必話02-1 消したい記憶 (事件)
――わたしが力を使うと、大変。
「幼い頃の記憶の原因は、きっと、この強さのせいだから……」
◇
ルナガディア王国の中心に位置する月の都。
その都を護るように周りには五つの森がある。中でも一番活気のある森――【光の森キラリ】は、三日月が生まれ育ち、十三歳まで過ごした場所だ。
『月の御加護を受けた奇跡の子』と言われ、大切に護られながら育った彼女。しかしその能力や魔力に、どれだけの力があるのかは分かっておらず、未知数とされていた。
強大となる可能性を秘めた三日月の力を知る者は、キラリの森でも一部関係者のみ。その『力の存在』の意味を認識する数少ない者の誰もが、三日月に手に紋章が表れた瞬間から期待と希望ある未来を夢見ていたのだ。
そんな美しいキラリの森を護る守人の役目を担うのは、上級魔法師の【望月】――三日月の母である。
三日月は、その愛ある厳しい指導により、わずか三歳で精霊との会話や、全属性の簡単な魔法を習得する。そして四歳になる頃、自己流の治癒魔法までも開発してしまう程の力を発揮した。しかし当の本人はまるで、遊びの延長のように楽しく力をつけていったのだ。
その頃、一緒に望月の訓練を受け学んでいたのが、メルルとティルである。二人は三日月が生まれた時から傍に寄り添い、セレネフォス家で同じ屋根の下、姉妹のように暮らしてきた(メル・ティルとは、二人を呼ぶ時の愛称として三日月が付けたものである)。
◇
森の皆に大切にされ、愛され、すくすくと育った三日月。楽しく穏やかな日々を送っていた、ある日のこと。
キラリの守人である望月が、森近くで不穏な動きを察知した。
「何か、良くないことが起こる気配がするわ」
望月は青ざめた表情で、寒気を感じ上着を羽織る。
「承知した、森の警戒を強めよう。応援も要請しておく」
そう答えたのは当時、王国騎士であった三日月の父――【雷伊都】である。
万全の備えをしようと、すぐに行動を起こした二人の予想をはるかに超える速さで、望月の予感は的中。
それは、事件の夜のこと。
ライトは応援要請のため、中心の都へ向かい不在。せっかく中心の都まで行くので三日月の誕生日プレゼントを買って帰る約束をして、朝から出かけていった。
夕方には帰る予定だったが、この日は天候不良もあり雨の中の移動。予定よりも少し帰りが遅くなっていた。
――そして事件は、ライトが戻る少し前に起こってしまう。
三日月が五歳の誕生日を迎える日(七月七日)の前日、六日の夜にそれは起こった。
「望月様、た、大変です! 月様が」
三日月の家近くで、見張り役として望月に仕える剣術師【ロゼ】が、血相を変えて駆け込んできた。
「申し訳ありません、何者かが、うぅぐぅっ……」
キラリの森ではライトの次に腕の立つ剣術師ロゼが、膝をつくほどの酷い怪我をしている。
「ロゼ、どうしたというの?! その傷は……大丈夫なの?」
「私は大丈夫です、それより望月様! 何者かが侵入、襲ってきたのです。数人で戦っておりますが、我々で敵う相手ではない。お早く……お急ぎください! 月様の元へ」
「――そんな」
(こんなに早く、なんてことなの! 気配を感じながら侵入に気付けなかった……こんな事態になるなんて)
望月は不穏な動きに気付きながらも、自分の行動が遅れたことを後悔し、悪い考えばかりが過ぎる。
「月、三日月ッ!!」
倒れている我が愛娘を見つけると、望月は抱きしめすぐに鼓動を確認した。
「「「望月様!?」」」
「……だ、大丈夫よ。良かったわ、気を失っているだけみたい」
ひとまず安堵した望月は、すぐに“母”の顔から“守人”である自分に気持ちを切り替えた。
「皆さん、無事ですか」
「はい! 実は、ロゼが望月様の元へ報告へ向かってすぐに、この方々が現れ助けて下さいまして……」
そこには、身なりのしっかりした旅の者が五人、そしてその中心で守られるように顔を隠した男の子が一人、立っていた。
「旅の途中で近くを通りがかり、襲いかかっていたのが【悪】の気配でしたので。つい手が出てしまいました」
旅人の一人が、何があったのかを簡潔に、その状況を話す。
「あ、いえ。とても助かりました。あなた方は、皆の命の恩人です。感謝致します」
そのすぐ後に、ライトと応援に連れてきた数人の騎士が帰宅した。
助けてくれた旅の者たちの協力を得て、詳しく状況を聞いた後、数日間は周辺の調査や対策をすると、話はまとまった。
◇
(わたしの記憶は少し曖昧で、パニック状態で覚えていない部分も多くある)
後で聞いた話で【悪】と呼ばれる敵たちが狙っていたのは、わたしの髪とその存在そのものだったらしい。
珍しい“ホワイトブロンド”の髪色。そして、どこから情報が漏れたのか? わたしの存在を知った者たちが、その力欲しさに襲ってきたのだろうという結論になった。
しかし連れ去られそうになった瞬間、危機回避能力の発動により、ありったけの魔法を一人の悪人にぶつけてしまったらしいのだ。
幼いわたしは襲われたその瞬間、どうすればいいのかを判断できずに、自分の身を守る行動として、持つ魔力のほぼ全開放をしてしまった。
その相手となった悪人は、そのまま他時空に飛ばされ、しばらくの間帰ってこれずに真っ白な世界を彷徨っていたという。
しかし、放置しておくのは空間の歪みに関わってくると懸念され、その後、元の空間へと引き戻され、悪人は捕まった。
この事件がきっかけで、より厳しい護りが森全体に張られ、警備強化されたという。
◇
「「三日月ちゃん! 五歳のお誕生日おめでとう!」」
パチパチパチ♪
「あ、ありがとうございましゅ……」
心に傷のように残る体験をした三日月だったが、無事に五歳の誕生日を迎えた。
――七月七日の夜。
森の皆はもちろんのこと、なぜか森の危機を救ってくれた初めて会う旅人たちや、王宮から応援に来たという強そうな騎士たちに囲まれ、盛大な誕生日会でお祝いされた。
怖い思いをしたが、たくさんの人たちの愛を受け、五歳の誕生日は三日月にとって特別で楽しい思い出となった。
だが、事件があってからは。
自身の心が信頼できると判断した者以外から、髪に触れられることが怖くなり、またあんなに好きだった魔法も発動前に迷いが生じ、コントロールが上手くできなくなってしまった。
何が最善策か。
――消したい記憶?
しかし必要かもしれない記憶。
人並みならぬ力(能力・魔力)の証である月の紋章を持つ三日月のことを、今後狙う者が現れぬように、その力と浮かぶ紋章。そして三日月の存在すら。静かに隠されたのだった。




