27 文化交流会2日目~三つの【信】~
「……」
(ど、どうしよう)
考えがまとまらず、なかなか言い出せない三日月。
(うーん、どうやら月さん、お困りのようですねぇ)
ここはさすが『癒しの神』と呼ばれるラフィール。その気持ちを汲み取り、微弱の魔力で声をかける。ゆっくりと、静かに、彼女の心で絡み合う糸を、優しく解いてゆくように。
「あなたがここへ相談にいらっしゃるとは、余程のことなのでしょう」
そう言われて、彼女の心臓はドクんッと大きく動く。
「あ、えと」
(なんで? 怖い訳じゃないのに、ちゃんとお話したいのに。言葉が出てこない)
――どうやって、気持ちを表せばいいの?
三日月は相談したい内容を頭の中で考えていたはずだった。きっちり順を追って説明するために、感情的にならないように。現在置かれている状況と、自身の抱く不安を話せるように、と。
しかし彼女の頭の中には今、『魔力のコントロールが出来ない』という言葉ばかりが浮かんでくる。たぶん一番伝えたい悩みは――『自信がない』、なのだろう。
しかし普段から自分のことを人に話すことがない三日月は、悩みを相談するどころか、まず最初になんと言って会話を始めたらいいのだろう? と、早くも混乱しているように見える。
(おや……月さん、不安気ですね。では少しずつ、心を鎮められるように進めていきましょうか)
黙って様子を窺っていたラフィールは、心の中で呟く。そして真剣だった表情を崩すと、微笑みながら語りかけるように話し始めた。
「月さん、いいですか。こちらを見て、“私の声”をよーく聞いて下さい。あなたが話したいこと。まず、悩むきっかけは何だったのか? 今どうしてそんなに苦しいのか? 今後どのような問題が起こりそうなのか? 思っている事をそのまま教えてください……ねっ?」
「は、はい」
(声? あっ、そういえば、話せる。少し楽になってきたかも……)
それでもまだ考えていることが、思いが、なかなか言葉にならない。すると再度ラフィールは、"おまじない"のように三日月の心奥へ、その"声色"を響かせる。
「言葉を選ぶ必要はないのですよ。大丈夫、心配ありません。順序も気にしなくていい、その悩みと苦しみさえ解決できれば、それで良いのですから。あなたがどのように話をしても、大丈夫。――全てを受け止めます」
「はい……あ、あの。ありがとうございます。実は……」
(あれ? 穏やかな気分。ふわふわって感じ)
――重かった心が、軽くなった気がする。
そこから三日月は、ゆっくりだが話し始めた。
ラウルドお坊ちゃまの髪に触れますプチ騒動からこれまでのことを、そこから巻き込まれる形で今日の大会に出ることになり、そうなってしまった経緯を話す。受けたはいいが、その大会でどのように動くべきか、魔力のコントロールについて自信がなく、どこまで力を抑えればいいのか。それが解らずに悩み、自分自身の見えない力へ恐怖すら感じている気持ちを、取り繕うことなく思うがままに自分の言葉にして、出来る限りの説明をするように努めた。
「どうするべきか、悩んでしまって……」
そしてやっと正直に伝えることが出来た三日月は、ちらりとラフィールの顔色を窺う。
話をただ、じっと、静かに聴いていたラフィール。
ひと通り話が終わったところで、少しだけ難しい顔で天井を見上げる。
「う~ん、なるほど」
しばし沈黙。やっと口を開いたラフィールは目を閉じて手を組み、机に肘を置いた。その姿は何やら考え込んでいるようにも見える。あまり見ない先生の姿に、三日月はやはり迷惑だったのでは? と、心配になる。
「……」
「……」
再び無言の時間。
不思議と何の力も感じない、【無】の状態。
(ん……えっと、自分から相談に来たのだけど。この静かな空気がぁ)
じっとしている間、まるで息を止めているかのように、シーン……とした雰囲気が気まずく感じて、息苦しい。
あまりの緊張感に、ラフィールへ集中させていた気を一瞬逸らしてしまい、部屋の中を見渡す。
すると、どうでしょう。
(ほやぁー……なに、これ~!)
突然、三日月の視界に広がった光景。
ラフィールの部屋に溢れるのは、光輝く精霊さんたち。幸せいっぱい、楽しそうに部屋の中を遊びまわっていた。
(全然、気が付かなかったぁ)
――そこには素敵な愛に包まれた、妖精光が。
普段から妖精さんとはおしゃべりしたり歌を歌い過ごす三日月。しかしここまで鮮明に見えることはないなぁとワクワク好奇心で、まんまるお目めを輝かせる。
(驚いたぁ……先生って本当にすごい人だったぁー! こんなにたくさんの精霊さんに囲まれている人、会ったことがない!)
三日月は、こんなにたくさんの精霊さんが見える理由をふと考えてしまう。
ラフィールとの会話で彼女はいつも以上に強く、集中力を高めていた。その能力を保持したままの状態で、フッと意識(目線)を他へ向けたからだろうと推測。
(きっとそうだ! わたしが常にこれぐらいの集中力で生活していれば……)
本題――相談をしに来ていたはずの三日月は、興味のあることに目移りしてしまい、そうしてまったく関係のないことを考え気が散ってしまう。いつの間にか『雰囲気が気まずい、息苦しい』などという感覚は忘れ、ぷかぷか浮かぶ可愛い妖精たちに癒されて、うにゃうにゃと笑い頬を緩めている。
その様子に真剣な表情だったラフィールが気付き、ふふっと笑いながら目を開けた。そして、部屋を見渡す彼女のご機嫌キラキラ潤んだ瞳と、ぱちりと目が合う。
「あっ」
(先生の集中の邪魔しちゃった?! といいますか! わたし、妖精さんとフワフワしちゃってたぁ)
「えーとぉ……しゅ、しゅみましぇん。つい、妖精さんたちが可愛くて……その」
「ふふっ、そうですね、そうでしたね。あなたはそういう方でした。誰よりも、聡明で可愛らしい心の持ち主でしたねぇ」
「……そ、ぅめい?」
(しかも可愛らしいって! お気遣いは嬉しいのですが、ヨイショしすぎです)
「月さん、これはあなたにとって本当に重要な事です。今日はよく、私の元へ相談に来てくれましたね」
「いえ、でも。先生の手を煩わせてしまったのでは……」
(わたしの魔法コントロールは、まだ完璧じゃない。もしも出来ずに失敗したら……過剰に使ってしまったら。また周りの人に迷惑をかけてしまうのではないか? と、不安だったから来たのです)
瞳を伏せ、心の中でそう思いを呟く三日月は、やはり自信なさげだ。
しかし、講師であるラフィールの反応は、彼女の想像とはまるで違った。
「では、結論から申し上げましょう。月さん――【鍵】の使用を許可します。ただし、レベルⅡまで……に、しておきましょうかッ♪」
「ふぇ?!」
――【鍵】
それは、彼女が生まれながらに持つ、人並みならぬ力に制限をかけている魔法のことである。
そのため三日月は、ラフィールが決断したこの提案に、信じられない! と、何度も瞬きをするほどに驚く。
「おや、ご不満ですか?」
ラフィールは澄ました顔で、目を細め首を傾げながらそう聞いてくる。その表情に彼女は慌てて「いえいえいえっ!」と、一生懸命に両手を振って否定した。
「め、滅相もございませぬー!」
あたふた三日月ちゃんに、クスクスと小さく笑ったラフィールは話を続ける。
「縁あって、私があなたの魔法指導を始めて早一年三ヵ月。その間、どのような状況であろうと、あなたを甘やかした時間は、ただの一度もありません」
――ごっくん……。
(ハイ、身に染みております)
「月さん」
「ぅあ、は、ハイッ!」
「あなたはもう十分、自分をコントロールする力を持っています」
「……はい」
作り笑いのまま、まだ不安だという顔で返事をしてしまう。するとラフィールは少し溜息をつき、言葉を追加した。
「指導をして、厳しい訓練をしている私が『あなたを認めている』のです。それとも、この私の言葉が【信用】なりませんか?」
「いえ! そんなことは決してありません!」
ソファからすくっと立ち上がり、直立不動で答える三日月。それを見たラフィールは、にっこりと笑い、いつもの悪戯な表情に戻る。
「デスヨネ~! うんうん、だーいじょうぶですよぉ、月さん♪ 内気なあなたが、やーっと表に出る大会……そうそう! せっかくのデビュー! 貴重な『晴れ舞台』!! 見に行かせていただきますよ~ん」
「ぅ゙……ぃぇ、結構で――」
(真剣にお話していると思ったら、先生はすぐにお茶目さんモードに入る)
「ご招待、ありがとうございますぅ~」
(うぅ、悔しいけれど。私はとても【信頼】しています)
「招待はぁ、していないのですが」
"ふわぁっ"
「安心なさい。私の責任において、あなたの力が暴走した場合はちゃんと、止めに入ります」
「せ、先生……」
(心強いお言葉、すごくホッとしますねぇ)
すぐに、空気が変わる。
ラフィールが自然体で行う、心を癒し察する能力は天才的である。
「ありがとうございます! 先生にご相談出来て、本当に良かったです」
「そうですか! それはそれは、良かった良かった♪」
――そうだ。自分を“信じて”。
「ラフィール先生。私、頑張ります!」
「いいですねぇ、その意気その意気~」
(【自信】を持って。月さんなら、大丈夫ですよ)
ラフィールはいつも寛容で、前向きに頑張ろうとする心を褒めて伸ばし育てる。何かをやり遂げようとする者を、全力で応援する素敵な先生である(ちょっと……いやだいぶ変わっていますが)。
「そういえば……」
(いつの間にか心が穏やかに、ふわふわってなったのは。先生の魔力込み? "声"の、おかげだったのかな?)




