28 文化交流会2日目~妖精の声~
コンコン、コンコン。
三日月の相談が終わり、程なくして部屋の扉を叩く音がした。
すると「時間通りですね~」とラフィールは笑み、訪問者を招き入れる。
「どうぞ〜、お入りなさい」
キィ~。
「わっぁ……」
(誰だろう、上流クラスの生徒さんかな? わたしと同じくらいの歳かなぁ?)
扉が開き現れたのは、雪のように真っ白な肌の可愛らしい女の子。
淡いベビーピンクのくるぶしまである長い髪。その美しさは動くたびにくるりんとなびいて、不思議な色に変化し、キラキラと金色に輝いて見えるのが特徴だ。
「ほわぁーかわい……い」
三日月は、出会ったことのない雰囲気の女の子に、思わず見惚れ思いが溢れてしまう。
(ハッ! 初対面なのにぃー思っていることをポロッと言ってしまったぁー!)
さすがにこれは恥ずかしすぎると、両手で口をグッと押さえる。視線を泳がせていると、その子とパチっと目が合った。
「あ、えっと……」
(吸い込まれてしまいそう)
見つめ合う。
それはまるでガラス玉のように透明感があり、澄んでいた。三日月は無意識に再び見惚れていると、その子は頬を桃色に染めながら、首を少しだけ傾げてにっこりと微笑んだ。
(きゃ、きゃう、わイイ~!)
ただただ、そう素直に感じた三日月の鼓動はドキドキと高鳴る。次第にりんごのように赤くなっていく三日月に気付いたラフィールが、クスクスッと笑い口を開いた。
「月さん、ご紹介します。この子の名は【バスティアート】。ぜひ、仲良くしてあげて下さい」
「あっ、はい、もちろんです! バスティアートさん、私は三日月と申します。月とお呼びください」
よろしくお願いします! とお辞儀をした三日月は顔を上げ、??
「…………」
(あ、あれ? なにか気に障った? わたしの挨拶が悪かったのかな?)
しかしそんな心配とは裏腹に、その子の周りは明るく輝き、満面の笑みで応えている。三日月は戸惑いながらも、ニコニコと笑顔を返した。その様子を見たラフィールは、何かに気付く。
「そうか。月さん、君はもしや……」
「えっ?」
「あ~、いえいえ。ところで月さんは、私のお部屋で遊んでくれている精霊や妖精たちの姿形は見えていますか?」
急に、真面目な表情で聞かれた三日月はビクッとする。
「え、あっ、はい! み……えています」
(それはもうたくさん、た~くさん! の精霊さんたちが見える。そう『愛に包まれた、幸せいっぱいの光』の中で、遊んでいるのが視界が埋まるほどに見えていますよぉ!!)
きっかけは――相談をしている際に、ラフィールが考え事をしているときに三日月は気が付いた。それは恐らく、自身の能力集中がいつも以上に高まっているから、いつもよりたくさん見えているのだろうと彼女は納得していた。
しかし相談も終わり、和やかに話している間もずっと見えている。
(そういえば、そうだ……わたしの集中はずいぶん前に通常モードへと切り替わっている)
それなのに! 今も目の前をゆるゆるとたくさん! すごく楽しそうに、ふわふわと精霊さんたちは浮かんでいる。
――これは一体、どういうことなの?
三日月自身も幼い頃から、精霊さんたちとは会話をしたり一緒に歌を歌い(うぴゃーとかルルルーとかだけど)、ずっと側にいてくれる存在で、過ごしてきた。だが、どんなに思い出してみても、こんなにたくさんの精霊さんが見えたことは……というよりも、一つの部屋という場所に。こんなに数多くの光が好んで集まってきているのを見たことがなく、三日月は心底驚いていた。
その好奇心と恐れのような感情で、相反する気持ちが入り混じる声を感じたラフィールは「見えています」と答えた三日月へ、優しく教える。
「あなたの能力はとても高い。しかし魔力をコントロールするための【鍵】魔法の影響で、恐らく能力にも影響が出ているのだと思います。だから必要以上の能力は意識しないと使えなくなっている。それが原因で側に来ている精霊を感じるのが遅くなったり、声を聴くことが出来ないのではないかと――」
(あっ……)
ラフィールにそう言われ、初めて認識する。
そう、彼女には思い当たる出来事がいくつもあったのだ。
(きっとわたし、心の奥では感じてた)
精霊さんがいなくなる瞬間があったり、能力が急に落ちたりと、しかしそれは調子が悪いだけだと自分に言い聞かせ、考えないようにしていた。
(現実を知るのが、怖かっただけかも)
三日月は、俯き加減で考え込む。今まで見ないように、気付かないようにと、逃げてきた弱い自分の行動を色々と思い出すと、しょんぼり落ち込んでくる。すると、ふわりとバスティアートが側に寄り添い、ぎゅっと握る三日月の両手を包み込むように優しく握った。
「バスティアートさん……」
(柔らかくて、温かくて……って、あれ? この気持ち)
感じるぬくもりは、彼女の不安な心を取り除いてくれるようだ。
(初めて会ったはずなのに、どうしてかな。バスティアートさんに触れられるのは、全然嫌じゃないし、怖くない)
初対面はもちろんのこと、慣れない人から触れられることを苦手とするはずの三日月が、自然に受け入れていた。そう、気付いた自分でも驚くような不思議なことなのだ。
信頼などと、そう頭で考える難しいことではなく、ただただ自然にバスティアートの手を、受け入れていたからだ。
「ほぅ……やはり、すごいですねぇ」
ラフィールは「えっ?」という反応をした三日月に、少し悪戯な笑みを浮かべてクスクスと笑う。
「にゃっ! なんでしょおかぁ、先生……?」
(だって、本当にすごいことなのですよ! それに今もまだ手を握ってもらった(?)ままで、苦手どころか、すごく心地良くて……)
――昔から知っているような感じで、この安心感に覚えがあって。
目をぱちくりさせて横にいるバスティアートを見た。先ほどと変わらず、にっこりと自分に笑いかけてくれている。
(か、可愛い……ん、ぢゃーなくって! バスティアートさんって、一体?)
この理由をぜひ教えてもらいたい! という顔をラフィールへ向けると、いいですよ~と言わんばかりのにっこぉ~り笑顔で、驚きの事実を話してくれた。
「この子には、秘密があるのですヨ」
そう言うと、入口の方に右手をスッとかざす。
するとシュッと一瞬でバスティアートは光に包まれ、その場から消えいなくなった。
「えっ、えぇぇ?! どういうことですか?」
「バスティアートは、私と一緒にいたいと願ってくれた【精霊】です。契約を交わし、人の姿へと変化した【妖精】なのですよ」
「な、なんと。驚きました。あっ! だから私は、バスティアートさんのことが」
(初対面で触れられても、怖くなかったのは、バスティアートさんが妖精さんだったからなのねぇ)
「だからあんなに綺麗で、天使のように可愛くって……うにゃうにゃうにゃうにゃ」
「ふっフフフ! そういうことですっ♪」
頬に右手人差し指を当てて茶目っ気たっぷりで、ラフィールは楽しそうに続きを話す。
「私の部屋の入口にある水晶猫ですが。普段はあの中で、ティア……いえ、バスティアートは、光の姿に変化してこの部屋を護ってくれています。この部屋には、私の癒し能力の根源とも言える、可愛い子供たちが! 精霊たちがた~くさんいますからねぇ。外部からの無断侵入は、固~くお断りしているってわけです」
「あ、ははっ。なるほどー、でもなんだかスッキリしました。納得です」
(まぁ、サラッとすごいことをたくさん言って下さる内容に、やっと頭と心の理解を追いつかせているのですが)
「さて、『月さん自身の力について』という話題に戻しますが。これまで何度もお伝えしていますが、あなたはルナガディア王国……いえ、もしかするとこの世界でも、とても希少な存在かもしれません。そして月さんも私同様――精霊を形にする能力を持っています」
「そんな! 先生はわたしのこと、買いかぶり過ぎです。そんな、大層なこと」
(んーん。本当は、自信がないだけなんだ。現状に甘えているだけで、前に進むのが怖い)
「――向き合いなさい」
「ふぇ……」
(どうしていつも先生には、わたしが考えていることが解っちゃうんだろう)
ラフィールの深い声が心に響いた。
それはいつもと違う、命令にも近い声。
(過去としっかり向き合いたい、失くした記憶を思い出せるようにしたい。そしていつか……【鍵】魔法を解いてもらえるように成長したい)
――わたし、もっともっと!
「頑張ります!」
彼女の決意を感じ、ラフィールはニコッと微笑む。それから、おもむろに立ち上がると部屋の扉を開け、こちらを向いた。
「さぁて、お客様が来たようです」
「え?」
そのお客様を見た三日月は、再び驚きで、驚きすぎての脱力感は最高潮だ。いよいよ、気を失いそうである。
(わたし、このままじゃ、本気で! 大会前に疲れ力尽き倒れちゃうかもしれないデスよぉー!?)




