36 文化交流会2日目~声~
三日月が勝負する『魔法アーチェリー』参加者の名が、次々と呼ばれていく。
技術測定担当講師が発する声は、文化交流会二日目にして、大会中これまでにないほどの緊張感を放つ。そしてその声は三日月の心に息苦しい感覚を抱かせ、恐怖にも似た感情を与えていた。
(昨日の太陽君が参加してた時とは違う感じ……張り詰めた空気で)
――先生たちの緊張感が、重い。
「次、ルナガディア=唯莉愛、準備」
「「「きゃー! ユイリア様~!!」」」
ユイリアの名が、会場である訓練の森に響き渡る。その名を聞いた取り巻きお嬢様方の黄色い声援。それらにユイリアは、おすまし顔でふふんっと手を振り応えていた。
「おっ! 始まるな……って、ん? ちょ、ちょい待てーい!」
アナウンスを聞いていた観客の一人が、急に慌てふためく。
声の正体は、太陽である。
それから横に立っていたセルクに「今の放送は聞き捨てならぬ!」と身を乗り出し、飛びついた。
「おっと……どうしたの、太陽?」
「お前はいつも……って、さっき初めまして~をしたばっかだけどよ! そんな涼しい顔して『どうしたの〜?』じゃあないぜ」
「うん、いや……うん?」
「だってよ? セルク! 今呼ばれた参加者、あのお嬢様が【ルナガディア】って言ってなかったか? まさか……」
太陽は自分の耳を疑う顔で、セルクに質問をした。すると動じず爽やかな表情と、いつもの落ち着いた声のトーンで彼は答える。
「そうか、うん。太陽の考え通りだよ。ユイリア様はルナガディア王国、国王様の娘――第三王女だ」
「「「えぇぇー!」」」
太陽、ついでにメルルとティルまでビックリ仰天!
「そりゃ、たまげたな……あのお嬢様が」
とてもじゃないが信じられないという表情で、しばらく呆然としている太陽と、メルルにティル。
「んあ゙ー、今考えるのはやめだ、やめやめ」
「んだんだー」
「やめっちゃ」
相変わらずの仲良し三人の姿。それを見たセルクは一瞬目を丸くし、ふふっと笑う。
それからすぐに参加者がスタンバイする会場へと向き直る。真剣な眼差しでまっすぐと会場を見つめる彼は顔色を変え、小さく呟いた。
「頑張れ、三日月……」と――。
◇
一方、会場内では『魔法アーチェリー』大会の準備が、順調に進む。
(ふはぁー! こわい~ドキドキするよぅ)
そう心の中で呟いたのは、おそらく三日月だけではないと、参加者同士その表情から互いに伝わってくるようだ。中には緊張でガチガチに固まっている者や、震えている参加生徒もいた。
そしていよいよ、挑戦へのカウントダウンが始まる。
『――制限時間五分、攻撃は最高魔法レベル以外であれば他属性自由、自己発動による魔法の弓、矢を使用、自分の前にある的へ射た矢の点数のみ成功とする。なお、失敗関係なく矢は三本まで』
((――――ッ!!))
気合を入れ直す参加者へ、最終注意事項のアナウンスが流れた。
そして大会では観客の前に必ず、安全性が考慮された“守りの魔法線”が引かれる。
通常、参加者以外が魔法線から内側に入ることは禁止であり、また内側からも出ることはできない。しかし万が一、何かしらの事故等が起こり攻撃が観客側へ向いた時のための防御策として引くのだ。
「ふふん。そろそろね」
皆が準備を真剣に見守る中、ただ一人だけ自信満々で笑みを浮かべている人物。
ユイリアである。
パァァンッ――!!
「「「うおおぉぉー!!」」」
程なくして、魔力で作られる的の作成には、魔法科の先生が三人がかりで準備に取り掛かり、その強力な魔法線も他の先生たちにより引かれた。
「おい、あの的すごいぞ!」
「キャー! 見てぇ星型よ? 可愛い」
「素敵、お美しいですわねぇ」
「やはりこの大会を見に来て、正解でしたわぁ」
観客たちは今年の、特別仕様である美しい的に興味津々。
「誰が勝つんだろうな?」
「そりゃ、ユイリア様だろ!」
そしてやはり、期待の目は魔法アーチェリーを得意とするユイリアへ向けられていた。
「うっ……なんだろう? 観客席の声が、耳にすごく響いて」
三日月の耳に響く様々な音。それはカイリとの騒動があったあの時と同じ、強い痛みとなって襲ってきた。人の賑やかな声や大きな音が、なぜか辛く感じるようになっていた彼女は両耳を守るように手を当てる。
(いろんな声が、音が頭の中で聞こえる)
「耳が、痛い」
ふわ……っ。
『だいじょうぶです、護ります。安心して集中なさい』
「エッ、だ、誰?!」
――何だろう? 今の声。
驚く三日月。
柔らかく包まれる感覚、不思議と心身が鎮まる声が、一瞬で頭の中に広がった。すると、苦痛になっていた大きな音も、痛くなりかけていた耳の異常も、軽く感じるようになっていったのだ。
「あ、あれ?」
(なんだか分らないけれど。さっきより耳の痛みが消えた? 良くなったような気がする)
「良かった……集中して、集中集中」
準備に入ろうと、魔力集中を始めようとした、その時!
参加者一人一人の前に【星型の魔法の的】が現れ始める。参加生徒の意識が一瞬で的へ集まった。が、月の瞬間!
(ち、ちょっと待って……これって。この距離ってッ!!)
「的まで遠過ぎじゃないですかぁー?!」
驚きすぎて、思わず心の声が口から出てしまう。すると、隣でスタンバイしていたユイリアが三日月の顔を見て大笑いしている。
「おーほっほっほ。や~ねぇ、月さん。今年は先生方の意気込みが違いますのよ。そーれーにっ! 私からも特別にお願いをしておりますので」
(特別な、お願い?)
「ユイリア様。それって、どういう意味でしょうか」
三日月はその言葉を聞き、珍しく厳しい表情で質問をした。しかしその変化に気付くこともなく、周囲の反応などお構いなしとユイリアは「ふふん」と笑い、続きを話し始めた。
「どういうですって? おほほ、特に意味などありませんことよ。でもそうねぇ……毎年、大会内容が一緒では面白くないと思って」
そこで三日月はハッとし、その瞬間に確信へと変わる。
「ですから私、あのように素敵な星型の的の提案をしたのです。ふふ、可愛いでしょう?」
「そんなこと……」
(すごい権力圧。しかも大会の内容を変えるだなんて、ユイリア様にとっては簡単なことなの?)
沸き上がる感情。
ふと周りの参加者を見渡すと、緊張と真剣なのは当たり前だが、というよりも皆、青ざめた表情をしているように感じた。
(これじゃあみんな、全力を出す前に心が折れちゃう)
無理もない。
大会前に公開されていた、去年までの標的距離はおよそ七十メートル。しかし今、目の前にある遠く離れた標的は、おそらくその倍以上は距離があると、見ただけでも判断ができる。
「こんな……こんなことが許されない」
(他の参加する生徒はどうなるの? そんな勝手なわがままで変更してしまうなんて!)
――このお嬢様、信じられない!!
とはいえこれが本当の戦いなら、予想外の出来事にも迅速に対応できないといけない。
(本番さながらの大会、そのことは参加者生徒の誰もが理解してるはず。それでも――)
三日月は意を決したようにユイリアの顔を真っ直ぐに見つめ、淡々と話し始めた。
「結果が全てだ、ということですよね? ユイリア様」
その言葉でユイリアは顔をしかめ、苛立ちと怒りをそのまま表情に出した。そして声を震わせながら、三日月にぶつけ返す。
「な、何よ……その態度。あなた本当に何なのよっ! 年下のくせに、本当に生意気な子だわ!!」
「え」
(そっか。考えてみたら私、ユイリア様より年下だったんだぁ。って、もぉ! そんなのは、今はどうでもいいのっ!)
この時の三日月はいつもと違った。不安などなく、とても強い気持ちで溢れていた。そして正面にある、星型の的に集中を向け直す。
「楽しんで……そうだ、可愛い星型の的に向かって」
――今日ここで、この大会を一緒に戦う皆様! こんな圧力になんて。
『負けないで!!』
心の声など、聞こえるはずがないのは分かっている。しかしそれでも三日月は、心の中で(この言葉、心、きっと届いて!!)と、祈った。
――『聞こえていますよ』
「ふぇっ?」
『あなたを慕う精霊様たちは、可愛いですわねぇ』
『君の言葉、届いたよ、ありがとう!』
『どなたか存じませんが、勇気が出てきました!』
『が、頑張ります』
『『ありがとう!!』』
三日月はその声に、左右横を見た。初めて会う生徒ばかりなのに、心の気持ちが伝わったのだ。
――そっか、私の心から溢れた言葉を、精霊さんたちが伝えまわってくれたみたい。
(それに、ちゃっかりユイリア様以外のみなさんにだけ伝えてくれてる! 精霊ちゃんたちってば、なんて賢いのぉー♪)
三日月といつも行動を共にする精霊たちは、光が見えない人でも心で感じ取れるように何かしらの方法を使っていた。
この出来事は三日月の中で何かを呼び起こし、力となり溢れる。
『ハイッ! 頑張りましょう!!』
応えてくれた参加者へ、心で応えた三日月。
「いよいよ本番」、ポツリと呟いた。
その時、何かを感じ遠く観客席の方へ目をやる。痛みもなくなり問題なくなった耳に、優しい音が――“声”が聴こえたような気がしたからだった。
(あの辺り、もしかしたら星様たちかな?)
こんなにたくさんの人がいる中で一瞬光って見えた場所。そこに三日月はセルクたちの存在を感じる。
(みんな、ありがとう)
「よしっ!!」
三日月は目を瞑り、攻撃の準備に入った。
「始めるよ」
そう、自分に言い聞かせながら。




