29 文化交流会2日目~護衛~
「えっ? お客様……ですか?」
(私、いてもいいのかな?)
――ガチャッ。
ゆっくりと、扉が開く。
そして三日月は、お目めまんまる。無言のまま硬直し、驚きを隠せない。それもそのはず、彼女の目の前には――!!
「さてさて、月さん。またまたご紹介しますね。本日、あなたが参加なさる大会の会場まで、あなたの護衛を務めてもらう、【星守空】君です」
「ほ、ほほ、星様」
(どうしてぇー?!)
「こんにちは、月」
「おやおや。おややや〜? 彼とはお知り合いでしたか?」
「あ、あの、はい。ラウルド様との騒動の際に、助けて下さったのが、星様で――」
「あぁ~なるほど! それで、(チラッ)ですか〜フムフム」
何やらラフィールは、含みのある言い方をしてセルクを一瞬チラッと見てそらす。その怪しげな動きが三日月はとても気になり、彼女もチラッ――チラッと交互に二人を確認した。すると目が合ったラフィールはにっこーり、三日月はビクッ!
ふふっと茶化した口調でセルクへと話しかけた。
「いや~なるほどそういうことだったのですねぇ」
(そういう、こと?)
「何がでしょう、先生」
セルクは周囲が凍りそうなほどの冷たい視線で返事をするが、まったく気にする様子のないラフィールは「まぁまぁ、ひとまずお入りなさいな~」と、部屋の扉を閉める。
「いえねぇ、セルク君。いつもは依頼内容を細かく聞いて、検討なさる時もあるというのに。何故か今回は、対象者のお名前と要件を言っただけの二つ返事で護衛をOKしてくれたので、どうしてかなぁ? と不思議に思っていたのですよ。しかし……納得です。お相手が仲の良い、月さんだったから、ですネ~??」
「んにゃっ――?!」
(仲が良いだなんて!!)
なぜか三日月が恥ずかしそうにモゴモゴしているのを横目に、ラフィールの言葉を聞いたセルクは珍しく、不機嫌そうな気持ちを表に出し答える。
「何をおっしゃるかと思えば、ラフィール先生。ご依頼に関しては、彼女だからというわけではなく、お力になれるのであればどのような状況でも、可能な限りお受けしているはずです」
「おや? そうでしたかねぇ」
「えぇ、そうです。ラフィール先生からのご依頼、ですからね?」
「はいは〜い、分かりました、セルク君」
(うん、えっと。なぜだろう? 星様がちょっとだけムキになっているような気がする)
どうやら揶揄われていることが、よほど気に入らないのか? セルクの怒った感じや見たことのない表情は、どこか幼さを感じさせる。
「ウッフフフ」
そしてついに三日月は、微笑ましいという気持ちで、笑い始めてしまった。
「あらあら、月さん大笑いですねぇ?」
「そんなに笑っては! いえ、あの、ごめんなさい! えーと、ふふ。でもやっぱりちょっぴり。うふふ……」
「月まで、そんな」
「ご、ごめんなさい星様……でも、フフッ」
いつもクールな感じの彼が、頬を少し赤らめ恥ずかしそうにしている。その姿はとても新鮮で親近感が湧き、彼が少し可愛らしくも見えていた。
和やかな時間を過ごしたところでラフィールが、さてさて、と仕切りなおす。
「まぁまぁまぁまッ! でも、良かったですよ本当に。安心、安心です」
彼の髪をくしゃくしゃナデナデ「ご機嫌直してね~」と、今度は三日月の方を見たラフィール。
「月さんも、知らない方に側で護られるのは、お嫌だったでしょうし」
「はい……ありがとう、ございます」
(先生。なぜか、とてーも、嬉しそうですよネ?)
「それに、お二人がお友達という事でしたら、なぁーんにも問題ありませんねっ!」
(えぇ、えぇ、そうですね。先生はわたしの性格を良くご存じで)
慣れない人との会話は、まだまだ苦手だ。特に今みたいな状況の中では「初めまして」という挨拶を交わす場面は、極力避けたい。
(そういえば……)
――『護衛』って、そもそもどういうことなの?
「えーっと、ラフィール先生。その護衛というのは……」
するとラフィールは突然、大得意な“飛躍魔法”を使い浮いた。舞うように、ふわふわしながら楽しそうに。
「あらあら、お伝えしていませんでした? 私ったら、ごめんなさ~い」
(ウソっぽい)
謝っているようには見えない。先生は明らかにウフフな笑みを浮かべている。
恐らく護衛をつけるなどと言おうものなら、三日月が「大丈夫です!」と、全力で断って走り去ると分かっていて、あえて言わなかったのだろう。
(ラフィール先生、かなり過保護ですよぉ)
――でも、そこまで心配して下さるなんて、ちょっと嬉しいかも。
「うーん?」
(お二人の話していた『依頼』って? そもそも先生は、わたしと星様がお友達ってことを知らなかったはずのに、どうして……)
それともう一つ。三日月は不思議に思うことがあった。彼女がラフィールのところへ相談に来たのは、約一時間前。その間ラフィールはずっと三日月の目の前にいて、どこかに行ったり何か他のことをしている様子はなかった。
だとすれば何時、どうやって?
セルクへ『護衛依頼』の連絡をしたのだろうか、と。
(ぅ゙ー、謎だぁ)
そんなグルグル三日月の考えなど、つゆ知らず。ラフィールの明るい声が響き、部屋中の精霊さんたちをさらに活気づける。
「さーてさて〜、お話も終わった事ですし、気を取り直してっ♪」
飛躍魔法でふわふわっと浮いていたラフィールは陽気に話しながら、三日月とセルクの元へと近づいてきた。
「ではでは~、お二人とも。目を閉じてください」
(また、何か企んでいる?! 怪しい!)
と、疑いの目で見つめる三日月。
「もぉ、月さんたら~、大丈夫ですよッ! 悪いようにはしませんから」
「本当ですかぁ?」
うんうん、と頷く先生を信じて、セルクと三日月は言われる通りに動く。すると突如、目を閉じていても分かるくらいの眩しい光が弾けるのが分かった。
――――パァーッ!!
「さぁ~、目を開けていいですよぉ」
ラフィールの優しい声を合図に、目を開けると。
「わぁぁ! スゴーイ」
そこには、さっきまでいた部屋とはまったく違う光景が、広がっていたのだ。
触れなくても、遠くからでも見ただけで分かるような、フカフカのソファに、アンティーク調のおしゃれで真っ白なテーブル。その上には、淡い緑色の生地に金色の糸で、猫が刺繡された、テーブルクロスが敷かれていた。
「さぁ、お疲れでしょう。午前中のティータイムはいかがですか? ちょうど十一時になりますので、イレブンジスティー♪ でっすねぇ」
ラフィールが手のひらで案内した部屋の窓近くにある置き時計は、不思議な感覚をまとい、綺麗でうっとりする。
よく見ると『金の砂』がキラキラと、ガラスの瓶の中を自由に舞い、それで動いているようだ。そして窓から差し込む温かな光に反応して、砂の輝きが増す。
(こんなに美しい時計、見たことがない!)
それでいて安定した魔力も感じ取れた三日月は、きっと先生が魔法で作ったオリジナルの時計なのだろうと思った。
じーっと時の流れに見入っていると「月さん、お茶にしますよ~こちらへいらっしゃい」とあの優しいいつもの声で呼ばれハッとする。
「あ、はい、ありがとうござ……」
(え゙っ……)
返事の途中で、言葉が出なくなる。その訳は、彼女にとってはあまりにも慣れない席、高級感のあるお茶会が振る舞われていたからだ。
「こ、これって」
「ほらほら、どぉ~ぞ~」
ラフィールに背中を押され、フカフカソファにちょこんと座る。
(ん? 座りましたよ? でも、このソファ、まるで!)
「浮いているみたいで、心地良すぎ……」
「そうですか? それは良かったですねぇ」
「良かったね、月」
ラフィールは三日月の驚く顔に満足気な表情を浮かべ、にこやかに応える。そして、隣に座ったセルクも、無邪気に喜ぶ彼女を見て嬉しそうに微笑む。
それから程なくして、先生お手製のクッキーと、ダージリンティーが運ばれてきた。
(ラフィール先生の手作りお菓子に高級お紅茶?! わたしみたいな一般生徒が、頂いて良いはずがないのにぃー)
「贅沢すぎて……なんだか申し訳ないのです」
と、また心の声が口からもれる。
この後、ラフィールとセルクの二人に、クスッと微笑まれたことは、言うまでもない。




