表情と瞳に戻ると、笑いながら言った。
「太陽は真っ直ぐで、正直すぎて、噓はつけない……いや始めから、つくつもりもないけれど」
「おぉ~分ってるねぇ、坊ちゃん♪ その通り! 嘘は嫌い、大嫌いだ。それこそ見えぬ敵だなっ」
笑い合い、すぐに沈黙する二人の時間。
そしてセルクが、口を切る。
「近々必ず、太陽には全てを話すと約束しよう」
その言葉に太陽は、何言ってんだ! と背中をポンっと叩いた。
「近々じゃなくていい、全てとかも言うな。無理にとも言ってない。まぁ、でも、なんだ。いつか気が向いて俺に話せる日が来たら、そりゃ嬉しいってもんだ!」
また白い歯を見せニカっと笑う太陽。
その優しさは、あまりに眩しく感じた。
それはセルクがこれまで離れてきた、周囲から触れたことのない、触れないように、近づきすぎないようにしていた心の部分。
「ありがとう、太陽」
太陽がどのような人物なのか。
その存在の大きさを知るセルクは、三日月たち同様、兄のような彼の温もりを素直に受け入れていた。
そこで二人は無言で、笑顔で、話し終える。
「――ッ!」
そのすぐ後セルクの表情と雰囲気が急に変わった。
「お、どうした?」
「太陽、そろそろ月が攻撃を開始します」
「やばっ! 観てなかったな~……って、なにぃッ?! 残り一分もないぞ! おい、月、大丈夫なのかよ、間に合うのか」
「大丈夫ですよ、太陽。月を――三日月のことを、よく見ていてあげて下さい」
「お、おう。ていうかセルク、よくそんなに分かるもんだな!」
太陽の様々な疑問。
セルクはその言葉にもフッと笑い、すぐに厳しい表情に戻る。
「……きます」
――――キラッ。
三日月の放ったその光は、的への攻撃は。
誰も予想できないほどのスピードと、息をのむほど美しく遠くまで伸びる光は煌めいていた。そして音もなく静かなその光彩は、見る者の心を奪い魅了する。
「なっ……あれが、月の」
それは、一瞬の奇跡であった。




