33 文化交流会2日目~三人からの贈り物~
「それでは、失礼します」
三日月は、今日のお礼をもう一度言うと、扉を開けて向き直り、お辞儀をして部屋から出ようとした。すると、ラフィールに呼び止められる。
「そうそう月さん。また私の所に来る事があるかもしれませんので、この部屋までの裏扉をお教えしておきましょう。表からだと、色々と気を遣われるでしょうし」
「エッ!」
(ロイズ先生に護っていただいた時だって、周りの反応が大変だったというのに?!)
「ん? どうかなさいましたか」
「いえあの、わ、わたし……大丈夫でっす」
(『裏扉』を教えてもらうなんて、そんな特別扱いみたいなことが、また皆様に知れたら……ウゥ)
三日月は、また何を言われるか分からないと心の中で叫んでいた。
「うふふふ、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ~。ねぇ? 月さん、ぜひ! 気兼ねなく遊びに来てください。手作りお菓子と……そうそう次は、特製の珈琲なんていかがですか♪」
「か、カフェオレ……」
(にゃにゃぁ、負ける、負けてしまう)
「それと。実は一つ、お願いがありまして」
「ふょ? お願い、ですか?」
「えぇ、たまにで良いので。ティアへ会いに来ていただけないでしょうか?」
「バスティアートさんにですか? そんなお願いだなんて、もちろんです! わたしの方こそ、またゆっくりお会い出来るのであれば、とても嬉しいです!」
「そーですか、そ〜ですかぁ! ありがとう月さん。お願いを聞いていただけて良かったです~♪」
両手を握られ、ぶんぶん飛んでいく勢いで、振り振りされる三日月。そうしてお礼を言ったラフィールは急に少し、寂し気な表情に変化し話を続けた。
「ティアには……あの子には。友人と呼べる方が一人もいないので。しかし月さんでしたら、私も安心してお任せできます! それに、ティアもセルク同様、あなたのことをとても気に入っているようでしたからねぇ。またここへ遊びに来てくれると知ったら、あの子は大変喜びます」
「はい! わたしもバスティアートさんが喜んで下さったらとても嬉しいです!」
(って、ん? この流れは、もしや)
嬉しい反面これはまさか。
裏扉を教えてもらう方向に話が進んでいるのでは? と、嫌な予感が過ぎる。次第に彼女のお口は、Ⅴの字型で、可愛いお目めはぱちぱちと瞬きが増えてゆく。
だが、そもそも先生の魔法で作っている扉なのだ。他の生徒に見つかるはずはないと思い直し、うんうん、そうだそうだ! と頷いた彼女は勝手に納得する。
そんなことを考えていると、ラフィールは再び三日月の手を取り、優しい美声で言葉をかけてきた。
「さぁ。これから新しいことに挑戦しようとしている月さんへ、これを」
――キュ……キラッ。
(え、今、なにか)
「?!」
「それでは、月さん。後ほど会場にてお会いしましょう」
「あ、あの」
(なにか触れて、光ったような)
「さっ! セルク君が外でお待ちですよ〜」
さぁさぁ〜と陽気に背中を押される三日月は結局、一瞬視えたような気がした光が一体何だったのか? 分からないままに部屋を出た。
「うあっ、はい、ありがとうございます。それでは、失礼します」
「いい子いい子~♪」とラフィールに言われ、よしよし~と頭や耳を優しくナデナデされる彼女の表情は少し納得がいかない様子。
「ではまた、後でぇ~」
キィー、ガチャン。
「もぉ……先生はいつも」
――わたしのこと、子ども扱いしてー!
(まだまだ未熟者なのは間違いないのですが)
「まぁ、でも」
(可愛いがっていただけるのは嬉しいか……なぁんちゃって)
三日月は頬をぷくっと膨らましたが、すぐに思い直し、ふふっと笑う。
(今日ここに来て、本当に良かった)
「ありがとうございました」
閉まった扉の前で、もう一度感謝の気持ちを込めてペコリとお辞儀。
(よし、じゃあ行こうかなぁ……)
それから歩き出してすぐ――。
『月様!』
「ほぇ?」
あの可愛らしい声が彼女の耳へと聴こえてきた。
まるで音色のようだと微笑む三日月は、思わず両手を組み目を瞑ってしまう。
『お疲れ様でございました』
「あ、ありがとうございます!」
そう。
声の主は、バスティアートである。
(わたし! 声が聴けるようになってるー♪)
喜ぶと同時にハッとする。
(さっきのお礼、言わなくちゃ!)
と、人見知りからの恥ずかしさからお顔真っ赤で三日月は話し始めた。
「あのっ! バスティアートさん!』
『は、はいっ!?』
急に名前を呼ばれたバスティアートもまたびっくりでお顔真っ赤!
「先ほどは手を握って元気を……安心させてくれてありがとうございましたッ!」
三日月は心から嬉しかったその気持ちを伝えるべく、深々とお辞儀をする。
『いえ、私は何も。それより月様、お顔を上げてください』
瞬間、バスティアートの熱く強い力が三日月の身体中に送られてきた。
「わぁ……」
(この感覚。星様と初めて出逢ったあの時に、すごく似ている)
まるで水のように心身へと流れ込んでくる。それはやはり心の奥深くの冷たく凍った彼女の部分が優しく溶けていくような、そんな感覚だった。
『月様。少しですが、私の癒しを送らせていただきました。此度の戦い……魔法の成功と、ご無事を祈っております。頑張って下さいね』
「た、戦い……」
(とまで言われますと、緊張感が増しますねぇ)
――でも、本番さながらの大会だから。確かにそうだ。
「はい、頑張ります。ありがとうございます」
『お気をつけて。行ってらっしゃいませ』
彼女はニコッと笑うと、光を放ちながら水晶の中へ戻っていく。
三日月は少しだけ寂しそうに水晶猫さんを見つめ「ありがとう」と呟くと、煌めく水晶をヨシヨシ撫でながら、自分の周りにいてくれる人たちの優しさを思い出していた。
――そして、たくさんの勇気をもらったことも。
三日月は、来るときに通ってきた道を戻る。角を曲がるとその先には、セルクの姿が見えた。
(……あ、星様)
しかし声をかけようとした彼女は胸に手を当てキュッと、言葉を飲み込む。その訳は、見たことのない表情で近寄りがたい空気をまとった彼が、細めた鋭い視線を空へと向け、立っていたからだ。
(いつもと違う雰囲気。あっ、眼鏡を外してる?)
すると、三日月に気付いたセルクは眼鏡をかけ、いつもの雰囲気に戻ると穏やかな笑顔を向ける。少しだけ戸惑う彼女へ手をゆらゆらと振り、おいでおいで~としていた。
「すみません。お待たせしてしまって」
「月、お帰り。先生とお話は出来たかな?」
(はっ! お、お話?!)
――「あなたのことを“大切”にしていることは間違いないと思いますよ」
ラフィールがサラッと言っていたあの言葉が、彼女の頭の中で響き渡る。
(にゃー! ダメだー!! なんで、なんだろうかぁー? よく分からないけれど、今ここで、わたしはなぜか、星様のお顔がちゃんと見られないのですーっ)
恥ずかしさを隠すように背を向け、いつものうーんうーん考えごとモード突入しかかった三日月へセルクが心配そうに言葉をかける。その声でハッと我に返って――ほやっ。
「月、大丈夫? 全然、待っていないから気にしないで。それとも、具合でも?」
「んあぁ~いえいえ! だいじょうぶですよぅ♪ とーても元気です〜あはは」
それなら良いのだがと、不思議そうに顔をのぞき込まれ、自分でも分からない感情を悟られまいと彼女は笑ってドキドキをごまかしていた。
(なんだか、すごく恥ずかしいのです)
すると、突然真剣な表情に変化したセルクは「そうだ、三日月……」と呟き、制服の胸ポケットから箱を取り出し開ける。
「――これを」
「ふぇっ?」
珍しくはにかんだ彼が手渡したのは、蒼い石の使われたブレスレット。その石は光の角度でキラキラと、星屑のように輝いて見える。
「えっと、これって……」
「ごめん、気に入らなかったかな?」
「いえ、違うのです! とても綺麗なブレスレットに驚いて。でも、どうして?」
するとセルクは、出逢ってから一度も見せたことのない、いつもの何倍もの笑顔で答えた。
「君がこの世界にいてくれることに、感謝を。そして今後も君の幸せを願っているよ……【セレネフォス=三日月】――十六歳のお誕生日、おめでとう」
「えっ。あのっ、わたし……の?」
「えっと、うん。喜んで、もらえたかな?」
少し心配そうな顔のセルクに、三日月は涙をこらえつつ、満面の笑みを浮かべて応えた。
「とっても。とっても、嬉しいです……あ、りがとぅ、ございます」
「あはは。月は泣き虫さんなのかな?」
「これは、うれし過ぎての涙です!」
結局は溢れ出した、涙の雫。
講師ラフィールと妖精バスティアート、そして――星守空。
三人からの贈り物に三日月の胸はいっぱいになる。こんなに素敵な一日の始まりを……十六歳の誕生日を迎えられるなんて、と感激していた。
「グスン……ぁ……」
「ん? どうしたの」
「いえ、ちょっとだけ。気になることが」
「うん?」
(そういえば、なぜに?)
「わたしのお誕生日が、七月七日だと。どうしてご存知だったのかなぁって」
それを聞いた彼は、あぁぁ~という顔をしてクスクスと笑い始めた。
「実はね……」
◆
――星様の話だと。
どうやら一週間前から、お家の中に響き渡る楽しそうな声が原因(?)だったらしく。現在、アスカリエス家で一緒に暮らす、メルルとティルが「おしらせおしらせぇ~♪ みかづきのおたんじょうびぃん♪」と言いながら、作詞作曲したお歌を毎日歌ってくれていたそうで。
(なんということをーッ! 星様、すみませんでしたぁ)
でも、おかげで。
記憶に残る素敵なお誕生日になりました。
◆
――後で双子ちゃんへ「ありがとう」って、言っといた方がいいかなぁ?
「「あっ……」」
空を見上げそんなことを考えていた三日月は視線を戻し、セルクと目が合う。その瞬間、互いに何を考えていたのかは分からない。しかしふと顔を見合わせれば、自然に笑い合えるまでに、二人の距離は近付いていたのだった。




