32 文化交流会2日目~警告~
三日月の返事を待ち、ラフィールは質問を始めた。
「この学園――特にこちらの校舎については、迷路のような建物構造になっているのですが。私がお渡ししていた地図だけで、よくこの場所まで辿り着きましたね」
(えっ)
悪いことをしたわけではないのに、なぜかドキドキと高鳴る鼓動。
三日月は、右手をぎゅっと握り心臓を抑えながら浅く深呼吸をすると、ラフィールの部屋に来るまでの出来事をありのまま伝える。
「先生のおっしゃるように、少し道に迷っていました。その、困っていたところへ、通りがかった綺麗なお姉様方が声をかけてきて下さったのです。皆様、とても親切で優しくて……ラフィール先生のお部屋近くまで、わざわざ案内を――」
「そう……でしたか」
彼女の答えにますます強くなる、眼力。
そして何かを考え込むように、しばらく沈黙する。
「……」
「…………」
「あの……ら、ラフィールせんせ……?」
――五分程経過したところで、さすがに心配になった三日月が気を遣いながらもラフィールへそっと、声をかけた。
「あぁ、すみません。えーそうですねぇ。その方たちは他に、月さんへ何か言っていませんでしたか?」
部屋の特徴とか何か~とにっこり笑いながら質問を再開するラフィールだったが、その笑いに違和感たっぷりで十分すぎるくらい三日月にも『なにかがある』と、感じられた。
「他に、ですか? うーん、分かりやすく案内して下さって……あっ、そうそう! こちらのお部屋前には、水晶で出来た“猫の置物”があるから分かるわよ~と。そのおかげです! 最後は迷わず、このお部屋へ辿り着くことが出来ました」
「……ほぅ~」
なるほどと呟くラフィールの眼はギラリと光り、表情はさらに険しい。
そうして再び、周りの空気が一変してしまう。
「お名前は……おっしゃっていましたか?」
少しだけ怖いなと感じつつも、三日月は答える。
「はい。その、驚いたのですが……お一人は、カイリ様のお姉様で【愛衣里】様とお聞きしました。先程、先生にもお話した、カイリ様との騒動の件をご存知で、弟に代わって謝ります、と言われ驚きました。あとは、お付きの方? でしょうか……【水來紅】様? と仰っていました。他にも何人か綺麗なお姉様方いて――」
「えぇ、分かりました、月さん。もうよいです」
ラフィールは溜息混じりに話を止めると、また少し考え込む。
それからゆっくりと瞬きを一回。
長いまつげを伏せがちに、厳しい表情で口を開いた。
「月さん。せっかくの好印象を崩してしまうようで申し訳ないのですが。少し……いえ、相当に。その【愛衣里】という方について、大変気がかりなことがあります」
「気がかり、ですか?」
「えぇ、大会直前にするお話ではないと思うのですが。やはり注意していただきたい案件ですし……少しだけお話しておきましょう」
――空気が、突然重くなった気がする。
ラフィールは、三日月が聞きやすいようゆっくりとした口調で続ける。
「まず、ユイリア様のことですが――彼女はすぐに人と自分を比べてしまい、白黒はっきりつけたいという、少し自己中心的な部分があります。しかし表裏の無い、良く言えば天真爛漫なお方です。少々大変な性格ですが、今回のことで月さんに危害を加えるなどというのは、まずないでしょう」
「はい」
(そっか……良かったぁ~)
それを聞いてホッと胸を撫でおろす三日月であったが、それも束の間。別のところに問題があることを、告げられる。
「問題はその、愛衣里という方です」
「え? カイリ様のお姉さ……」
(ハッ! 詮索しちゃだめよ、月! 気にしない、気にしない)
心の中で自分と会話をする三日月は、口から漏れそうになる言葉を抑えるように、両手で口を覆う。そして、焦りながらニコニコ。
「うん、そうですね。やはり……出来ればあなたは【ラウルド家】とは、関わらない方がよろしいかと。それが今言える一番の、最善策でしょう」
「あ、えっと?」
(そうなの? 優しくて親切で、綺麗なお姉様だなって思うのだけれど)
「月さんは今『なぜ? あんなに親切で優しいのに』、そうお思いでしょう……ですが申し訳ない。今はこれ以上詳細をお話しすることが出来ないのです」
「――ッ!」
(えぇーにゃんでぇッ? 先生には心の声が、聞こえてるのぉー!?)
思いを感じ取ったかのようにラフィールは眉尻を下げた困り顔で彼女の顔を見る。しかしいつも以上に強い口調で、三日月に釘を刺した。
「月さん。どうか私からの警告、と思って、聞いていただきたい」
陽気で高めなラフィールの声がいつもと違い、低めに発せられる。その声が三日月の心奥にずんっと響いてくる。心配とかそういうレベルではないことが、ひしひしと伝わってきた。
――やっぱり、わたしの知らない『なにか』があるんだ。
深く語らずとも、そういうことなのだろうと理解した彼女の口はキュッと締まる。
「承知しました。ラフィール先生からの警告ともなるお言葉……わたし、ちゃんと守ります!」
それを聞いたラフィールは珍しく、ホッと安心したかのような表情を一瞬だけ見せた。しかしすぐにいつもの、ゆるふわぁ~なキャラクターのラフィールに戻る。
「ふぅ~月さんはやはり、お利口さんですねぇ」
そう言うとまた、大好き得意の飛躍魔法を使い、ふわふわり~。
「いい子、いい子~♪」と可愛がるように撫でられ頭を抱き寄せられる三日月。ラフィールのいつも以上に素敵な笑顔が、キラキラと彼女へと向けられた。
「ぅ゙……ぐふっ、んきゅう!! せ、せんせ、ぐるじぃー」
(うにゅ~、なんだか恥ずかしいのですよぉ)
ふと、思い出すかのようなキュッとする、気持ち。
(あれ? この感じ、どこかであったような……)
「懐かしい、ような……」
(う~ん、思い出せない!)
「ん~? 月さぁーん、どうかしましたかぁ~? うっふふ」
「い、いえーなんでもありましぇんー!」
三日月は懸命に両手をブンブンして気にしないでくださいと表現する。
――思い出せない、忘れている……記憶?
(まぁまぁ、気にしない。それにこうして「お利口」と褒めていただけるのは、心がほんわかして嬉しい!)
「それにしても先生って、スゴイ……」
(ふわふわ~り、まだ飛んでるよぉ?)
やはりラフィールには羽があるんじゃないか? と、思う三日月。羨ましいくらい楽しそうに、美しい花びらのように。華麗に部屋中を光(精霊)たちと、舞っている。
(私もいつか、あんな風に飛んでみたい)
「あっ……」
三日月は心の中にある、変化に気付く。
変わっていく、変わろうとしている自分がいることに。
――何かを『してみたい』と。
そう思える、自分自身に――。




