31 文化交流会2日目~褒められて~
三日月はふと、考える。
それはラフィールに言われた『セルクが自分の事を【星】という名で呼ばせるのは珍しい』との話。
先生の言う通り、気に入ってもらえているのかもしれない。なーんてそんなことあり得ないと考えつつ、なんだか特別な感じがして、少しだけ嬉しくなっていた。
(よくランチの時間をご一緒しているし、メル・ティルとも知り合いだし! それで親近感を持ってくれているだけだよね……きっと)
そうこう考えているうちに、食器を片付け終えた三日月。そこへラフィールが優しい声色で、労いの言葉をかける。
「わあ~お。綺麗にお片付け、ありがとうございます。お疲れ様でしたねぇ、月さんは、本当にお利口さんです」
「いえ、先生がお優しいだけです。そんな風にいつも、色々と褒めて下さいますが、皆さん普通に……」
すると三日月が言っている途中からラフィールは身を乗り出し、熱く思いを語り始めた。
「普通だなんて、何を言っているのです? 月さんは世間を知らなさ過ぎます!」
「うー、えぇ~?」
(キラキラと輝くその瞳に、驚くほどにグッと力が込められたこぶし。ラフィール先生の素敵な説明が始まりましたよぅ)
三日月は「あははぁ~」と少し引き気味に、話を聞く。
「いいですかっ!? お坊ちゃまやお嬢様方の多くは、皆さん幼い頃から大きな御屋敷にお手伝いさんや、お側でお世話をする方がおられます。ですので、お料理や食器の片付けなんて出来なくて当然! という世界。ですから月さんのように、何でもご自分で出来る学生さんは、ただでさえ数少ない……はぁ~そうですそうなのです、貴重な存在なのですーッ!」
寮に入ってもお手伝いさんを連れてきている学生さんもいますからねぇ~と腕を組み、小さく溜息。
(そこまで……って、えー。そうだったんだぁ)
その説得力にほぇ~と頷いてしまう。
「ねっ! とてもすごいことなのですよ、月さん! 聞いていますか?!」
「ひょえ、は、はひ……」
ラフィールの勢いに圧倒され思わず三日月は後ずさる。それ程にすごい熱意の込められた声であった。
「いやぁ~あなたは本当に素晴らしい。能力も魔力も、そしてさらにお手伝いまで! そしてこんなに可愛い! まさに月さんは、オールマイティーン♪ に希少な方です。んっふふふ」
「うあ~はぁ……」
(いえ、それはさすがに。ところどころに、お世辞と言い過ぎなセリフがちらほらだと思いますが)
三日月は気の抜けた感じで「ないないない」と、首を左右に振る。
――あぁ、でもなぁ。
(お手伝いさんかぁ。いいなぁ……お坊ちゃま、お嬢様って)
「はぁ~。そだよねぇ」
上流階級の方々は森から来た自分とはお育ちが違うんだよなぁと、格好からして違いを感じていたのを思い出した三日月は、溜息がひとつ漏れる。
(お手伝いさんとか、すごい憧れる~なぁんて。でも、一人好きのわたしにはきっと……)
「うっふふ」
(お嬢様なんて呼ばれて、なんでもしてもらえるのは素敵だけれど……うん。合わない、似合わない、そもそもわたしには向いてなぁーい!)
そんな憧れごっこを想像し、妄想していた三日月は思わず吹き出し、笑う。
「おやっ? 月さん、どうかなさいましたか?」
(ハッ! いけない、一人で笑って、わたしすごいおかしな人みたいだ)
三日月は慌てて手をブンブン振りながら、話題をそらす。
「いえいえ! なんでもありません。えーっと、あの、先生! 今日はお忙しい中、急に来てしまったにも関わらず、お話を聞いて下さいまして、本当にありがとうございました。それから、こんなに素敵なティータイムまで。贅沢な時間を過ごさせていただき……とっても楽しかったです!」
その言葉でラフィールの表情は一変する。見たこともないような満面の笑みで嬉しそうにしているのだ。
「そうですか、そうですかぁ! いやぁ~そうそう、あと特製お菓子は気に入っていただけましたかぁ??」
よほど嬉しかったのか、ラフィールは前のめりになりながら三日月に顔を寄せ質問を投げかける。
(ひよぇー先生! お顔が、美しきお顔が近いですーッ!)
「も、もちろんですよぉ~。えっとでも大切に……あの高級すぎて、えーっと、ちょっとずつ、食べてしまいました。本当に今日は忘れられない、とても美味しいお茶の時間でしたぁ」
恥ずかしさから頬を赤らめ、しどろもどろに答える三日月を見たラフィールは、さらに嬉しそうに話し続ける。
「うふふぅ~ん、良かったです♪ またいつでも、ご馳走いたしますからねぇ~」
「えぇっ」
いえいえいえ、申し訳ないです! と、再び両手を振り答える。
「ふふ~♪」
三日月の慌てる様子にラフィールが微笑むと、部屋の様子が少しだけ変化し始める。すぅーっと、澄んだ空気が漂い始めたのだ。
そして三日月の悩みが解消されたような顔を確認すると、ラフィールは質問を始めた。
「さてさて、月さん。気持ちは落ち着きましたか?」
「あっ……はい! そういえば、とてもホッとして。なんだか頑張れそうです!」
ほんの一時間ちょっと前、ここへ来た時の深刻な顔とは雲泥の差である。三日月の気持ちは確実に変化し、自然と笑顔が零れるまでに気分は高まっていた。
まるで心に張り付いていた薄靄が、晴れたかのように。
「ふふふっ、それは良かった良かった。ところで、月さんにお聞きしたいことがあるのですが、一つよろしいですか?」
微笑みつつも瞳の奥に真剣な芯を感じたラフィールの視線に、ドキッとした三日月。少しだけ緊張をしながら「はい」と、姿勢を正した。




