必話03 魔法の鍵
――【鍵】とは。
力(魔力)の制限(制御)をする際、様々な領域で使われる。魔法師の中でも至難の業と言われ、高度な技術が必要とされる【最上級魔法】である。
◇
三日月は、上級魔法師である母(望月)から、鍵の魔法をかけてもらっている。
何故、この魔法を『かけてもらっている』のか。それは彼女の“トラウマ”のきっかけになったあの事件にあった。
当時幼かった三日月は、恐怖のあまり自身の中に眠る力のすべてを呼び起こし、ありったけの『魔力開放』をしてしまったからだ。
事件後、魔力量コントロールが上手く出来なくなり、彼女自身どうすればいいのか分からなくなる。今まで楽しく、遊びの延長のように使っていた魔法が突然思うように出せない戸惑いと喪失感は、まだ幼かった三日月にとって、とてもショックなことだった。
日に日に魔法への不安感が増していく三日月は、大好きだった魔法へ苦手意識が生まれ始める。
母、望月は、そんな悲しい顔をする愛娘の姿を、もう見ていられなくなった。
「このままでは三日月が、一生魔法を使わなくなってしまうわ」
そして、事件から半年ほど経ったある日。
三日月が生まれる前からずっと、セレネフォス家に仕え世話をしてきた者たちと、三日月の力を知る一部関係者を集めた話し合いが行われた。そこで、母(望月)と父(雷伊都)は、苦渋の決断をする。
「いつまた、あの子が無意識に多くの魔力を使ってしまうか分からない状態です。皆さんにご心配をかけ続けるのも良くありません。そして一番は……あの子に、三日月にこれ以上、辛い思いをしてほしくないのです。勝手な事とは思いますが、笑顔を失わせたくない。楽しく、普通の女の子として過ごしてほしいと……」
――何より、魔法を嫌いにならないでほしいから。
皆、三日月に期待をしていた。
しかしそれ以上に、三日月を愛し、大切に想っている。
その心は同じだった。
「「「もちろんですよ。我々も、三日月様の笑顔を一番に守りたい!」」」
「皆さん、ありがとう……」
――期待と希望ある未来への兆しと言われる、月の紋章を持つ者。
人並みならぬ力、『月の御加護』を持って生まれた三日月。
魔力コントロールが出来なくなった状態で、五歳の三日月にすべての意識を任せるというのは、今後良くない方向に力が作用し、好ましくない結果になる可能性もある。だからこそ手遅れになる前に、両親は手を打っておきたかったのだ。
しかし、“魔力に制限”をかけるという事は、成長過程である三日月の伸びしろを止めてしまうという事でもある。それでもこの魔法以外に、方法はなかった。
「いつかこの子が、自分から『全てに向き合う』と言う日が来たのなら」
――その時は、私の命に変えても。
「三日月、あなたを支えるわ」
「望月、私も同じ気持ちだ。共に――」
「ライトさん……」
「私が護る、支える。一緒に頑張っていこう」
この日、三日月の両親は愛娘に誓う。
「「私達の全てをかけて、護る」」
望月はロッド形の魔杖を、くるりと振りかざすと、詠唱を開始した。
『月の名の下に望月が命ずる。この者が持つ力の僅かをここに……眠りし強きの力を施錠せよ』
"キラッ――――シュン"
――『三日月……心からの愛を、込めて――【鍵】』
こうして三日月は、魔力制御をするための【魔法の鍵】をかけられることとなったのだ。
◇
時は過ぎ、三日月が王国随一の魔法科学園に入学する日。
「三日月、入学おめでとう」
「ありがとうございます! お父様」
「うふふ、元気いっぱいねぇ。おめでとう~」
「えっへへ、ありがとうございます、お母様!」
"シャラーン"
「んえ? お母様、これは?」
(キレイな首飾り……でも、これって)
「カギのネックレス、ですか?」
「えぇ。入学のお祝い、みたいなものかしら」
「お祝い……」
三日月は両親から「お祝いだ」と、ある物を手渡された。
それは授業での魔法訓練の際に、そして指導者から特別に許可が出された時にのみ、魔力を使用できるようにするためだけの【スモールキー】なのだという。
「そうねぇ~、あなたのお守りみたいなものよ」
「そうだぞ~三日月! しっかり勉学に励めよ」
「ぅ゙っ。は、ハイ。頑張りまひゅ」
(元王国騎士のお父様に言われると、なんだか荷が重いのですが)
自分の人並みならぬ力や『月の紋章』と『加護』について。何も知らないはずの三日月が、まるで自身の宿命に従うようにこの学園を選んだ意味を、母はずっと考えていた。
――『終が現れる時代が、必ず来る』
ルナガディア王国の歴史と、その伝説。
教えておらずとも、愛娘の心身は無意識に自分の運命を受け入れ、再び魔法への挑戦を始めている気がしてならない。そうして三日月には楽しく過ごしてほしいと願う"母として"心配する気持ちを持つ反面――魔力を愛娘の元へ完全に戻すために、もうこれは一生ないかもしれない機会だと感じた、"王国を護る守人としての望月"が、月の者である三日月への期待と希望を、再び胸に抱いてしまうのだ。
あの日、キラリの森で応援してくれた皆が、三日月のために守り信じてきた想い。その心からの願いを望月は抱きしめ背負いながら、自身の愛と魔力を込めた首飾りを愛娘の首へと着ける。
「さぁ、三日月。後ろを向いてごらん」
「あ、はい。お母様」
"シャラシャラ……"
「あ、ありがとうございます……」
皆の思いと、未来よ。
三日月の心へ届け。
ぎゅっ……。
何よりも大切な愛娘を優しく抱きしめる母は、想いを込めて。
この【小さな鍵】に全ての願いを託し、送ったのだった。




