34 文化交流会2日目~蒼い石~
「はふ~……緊張してきたぁ!」
ラフィールの部屋のある校舎を出て、徒歩二十分程の所にある【訓練の森】が、今回の『魔法勝負』の会場である。そこに向かう三日月の足取りは少し重い。ユイリアとの勝負とか何とかよりも、制御なし(レベルはありますが)の魔法を使うことで、自分がどのような状態に変化するのか? まったく想像がつかず彼女の頭の中はその不安でいっぱいになっていた。
「月……」
「星様」
「大丈夫だよ。さっき渡したブレスレットは、どのような状況でもきっと君を護り、導いてくれる」
余裕がないのが伝わったのか、セルクは彼女の気持ちを落ち着かせるように安心する言葉をかける。
(“お守り”みたいなことかな?)
そう思いながら、もらったブレスレットを手のひらに乗せて微笑む。
「ありがとうございます」
「月が参加する大会は『魔法アーチェリー』だったかな?」
「はい、そのようにメイリ様から聞いていますが」
「メイリ……そうか。月、“弓”の魔法発動は右手?」
「そうです。よくお分かりになりましたね!」
「あぁ、力の波を感じる、それで右かなぁと思ってね。それ、ちょっといいかな? 右手を出してみて」
手に持っていたブレスレットを渡し、右手を前に出すと、彼は三日月の手首に素早く着けた。
――とても綺麗な『蒼』。
(あぁ、そっか。この石は、深海の色……まるで星様の“瞳”の色に似ている。中で光るキラキラはまるで、夜空に輝く『お星さま』みたいで)
「よく似合っている」
ニコッと笑み見つめられ、彼女の胸は再びドキドキが再発。
「あ、ありがと、ございます」
(なんでしょう? これは。とても恥ずかしいのですが)
そしてまた、会場へ向かって二人で歩き出す。
(そういえば、さっき会話の中で「メイリ」って言ってた。ユイリア様は上流クラスの中でも、有名みたいだったから、そのお付きのメイリ様のことも、ご存知なのかな?)
上流クラスのある校舎へ行くたび、一般クラスの三日月には分からない空気がそこにはあった。今日は自身の誕生日のプレゼントをもらったが、思えばセルクのことは年齢すら知らないなと、先を歩いてくれている彼の背中を見つめる。
(はっ! 気にしない、気にしない!)
今、考えることじゃない! と、雑念を振り払うように頭をぶんぶん! 目の前の大会に集中しなきゃとぎゅっと握った両手のこぶしを胸にあてた。
「はぁ……最近、おかしいよ」
「ん? 月、どうかした?」
「いえっ、何でもありません」
そうこうしていると、会場となる【訓練の森】へ無事到着。出迎えてくれたのはいつもの三人だ。
「よぉ、月! 主役が遅かったなっ!」
「太陽君!? えぇ~、でもまだ時間は……来るの早いねぇ」
「おーっと? こないだのお坊ちゃんも一緒か!」
「太陽様、ご挨拶がまだでしたね。星守空です。よろしくお願い致します」
「かっこいい名だな!! 俺の事は太陽でいいぜ♪」
「恐れ入ります。太陽さ……太陽も。まるで国を表したかのような、気品のあるお名前かと」
「おーいセルク坊ちゃん? 初対面でなんだが、ちょっと後で話そうぜ?」
(んん? なぜか二人とも、気が合いそうな雰囲気? 見た目、性格と、全然違うのに)
意味深な言葉を投げ合う二人に初対面とは思えない雰囲気を感じた三日月。その瞬間、猛スピードで走ってくる何者かに、にゃにゃっと! 振り向く。
しゅたたたぁー!!
ぴょおーんっ♪
「「セリィーー♪ あっしょっぼぉー♪」」
「あぁ、二人とも。今日も元気いっぱいだね」
「「わっははーい!!」」
(あっ、星様がメル・ティルの餌食に……)
メルルとティルはセルクの事を“セリィ”と呼ぶらしい。それも良い愛称だなと三日月は思いつつ、双子ちゃんに押しつぶされやしないかと冷や冷やとしながら眺める。
(あれれ? ちょっぴり意外な感じ)
双子ちゃんは、セルクの肩へ頭へとキャッキャと上っていってるのに涼しげで余裕の表情。
(あんなに細腕なのに。星様って結構、力持ちだぁ)
「まぁでも。こんな星様のお姿、なかなか見られるものじゃないから、楽しいかも」
クスクスと笑う三日月は小さな声で呟く。
「おいおい、なんだー!? メルルとティルは、セルクと知り合いだったのか!」
「おうちいっしょー!!」
「いつもご飯もいっちょー!!」
キャハーッ♪
「そりゃ一体、どういう……こった??」
驚き顔でキョロキョロと三人を見る太陽の姿もまた珍しく、三日月はニコニコと笑って見てしまう。そんな太陽の質問に、さらりとセルクが答えた。
「実は父の知人で。学園に入学してからは、うちに住んでいるようですよ」
「ほぉ~。セルクの……って、ん? なんだよ、他人事みたいに言うんだな」
その後は黙ってニコニコ笑顔の、セルク。
(あぁ、なるほどな。今は聞かれたくないって話、か)
そこはさすが、大人な太陽だ。セルクの顔色を察し、すぐに話題を変える。
「なぁ、そういや今日はどうしたんだ? もしやセルクも大会に出るのか?!」
「いや、僕は」
「それがデスネ。大会が開始されるまでの間、とある先生のご依頼で、今日一日特別に、わたしの護衛をして下さることになって、しまうましてその……」
「「「ご、護衛?!」」」
さらに驚く太陽の顔に、本当に意味が分かっているのかは不明なメルルとティルの明るい声が会場近くで響き渡る。
「はー……そりゃ、また」
(先生もえらいな過保護ぶりだがな。まぁいつも魔法の授業だけいない月には、何かあるんだろうな)
そう、心の中で思案する太陽だが、再び何かを察し、それ以上はもちろん詮索しない。
「おっ! ほれ、月! そろそろ、受付始まるんじゃないか?」
「えっ? あーうん」
(色々と気になるだろうに。人の思いや感情の変化に敏感で、周りをよく見て気配りできる。日々の太陽君の動きは、年上ってだけじゃない)
――太陽君って、本当にすごい人だ。
「いこぉーいっこぉー!」
「いこいこぉーっこぉ!」
双子ちゃんの存在もあってみんな和気あいあいと話しながら受付へ向かう。だが急に、セルクが鋭い空気をまとい、瞬時に警戒へと変化したのに三日月は気付く。
(あぁ、なるほど。後ろから嫌ぁーな気配を感じますねぇ)
――コツ、コツ、コツーん。
「あ~ら〜、月さん? 御機嫌よう」
振り返ると、三日月の予感は的中した。
「御機嫌よう、ユイリア様」
そう答えると、晴れ晴れとした表情で髪をふわんとなびかせ、話しかけてきた。
「ちゃ~んと会場へいらっしゃいましたわね~。てっきり怖くて逃げだすのかと思っていましたのに~オーッホホ! 昨日は、良く眠れまして?」
「いえ、その。緊張して、あまり」
(いや、魔力のこともですが、やっぱりユイリア様のことも怖いですよ。逃げたりはしませんけど)
「あーらあら、でしょうねぇ♪ 私が相手じゃ仕方ないですわよ。可哀想ですけれど、せいぜい今日は、頑張って的に当てて下さいね」
では、失礼~と、ユイリアは言いたい事だけ言うと、ルンルンな感じで、颯爽といなくなった。
「いやぁ、これまた一段とお嬢様~に磨きがかかって、ちゅう感じやったな―! はっはっは」
太陽は呑気に、とても面白がってる言い方で“お嬢様”について笑いながら話す。
すると、セルクが静かな口調で答えた。
「ユイリア様は、自信がおありなのでしょう。あぁ見えて、様々な大会のすべてで優勝してきたという実績があります。その中でも、今回の【魔法アーチェリー】は彼女の一番得意な攻撃法ですね」
「「うえぇーズルいー!」」
メルルとティルが、嫌悪感いっぱいの声で一言。
「だよなぁー! そりゃー自分の得意な大会で勝負とあらば、あ~んな余裕も見せれる訳やなっ」
続いて、太陽も。
「まぁ、やるだけやってみるよぉ。昨日、太陽君も言ってた通り、ユイリア様にとって、今回の勝負……勝ち負けじゃないんだろうし」
「勝負?」
そう三日月たちが話した内容に、セルクは不思議そうな顔であごに手を当てる。
――はっ! そうだったぁー!
ラフィールに話したのはこの日の朝。しかし、護衛の仕事依頼でいきなり呼ばれただけのセルクには恐らく理由を話せていないはずである。今回ただ単に三日月が大会に参加すると、思っていたのだろう。
参加する大会を聞かれ『メイリ様から聞いていますが』と三日月が答えた際に、少し眉をひそめ首を傾げていたのにも納得がいく。
(そっかぁ! それが原因だったってことネェ)
「あぁ~えへへ。そもそもこの大会に出ることになったきっかけが、色々とありまして。わたしの意思ではないというか~そのですねぇ……うーんと。また終わってから、ゆっくりとお話します」
「うん? 月の事は何でも知りたい。また、聞かせてくれると嬉しいよ」
「――ッ!」
(はぅ! そんな、お顔が熱くなるような言葉をサラっと言わないでくださいー!)
その時のセルクが、少しだけホッとした顔に見えたのは気のせいかなと思いながらも。いつものように優しく、だが少し寂しそうに返事をしたのが三日月には分かり、その表情がまた彼女の胸をドキッとさせるのであった。




