25 文化交流会2日目~驚き~
「ふあぁ~……」
昨夜は、ほとんど眠れなかった三日月。その原因はもちろん、ユイリアとの勝負(?)に応じた文化交流会二日目に開催される大会にある。
(どうしよう。完全に、寝不足だぁ)
太陽たちと別れてから立ち寄った、文化交流会の癒し空間――『フラワーガーデン』でセルクと偶然会い、落ち着くひとときを送った彼女は、家に帰ってからも穏やかな気持ちのままいられた。そしていつもの時間に布団へ入り、ウトウト眠りの世界へ…………と、急に目が覚めて気付く。ユイリアとの勝負がどうこうよりも、自身が魔法を使うということについて、どう動くべきかを悩み、そのうち三日月の身体中は強張り、悪い結果ばかりが頭を過ぎってゆく。
そうして、朝陽が昇りカーテンの隙間から明るい光のリボンがのびるまでの間。深い眠りの手前で目が覚め、考えて寝付けなくなる、を繰り返していたのだ。
「行きたくないなぁ……」
ベットに座ったままで膝を立て両足を両腕で抱える。ふと、可愛いくまちゃん目覚まし時計に目をやると、午前六時半かと、浅い溜息がもれる。
(まだ、寝ててもいいけれど)
「もう、目が、冴えているのです」
そう思い抱えたままの両足に掛けた布団に顔をうずめること、五分。
ユイリアと参加する予定の大会は、午後一時からと昨日メイリから聞いている。
出かけるまでにはまだ、十分に時間があった。
「うー……ん。ラフィール先生に、相談した方がいいのかなぁ」
朝の早起きのおかげで、支度は余裕を持ってゆったりと準備できた。その間も色々考えていたが結局、どれくらいの魔力をこの大会で使えばいいのかが、正直分からない。
(ひとつ間違えれば、制御できなくなるかもしれないし……そうなれば)
「きっと、また大変なことになっちゃう」
自分に自信がない、ただそれだけのことだと解っているが、しかし。ソワソワと落ち着かない窮屈な感情に、身も心も飲み込まれてしまいそうだ。
――ヨシッ!
「やっぱり、先生に相談してみよう」
(あの校舎へ行くのは、すごーく嫌だけれど)
文化交流会二日間は、恒例の『メルル・ティル朝のお迎え~』はないので、大会会場へ行く前に一度ラフィールの元を訪ね相談してみようと考えた。
(学校はお休みみたいなものだし、きっと上流クラスの生徒さんたちはいないはず!)
うんうん、そうだそうだ、と自分に言い聞かせながら数時間後。もろもろの準備を整え家を出ると、さっそく上級能力講師(いつも三日月の訓練をしている)ラフィールが居るであろう場所へと向かった。
◇
住んでいる学生寮からトコトコ歩くこと、約二十分。相談内容を簡潔にまとめなきゃと考えていたが、あっという間にあの校舎へと到着してしまった。
「えぇっと、ラフィール先生が使っているお部屋……おへやぁ~」
(思えば先生との座学はないし、魔法は外での訓練ばかり。先生のお部屋に来たことはなかったなぁ)
「あ、あと目印つけとかなきゃ。帰りに迷っちゃう」
先日、ロイズとの話し合いでこの校舎へ来た時にも彼女が感じたこと。同じような廊下や扉が並んでおり、なかなか慣れない、覚えられない、目的の部屋一つ見つけるだけでも、ひと苦労である。
だが、この迷路のようなレイアウトにも理由があり、万が一外部からの侵入や、なにかしら問題が起こった場合、他者が見つけにくいように造られているのだ。
しかしこの配置に、どのような意味があるかなどということを、生徒たちは知る由もない。
「うーん……ここを、右? かな」
特別に、彼女だけが視えるよう魔法が施された、一応の校舎内地図はラフィールから渡され持っている。手のひらを広げその地図を展開し、確認しながら部屋を探していると数人、誰かが自分の横を通る気配がした。
構えながら顔を上げる三日月の表情は曇る。
――上流階級の方だ。
(地図に気を取られて気付くの遅くなった……静かに、誰にも会わずに辿り着きたかったのに)
当然、バチっと目が合ってしまった三日月は、深々とお辞儀をした。そして足早に立ち去ろうとしたその時、優しく声をかけられる。
「あら、どうしたの?」
(わぁ……綺麗な女の人。それになんだろう。雰囲気がすごく良くて、気さくな感じの)
三日月は、この人なら話を聞いてくれるかもしれないとなぜか思い、恐る恐る尋ねてみた。
「あ、えっと、こんにちは……あの、ラフィール先生のいるお部屋を探しているのですが」
一瞬驚くような様子で「まぁ!」と高い声を発すると、流暢に話し始める。
「この校舎はとても広いですから、迷ったら大変! そうだわ、私達が御案内いたしましょう。ねぇ? 【水來紅】」
「あわわわっ! いえ、そんな、申し訳ないです!」
すると、にっこりと笑いミラクと呼ばれた彼女が答える。
「大丈夫ですよ。【愛衣里】様も、こうおっしゃってますし。お気になさらないで下さい」
(……アイリ、"様"? ということは、ミラク様という方は、アイリ様という方のお付きの人?)
「すみません……助かります、ありがとうございます」
なんにせよ、とても困っていたことに変わりはない。三日月は丁寧にお礼を言いお辞儀をすると、ホッと胸をなでおろした。
「可愛い♡ 素直でよろしい! 困ったときは甘えるのが一番よ♪ うふふふ」
「は、ひ? よっよろしくお願い、い、いたしますです」
(はう~。急にフレンドリーな感じで話されちゃうと、何だか動揺しちゃって、言葉おかしくなっちゃってるよぉー)
「あっ! あの、申し遅れました。私、三日月と申します。月とお呼びください」
「あら~本当にお利口さんねぇ。月ちゃん? 気に入ったわぁ♪」
「あ、えっと、ありがとうございます……」
(きっと緊張を解してくれようとして、やんわりと話して下さったのだと思うけど)
見ず知らずの者に、なんて親切な人たちなのだろうと感激する三日月。
(はぁ~心がポカポカ、温かい感じ)
この学園には『学年』という概念がない。学ぶ工程、内容、速さ、習得する技術、と多方面において十人十色であり、それぞれ目的や目標も違う。成長期間は生徒それぞれだという考え方で力を磨いている。そのためか、数歳年上の生徒がそこそこいても、不思議ではないのだ。
声をかけてきた方々をよく見てみると、大人のお姉様な雰囲気である。三日月から見て、太陽よりもちょっと若いくらいだろうか。
(いいなぁ~、お姉様方はとてもお美しいのです)
それにやっぱり上流階級の方々は立っているだけでもキラキラ輝きを放っているなぁと、彼女は憧れの眼差しで眺め、頬は桃色に染まってゆく。
そんなことを一人考えニコニコと後ろからついて行っていると、くるんと振り向いたアイリからあることを尋ねられる。
「ねぇ、月ちゃん。あなた、こないだの娘でしょう?」
「えっ? こないだ……? こないだ、こな……いだ、デスカッ?!」
(あれかぁー! アレのことなのでしょうかぁー!?)
あの出来事が再び、三日月の頭の中でこんにちは。ラウルド=カイリとのプチ騒動のことだろう察した。大変だ、何言われるのか、どうしようかと、また勝手に悪い方向へと想像を膨らませうーんうーんと頭を抱えている彼女を見たアイリはふふっと笑い「あらあら! 怖がらなくても大丈夫よ?」と、話し始めた。
「あの日は、カイリが大変ご迷惑をお掛けしたみたいで」
「……?」
(んっ? カイリって? ラウルド様のこと??)
「弟に代わって、謝らせてちょうだい」
「ふぇ……!?」
(エッ、今、弟って言いましたか?)
「嫌な思いをさせて、ごめんなさいね」
「エッ……」
(それって、まさかー!?)
三日月は驚きすぎて、お目めまんまるキョトン。
体の動きは機械のように、全停止してしまった。
「あら? まぁ、うふふふ。びっくりしたのかしら?」
はっ!! ふと、我に返った三日月。
「し、失礼しました。その、申し訳ありま――」
そう言って頭を下げようとした彼女に、アイリは「待って待ってー!!」と、両手をバタバタして大慌て。謝っているのは私の方よ~! と言われ頭を上げた三日月はまた、目が合う。
しかし先ほどとは違い、和やかな雰囲気で笑い合ったのだった。
「では、そろそろ参りましょう。三日月様、先生がお待ちなのでは?」
「え、んあぁー……ハイ」
(約束はしていないのですが、えへへ)
ミラクの気遣いに、また感激する三日月は、思う。
(こんなに優しくて、品の良い方々とお知り合いになれるなんて、すごい奇跡かも……でもまさか、あのカイリお坊ちゃまのお姉様だったなんて……信じられないですねぇ)
「改めて。私は【ラウルド=愛衣里】、カイリの実の姉ですわ。この学園では主に、歴史などの講義を担当しておりますのよ」
「んきゃ!?」
(な、なんと、しかも先生だったぁー!!)
もう驚きすぎて脱力感が半端ではない。
(わたし、このままじゃ大会前に疲れて、力尽きて、倒れちゃうかもしれない……デス)
彼女は心の中で『今からラフィール先生の所にも行くというのに心が持ちません』と、嘆いたのだった。




