30 文化交流会2日目~お茶会~
夢のようなお茶会は、和やかな雰囲気の中、始まった。
フカフカのソファに、おしゃれで真っ白なテーブル。周りには精霊さんたちが、プカプカと浮かんで遊んでいる。そして時折聞こえてくる可愛い笑い声は、まるで心地の良い背景音楽のようで、とっても癒される。
(ラフィール先生の手作りお菓子に、高級お紅茶……)
「はぁう〜贅沢だぁ」
花型のソーサーに乗る、綺麗な小花柄のカップには、先生が入れた高級ダージリンティー。手作りのクッキーは、リーフ型のお皿に並べてあり、淡い緑色のテーブルクロスにとてもよく合っている。
金色猫の刺繡は、ちょうどお皿の右側にくるようにしてあり、まるで『どうぞ~』と言っておもてなしをしてくれているみたいだ。
(その美しいテーブルセッティングと、センスは、やはり違いますねぇ)
『軽いティータイム』と言っていたが、美意識の高いラフィールは、相手への心配りに手を抜かない(本当に素敵です)。
三日月は恐縮しながらも「いただきます」と、ひと口サイズで食べやすくしてあるクッキーを口に運ぶ。
(うにゃ? ちょっとフルーティ? ほど良い甘さで美味しい!)
その余韻を残しつつ、ダージリンの持つ爽やかで甘い香りを楽しみながら、紅茶をひと口。
そしていつもの言葉を自然と言ってしまう。
「はぁぅ、幸せだぁ」
いつもあの階段で、ひとり時間を「しあわせ♪」と思っている時よりも、ずっとずーっといっぱいの幸せを三日月は感じていた。
「ウフフ。月さんは、本当に素直でいい子に育ちましたネ」
「エヘヘって、ううーん? それってどういう意味でしょうかぁ?」
「えぇ、もちろん! 褒め言葉ですよ~」
(そうなのですか? 褒めてもらえてるのなら……まーいいか♪)
そっかそっかとご機嫌でニコニコしながら、またクッキーをあむっ。そして、紅茶のカップを手に取ったところで、先生が話し始める。
「月さん、実はこのクッキーには、ルナの実を使っているのですよ♪」
「ふえっ?!」と、三日月は驚く。
カップを落としそうになった。慌てて両手で包み込み、間一髪!
(あ、危なかったぁ!)
「えぇーと、 あの?!」
「ふふっ。月さん、そんなに驚かないで下さいよ」
「いやいや、だって……」
――【ルナの実】と言えば。
上流階級の方でも、なかなか手に入らないという高級フルーツ。そんな珍しい食べ物を、しかもクッキーの中に隠し味のように入れるとは――「ひょえぇぇ」と心の中で叫ぶ。
(恐るべし! 上級魔法師ラフィール様ぁ~)
先生の手作りクッキーというだけでも、恐縮している。
「はぁ~、ますます大切に食べないとぉ……ですねぇ」
その言葉を聞いたラフィールは少しだけ目を見開き「まぁ月さん、大げさですねぇ」と、笑いながら話す。
「うふふ♪ あっ! そうそう、月さん。ルナの実の効能と効果をご存知ですか?」
「あ、いえ。存じ上げません」
(といいますか、わたし。このクッキーを食べるまで、口にしたことがなかったんですよぉ)
「そうですか~では! 次回の授業で、ルナの秘密について少し、お話しましょう」
「本当ですか?! ぜひ、よろしくお願いします!」
(やったぁー! ルナの秘密!? わくわくするよぉ♪)
「セルク君は、もちろん知っているね?」
「えぇ……」
――あれ?
自分の時とは違い、セルクへ問う声は少し厳しい感じに聞こえる。そんな彼の返事もまた、素っ気なく感じた。
(どうしたのかな?)
そういえば二人は、随分親しいようにも見える。護衛についても『依頼』と言っていた。一体、どういう知り合いなのだろう?
ふと、そんなことを考えながら紅茶のカップに手を伸ばすと、扉を『コンコンコン』と叩く音と超絶可愛らしい小鳥のような声が聞こえてきた。
「ラフィール様。そろそろ、お時間でございます」
「――っ!」
(え、えー、もしかして今のって!?)
「おやおや、もうそんな時間ですか」
「(バスティアート、さん?)」
周りに聞こえないくらいの小さな声で呟いた三日月。この時なぜか、バスティアートの声が聞こえるようになっていたのだ。
(キャ~、声もかわいい~!! 癒されるぅ)
その知らせの声に応えたラフィールは『金の砂時計』を確認した。時計は、窓から差し込む光に反応し、さっきよりもさらに輝きを増している。
「す、ごい……」
(光がキラキラしていて、綺麗)
「あぁ〜そうだね、ティア。知らせてくれてありがとう……セルク君」
「はい」
ラフィールはバスティアートへそう言うと、三日月に聞こえない声で、セルクに何やら指示を出している。
(魔法――サイレント?)
『セルク、周辺の確認を……解っていますね?』
『はい、十分に警戒します』
気になりながらもお茶会の片付けをしなきゃと、三日月は食器の片付けを始めた。
(なにをお話しているのだろう)
ふと顔を上げた瞬間に、セルクと目が合う。あっと思ったが、ニコッと微笑まれたので彼女も笑い通じ合う。
(お話、終わったのかな?)
その気持ちを察したかのように、セルクは彼女の方へ来ると、声をかけた。
「月、先に出て待っているよ。もう少し心を休めてから“ゆっくりと”、外へおいで」
「ぇ……」
そうして、ゆらゆらと手を振りながら、笑顔のまま颯爽と出て行ってしまう。
(星様、先に行っちゃった? ご用事でもあるのかな? 少し、すこぉ~しだけ心細いかも)
「ウッフフ。お二人とも仲が良くて、本当に初々しい」
先生は、また楽しそうに彼女を見て笑っている。
「ラフィールせんせー?」
「あらあら〜、ごめんなさいねぇ。少し嬉しくって。セルク君が私のお茶会に参加してくれた事、今まで一度もなかったのですよ。しかも今日は、私の手作りクッキーに! 私が入れた紅茶までもぉー!! 口をつけてくれるだけでなく、完食してくれるだなんてぇぇ」
「ぅっわぁーお?! せ、せんせーっ」
(急に、泣いて……喜んでいる?)
「だ、だいじょうぶ……ですか?」
「大丈夫です♪」
(わぁーッ!!)
と、またまた急に変化する。
すくっと立ち上がると熱く語り始める。
「セルクの、あんなに自然体で柔らかい表情、幼い頃以来見た記憶はありません! 月さんの事、とても気に入っているのでしょうネェ」
「いえ、そんなこと……」
(あるはずがないですよ、って先生。今、『幼い頃』と言ったような気が)
「いいえッ、月さん。セルクが【星】という名で呼ばせるのも、とても珍しい。あなたの事を、とても“大切”にしていることは間違いないと思いますよ」
「……」
(頬が、顔が、熱いデス)
頬を赤らめた三日月を見たラフィールは、嬉しそうに揶揄い口調で話す。
「うふ。月さん、セルクの事これからもよろしくお願いします。仲良くしてあげて下さいねっ!」
「は、はい。もちろんです」
(なんだろう、これは。すごく恥ずかしいのですが)
――「セルク」
途中からそう呼んでいた。
どういう関係なのだろう?
(やっぱり、お二人はとても親しい感じがする)
この数日でいろんな謎にぶつかる。
うーんうーんと考えながら、自分の恥ずかしい気持ちが通り過ぎるのを、三日月は待ったのだった。




