24 文化交流会1日目~終わりに~
色々あって……ユイリアとの魔法勝負を受けることになった三日月。
参加予定の大会についての説明を、メイリからひと通り聞くと、ひとまず今日のところはユイリアへ会わずに済むよう話をまとめた。
「では月様、明日はよろしくお願い致します。ユイリア御嬢様には私からお伝えしておきますので」
「え、あっ、はい。承知しました」
メイリの口調や表情はにっこりと――安心した、という思いが伝わってくる。今なら年相応にも見える可愛らしい笑顔は、会ったばかりの時から想像もつかないほどに柔らかい。
「ふぅ……本当に良かったです。この度はありがとうございました、心より感謝申し上げます。では、また明日!」
「はい。また、明日」
大きく手を振るメイリはご機嫌に、自身の守護精霊をぱぁーっと踊らせながら颯爽と去ってゆく。その笑顔になんとか応えた三日月は複雑な気分で彼女を見送っていた。
そんな三日月の心境を知ってか知らずか。
「うしっ! んじゃー俺たちも行くか」
「「うっしっし~!!」」
太陽と双子ちゃんは、何やらウキウキ楽しそうである。
「ま、待ってぇー、はぁ……」
――『やるからには精一杯、本気で』
(とは、言ったものの)
勝負を受けてしまった三日月。
体中の空気を吐き出すような溜息をつくほど、実は悩んでいた。
その理由とは。
彼女、実は魔法を実践で使うのが好きではない。というよりも、苦手意識からか? 自分は魔法があまり得意ではないと思い込んでるからだ。
(まだ、魔法を使うのはちょっぴり怖いなぁ)
そう。ただ単に、というわけではない。
――原因は、幼い頃に遭った事件にあった。
しかし幸いなことに、文化交流会での大会は全て、敵に見立てたレプリカに攻撃する。
この学園の信頼できる優秀な講師たちの作った、魔法壁などが主。本番さながらの大会とはいえ、多少気が楽である。
そして万が一の事故を想定し、参加者の周りには必ず『守りの魔法線』が張られ、観客を守るための配慮もバッチリなのだ。
(あとは自分の力を信じられるか、最善を尽くせるかどうか)
「ただそれだけ……だよね」
三日月は自分だけが聞こえるくらいの声で、呟く。
「さてと、俺たちまだ大会見て回るんだが、月はどうするよ?」
「どうするる~ん?」
「くるくる回るよぉ♪」
(太陽君たちはすごいなぁ。元気いっぱいで)
「うーん、ごめん。わたし今日は少し休んで帰ろうかな」
「そうか? んじゃまた明日な、気ぃ付けて帰れよ~」
「うん、ありがと」
授業の日はほぼ毎日、昼休みに一人で時間を過ごしていることを知っている三人にとって、彼女の発した言葉は何の違和感も持つことはない。
じゃあね〜と手を振り歩き出した三人へ、彼女もまたニコッと笑み手を振った。
「「たいよ-にゃんにゃーん♪ ジュース飲みたぁーい!」」
「にゃんは、やめーいッ!」
太陽とメルルとティル。
三人の楽しそうな後ろ姿を三日月はいつものようにほやぁっと微笑んで見つめ、思う。
(本当に仲良いなぁ……って、ん?)
「どしたの、たいよぅく――んぇ!?」
と、すぐに太陽は振り返り足早に戻ってくると、彼女の頭をぽんぽんして一言。
「月よ、あまり考えすぎるのはいかんぞ」
「えっ? あ、エヘヘ……ハィ」
不安や緊張を感じ取ったのか、太陽は安心させるように笑いながら言った。
彼はいつもそうやって気付かないふりをして、本当は人の感情に敏感で変化にもすぐに気付き、さり気なく動く。そう、誰よりも周りをよく見ている。
(鋭い“観察眼”ってやつです!)
「じゃあな」
くしゃくしゃくしゃー!!
「んにゃあぁぁ!」
「はっはっはー、油断すんな〜」
いつものやり取り、その二。
頭ぽんぽん、髪くしゃくしゃ〜。
「もぉー太陽君てば! くしゃくしゃ、やめてぇ」
三日月はほっぺたをぷーっと膨らませる。
(あっ……なんだか、いつもと違う?)
この時の太陽は普段より柔らかい表情で、違った雰囲気を三日月は感じた。
――今日は、くしゃくしゃ~っていうより、ヨシヨシ~ってされた気分。
(心配して? 元気づけてくれてるのかな)
「気負うな気負うな〜」
「あはは、もぉ……うん」
(ありがと、太陽君)
最後には二人、フフッと笑い合い手を振る。改めて「また明日」と別々の方向へ、歩き出した。
◇
それから――。
三日月が向かった先は、学園内に作られた『花のお散歩コース』。
年に一度、皆が楽しみにしている文化交流会のためだけに、担当した生徒が一からデザインし作り上げるという素晴らしい花園は、毎年まったく違ったイメージで出来上がるという芸術的な空間だ。
「わぁ……すっごく綺麗」
この時にふと思い出したのは、中央広場での打ち合わせの際に、自由わがまま自尊心つよつよのお坊ちゃま、カイリから誘いを受け、普通に断ったらプチ怒られ不愉快になった、あの出来事。
「あぁーうん。思い出したくなかった」
(そうそう。元はと言えば、カイリ様がわたしに話しかけていらっしゃるからこんなことに巻き込まれて……明日の大会に出ることになってしまって)
深い溜息がもれる。
しかし、そんな気分も一瞬で消える。
「素敵……」
見上げた花々の隙間から見えた夕空に、今度は良いことを思い出し微笑んだ。
(そういえばあの時、星様が「交流会の花飾り準備をしている」って言ってたなぁ)
「ここ、星様とクラスの方々で一生懸命に作った飾りなのかな」
想像するだけで楽しそうだと、三日月は心弾む気持ちになる。そして気付けば花園の真ん中まで歩いていた。
そこで立ち止まり、ゆっくり深呼吸に瞬きを一回。自然と口元はにこりと緩んだ。
「お花の種類もたくさん。キレイ……もう、ずっと、ここにいたいなぁ」
(あーあ。時間が止まればいいのに)
「君なら大歓迎さ」
(えっ?)
そんな非現実的なことを考えていると、後ろから穏やかで優しい声が聞こえてきた。高鳴る鼓動を抑えようと左手を胸に当てた三日月は、振り向く。
「あっ!」
フワッとなびいたホワイトブロンドの髪が、夕陽でキラキラと光る。
「――っ」
(三日月……君はまるで女神だね。綺麗だ、とても――見惚れてしまう)
セルクは心の中だけでそう呟くと、平常心のままニコッ。
「ずっとここに、いてもいいよ」
「星……さま」
「ようこそ。僕らの『フラワーガーデン』へ」
(まさか、ここで会えるだなんて)
「星様が……ここに……」
「うん? 月、どうしたの?」
驚きと同時に今、花園で彼に会えたことがとても嬉しくてたまらない。そんな三日月の潤んだ瞳は、ぼーっとセルクのことを見つめていた。
すると。
「大丈夫かな、具合でも悪い?」
「ふぇ」
無意識だった。
彼の穏やかな声でハッと我に返った三日月は、恥ずかしさでいっぱい。ぽかぽかと体温は上がり、頬はピンク色に染まってゆく。
「んあーあの、何でもないのです! とっても元気いっぱいなのです!」
「そう? それなら、良いけれど」
「はい! それにしてもここのお花、光輝いて本当に綺麗で。見入ってしまいます」
(ふぅ。お花はもちろんですが、わたしは星様の綺麗な瞳に、見惚れてしまっていたのですが)
花には微弱の光がまるで水滴のようにキラキラと輝き、リラクシング効果魔法が付与されているのだということがひと目で分かる。
それだけでも、とても癒されるのだ。
「お褒めいただき光栄です、三日月姫」
そう言いながら彼は悪戯な笑みを浮かべ、左手を自身の胸に当て丁寧なご挨拶にお辞儀をする。
「んうぅぅ……揶揄うのはやめて下さい!」
「ふふ、いや、揶揄ってなどいないさ」
(僕は心から、そう思っているんだ)
彼がいつも以上に楽しそうに笑う姿を見ると、彼女もなんだか嬉しくなる。
そしてまた感じるのは、自分の心の奥深くにある、凍った部分がゆっくりと融けてゆくような不思議な感覚と安心感。
「……もぉ」
――星様がいてくれて、良かった。
(あんなに一人でいることが好きだったわたしが、こんな風に思えるなんて)
彼と話していると、笑顔が絶えず、いつも時間があっという間に過ぎてゆく。
明日のことを考え憂鬱な三日月だったが、この花園でセルクと偶然出会い、並んで散歩しているうちに、いつの間にか気持ちが落ち着いていた。
「少し、暑くなってきましたね」
「そう? では、近くの木陰で休もう。きっと涼しい風が吹いてくるはずだから」
(さっ、爽やかだーッ!)
ニコッと優しく笑いかけるセルクの前髪が、風に揺れる。
サワサワサワ〜……。
二人の会話に、木々の揺れる心地良い音が重なり流れる。
どのくらい時間が経っただろう。
屋上扉前で会うようになったとはいえ、外でこうしてのんびりと過ごしたのは初めてだった。
色々と大変だった文化交流会一日目も、最後はこんなに素敵な花園に勇気づけられ、穏やかな気持ちで終わることが出来た。
(終わり良ければって、よく言うけれど)
「星様のおかげです」
三日月は聞こえないくらい小さな声で、微笑みながら呟いた。




