37 文化交流会2日目~魔法発動~
わぁーっ!!
『発動準備!』
まるで的を射る矢のように鋭く厳しい声は、訓練の森中に響き渡る。
それは参加者にとって運命の始まりであり、また観客にとっては待ちに待った瞬間が近づいているという期待の時間だった。
参加生徒が各自集中力を固めている間、次第に観客の熱気は上昇、すでに大歓声が巻き起こる。
ピリピリとした緊張感の中、三日月は目を瞑る。ここは自分だけの空間、世界だと思いながら。
そして、微かな声で唱えた。
――『【鍵】…………レベルⅡ、解除』
ついに(レベルⅡまでだが)解除された上級魔法【鍵】――三日月の周りは大きな光に包まれ、地面には丸い満月のような輝きが広がる。身体は熱くなりずっと制御され眠っていた魔力が少しずつ、自身の内から溢れだすのを感じた。
(ラフィール先生が、せっかく下さった許可)
「もう不安だなんて、言わない」
王国随一の魔法科があるこの学園に無事入学した日にお祝いとして母、望月から贈られた【小さな鍵】。これは魔法訓練の時と、先生から特別に許可が出た時のみ魔力を使用できるようにと三日月のためだけに作られた、魔法の鍵である。
だが結局、三日月はスモールキーを使った魔力開放を、一度も行ったことが無い。それは普通以上の力を持つ彼女には、魔力制限をしているとはいえ必要最低限の魔法が使えるからだ。
――『これ以上はもう、魔力を使わなくても……』
いつもそう思い訓練を続けてきた。しかし三日月がこれまでスモールキーを使わない、一番の理由がある。それは、三日月自身の問題が大きく、心の持ちようでもあった。
そのことを理解してくれていた三日月の家族や、重要事項としてその秘密を厳守している学園内の関係者は、魔力開放を無理にさせるようなことはしなかった。
しかし今回、魔力をレベルⅡまで開放した今の三日月の心は、自分を信じようと不安を払拭しようと、一気に力を集中させた。そしてゆっくりと、丁寧に魔法の発動に取り掛かる。
――五歳の頃に、お母様からかけてもらった、【鍵】魔法。
(あれから十年間、自分の力を信用できなかった。それを許し見守ってくれる周り人たちの優しさに甘えていただけ。わたしは、現実からずっと逃げてたんだ)
「でも、もうそんな弱いわたしじゃない」
(消したい記憶なんて!!)
「絶対に、乗り越えてみせる!」
右手に魔法弓を発動するため、腕を真っ直ぐに伸ばす。能力、魔力ともに十分すぎるくらい持っている三日月。しかしまだ大きな魔法発動をしたことがない。自業自得だが、きちんと弓を創造出来るかどうかはこの瞬間、自分の持つ実力にかかっているのだった。
(よしっ! 力……集まってきた)
三日月は指先まで魔力を巡らせる。
ひとつ小さな深呼吸をすると、手のひらに集まる魔力をすくうような仕草をし、天へと向けた。そして、発動の始まりを告げるオリジナル魔法を小さな声で囁く。
『無属性魔法――【クレセント】』
さらに力が右腕に集まってくる。まるで光の花びらが帯を創り、鮮やかに舞うように。そして、その髪と同じ美しいホワイトブロンド色に輝く三日月形の弓が、ふわんと……ぼんやりと右手に握られた。
『我が力の形となれ――【クレセント・ムーン!】』
三日月がオリジナル魔法を言い終えると、無事に発動は完了した。
(成功した?!)
「よ、良かった……」
自分の右手にぼんやりと浮かぶ弓――【クレセント・ムーン】。離さぬようにぎゅっと握る。しかし、安心したのも束の間。ここからしばらく、三日月ちゃんいつもの悪い癖が発動してしまう。
(大丈夫かなぁ、これでいいのかなぁ、この弓でちゃんと出来てる? 魔力量不足してない? 逆に魔力開放し過ぎてない?)
「うーん、う~ん」
(あわわぁ、もぉー落ち着いてッ、わたし!!)
こうして、本番の合図が放送される直前、彼女の中に迷いが生じる。
「えっと、そうだ、次に備えなきゃ。えーと、魔法……次の魔法? なんだっけ? 魔力量は――」
(ダメだ、このままじゃせっかく発動した弓を離してしまいそう……早くコントロールしないと!)
――不安と恐怖、そして焦り。
それは三日月の頭と心に、重くのしかかってきた。
(わーもう、にゃっはっはぁ~い♪ 出ましたぁ、三日月ちゃんのネガティブ三拍子!)
ぶんぶんぶんと頭を振り、コツン。
「って、こらこら! 自分でツッコミとか、そんな冗談で考えてる場合じゃないでしょーッ」
間違いなく、一人パニックになりかけていた三日月。すると急に温かい感覚に包まれる。顔を上げてみると……。
――――ふわっ。うぴゃ!
いつも彼女の傍にいてくれる精霊たちが、【ダイジョウブ、ダイジョウブ】と言いながら、右手にふわふわと触れているようにさすってくれていた。
(精霊ちゃんたち……)
「うん、そうだね。ありがとう」
三日月は自分の身体からまた違う、優しい光のような力が流れ始めているのに気が付く。
(落ち着いてきた)
「――んあっ、え?」
その心と同調するように、セルクがプレゼントをした蒼い石のブレスレットは光を放ちながら、形を変化させてゆく。そして光の帯が彼女の右手を包み込み、最終的には美しい夜空を思わせるような漆黒のフィンガーレスグローブにその姿を変えた。
「これは……」
驚く三日月が手を動かすたび、そのグローブは星屑のようにキラキラと煌めく。
――『きっと君を護り、導いてくれるよ』
ふとセルクの言っていた言葉が過ぎり、その温もりが流れ込むのを心地よく感じる。ドキドキと高鳴る鼓動に潤んだ瞳でグローブを見つめて、三日月はふと呟いた。
「導いて……くれているの?」
そしてラフィールから提示された【鍵】使用の条件、魔法を楽しむことを改めて心に留める。
「そう……そうだよね! 先生とのお約束も、守らなくちゃ」
(勝ち負けじゃない。わたしは、わたしのために! 今日の大会を全力で戦わないと)
ゆっくりと瞬きを一回。
三日月は溢れんばかりの笑顔で前を向いた。
“フィィーン……パァー”
次第に三日月の弓魔法――クレセント・ムーンは安定する。ぼんやりとしていた視界は晴れ、そこに完全なる三日月形の弓が姿を現した。
「あ、あれは?!」
「綺麗な月……“三日月”だわ」
その瞬間、見ていた全ての者達(観客)が一瞬、その美しさに息をのんだ。
沈黙の時間は十秒程続き、その後ざわつきと歓声が入り交じる。もちろん集中している三日月にも、その状況が伝わってきて……と、思いきや。
三日月にはそもそも、周りの声を遮断する能力が働いており、観客の注目を浴びているこの状況には、まったく気付いていなかった。
ざわざわっ!!!!
「す、すごいな。あの弓」
「ねぇ、あの子は誰?」
「見たことないわ」
全員の弓の発動を確認した進行担当の先生が、開始の合図をする。
『攻撃――始めっ!!』
“ヒューン”
“パァァーン”
“シュン……”
自身が持つ力を各々が駆使し、思い思いの攻撃で矢を放つ音が大きく鳴り響く中で、三日月だけはゆっくりと目を瞑り、気を高め、そして――。
「本気で行きます」
スーッ――――。
『ライトアロー!!』
三日月は、左手から美しい光の矢を生み出す。
(お恥ずかしい話。この光の矢ライトアローは、父の名を使ったオリジナル魔法です~テヘヘッ)
泣いても笑っても、制限時間は五分。
参加者全員が、自分の得意とする属性魔法によって発動した弓と矢で、遠く離れた星形の的を狙い、懸命に射っていった。
そして三日月の隣では。さすがユイリア、自分でも言うだけあり、距離の長さを全く感じさせない安定の弓さばきを魅せて(見せて)いる。
最終三本目。その矢を射る前に「ふふん!」という顔に、横目でチラッと三日月を見るユイリアは目をぱちくり、ぱちくりと見開いた。
「なんですの?! この光。そしてこの……魔力量はッ?!」
ユイリアは、三日月の姿を見て少し動揺しかけた。しかしすぐに気持ちを切り替え、自分自身を奮い立たせる。深呼吸をして三本目の矢を的へ射った。もちろん、三本とも的には当たり点数もそこそこ高い。
制限時間をニ分も残し、ユイリアの的攻撃はあっさりと終了していた。




