23 文化交流会1日目~メイリのお願い~
「わがままを言っているのは承知です。巻き込まれた月様には、大変お聞き苦しいとは思いますが、ぜひ、私の話を聞いていただけないでしょうか? このような状況になってしまった訳を、お話いたします」
メイリの真剣な表情から、本気さが伝わってくる。そして、彼女の周りには、数粒の守護精霊と思われる光が舞っていた。きっと、無意識に自分を守っているのだろう。
冷静な判断ができ、堅実で、警戒心がとても強い。こうしてずっと、ユイリアを支えてきたのだろうな、と感じた。
(きっと、ユイリア様のことが大好きで、大切に思っていて、なんとかしたいって。心から思ってるんだ)
メイリの言葉と空気に、誠実さが伝わってくる。
「分かりました」
三日月は自然と、そう答えていた。
すると彼女は「ありがとうございます!」と少しだけ笑み、重たい口を開く。
そうして彼女から語られた内容は、上流階級の御令嬢(というよりも“王女”という立場)に生まれたからこその苦難や、カイリの対応と関係。
わがままで手に負えないように見えるユイリアが、心に抱える戸惑いをどうしてあげたら良いのか、というものだった。
◆
【芽衣里からのお話】
海偉里様と唯莉愛様は、生まれた時からの許婚。
そう、本人たちの意志に関わらず親同士で“結婚の約束”がなされたのです。
周囲の心配はありましたが、幼い頃から会う機会も多く、遊んだり、本を読んだり、お勉強をしたりと、ご一緒の時間を、いつも楽しく過ごされていました。
「将来どうこう、その許婚などとは気になさらず、ただただ、仲睦まじく……」
二人が自然と仲良くなっていく様子を見守ってきた双方の親も「これなら大丈夫であろう」と、安心しきっていたといいます。
しかし、ミドルスクールを修了するという日に、ある事件が起こりました。
カイリ様と同じクラスにいたご友人が、いつも仲良くお二人が一緒にいることを羨ましがって『身分』の違いを茶化したのです。
「カイリの方が下級なんだろ? カッコ悪い!!」と……。
年頃のカイリ様にとって、悔しいの気恥ずかしいのって。その上プライドの高い、お坊ちゃまです。
お怒りになったカイリ様は「あんな不細工、仕方なく一緒にいるだけだ! 僕の好みでもないし、それに許婚といったって、親が勝手に決めたもの。本当は昔から嫌だったんだ!」
そう友人に言い返したのです。しかし、恐らくそんな気持ちは微塵もなかったと思います。
そこに偶然ユイリア様がいらして、話しているのを聞いてしまったのです。
その場に立ちすくむ悲しそうなお姿と、愛らしいくりくりの大きな目に、涙をいっぱい浮かべたお顔が、私は今でも忘れられません。
それからというもの、カイリ様はユイリア様を避けるようになり、ご一緒に歩く姿は見られなくなりました。もうニ年以上、お話している様子も、挨拶を交わされるとこすら、お見かけしたことがございません。
双方の御両親もこの状況に、お気付きになってはいるのですが……。
お二人に理由を聞こうともされませんし、もうしばらく見守ろうと、お話はまとまったようで。
カイリ様は口下手で、プライドの高い御方です。弁明されるわけもなく、時は今日まで過ぎてしまいました。
それでもユイリア様は、あのようなことがあった今でも、カイリ様に想いを寄せていらっしゃいます。
婚約の解消もされていない以上、お嬢様としては、以前のように仲良くお過ごしになりたいと願っておりますが。
その、お相手のカイリ様はどうなのか? 今後どうなさりたいのか? 避けているばかりで、その真意は分からぬままなのです。
◆
「このままでは、お嬢様が可哀想過ぎます」
そう呟いたメイリの目は、涙をこらえているように見えた。
話を聞いていた三日月と太陽、メルルとティルはしんみり~とした空気で彼女を見ている。
すると突然!
「月様!」
「はっ、はい?!」
メイリは三日月の両手をガシッと握り、その瞳を合わせると真っすぐ見つめてきた。
ビックリするぐらいの大きな声で名を呼ばれ、あまりの驚きに同じく大きな声で返事をしてしまう。
「カイリ様がなぜ、月様の髪にこれほど執着なさるのか。私共には解らないのです。ただその事で、ユイリア様はすっかり勘違いをなさってしまって」
「そ、そのようですねぇ」
(ひしひしと感じています〜)
「はい。もちろん、月様の髪色がとても珍しいというのは存じております。が、あんなに感情を表に出し、執拗なまでに追うカイリ様を、あまり見たことがなかったので」
「うーん、何か理由があるとは思いますが」
「そう……そうですよね! しかしこのままでは、ユイリア様は納得をされないのです。勝手だというのは分かっています。しかし、私のお願いを聞いてくださいませんか?」
「えっと。どのような?」
(何を言われるのか、コワいのですが)
「お嬢様の……ユイリア様の勝負をお受けしていただけないでしょうか!? 恐らくお嬢様の性格上、戦って勝負さえつけば、どちらが勝とうが気が済むのだと思います。理不尽なお願いしていることは、重々承知の上、どうか」
「それは……ってぇーあぁぁ!!」
(メイリ様はそう言うと頭を下げようとしたので、わたし! 全力で止めましたよっ!)
そんな中、とんでもないことを言われるのかと思っていた三日月は内心ホッと安心する。
「お願いは分かりましたが、その……ユイリア様が言っていた、勝負に負けたら髪を短くしてほしいというお話は、どういう意味があるのでしょうか?」
それはぁ~と、薄い目で遠くを見るように逸らす顔は、とても引きつっている。メイリはモゴモゴと口籠りながらも言いにくそうに質問へ答えた。
「あ〜えっと、あれは~ですね、そのぉ……嘘です。ユイリア様は本気で申してはおりません。そうですね、分かり易く言いますと、月様に対して、やきもちー? でしょうか。月様のお美しい髪を気になさる、カイリ様の様子を見ているのが、お嫌だったのでしょう。そうです、そうなのです! 今回の件、お恥ずかしい話ですが、簡潔にまとめますと『ユイリア様のやきもち』、なのです」
「あ、えー……そういうことだったのですね、あはは〜」
(なるほど。じゃあわたしは、お坊ちゃまとお嬢様の喧嘩に、運悪く巻き込まれたというわけですネ)
はぁーそうなんだぁと、三日月の口からは大きな溜息が出ていた。
「何とお詫びを……重ね重ね、申し訳ございません」
(そしてまた! 頭を下げようとしたので、全力で……太陽君が止めましたッ!!)
そこでずっと黙って聞いていた太陽から、悩みに悩むメイリを助けるための一言が発せられる。
「月よぉ、俺はあまり若者の気持ちっちゅうやつ? 恋だの何だのは解ってやれんのだが。これがきっかけで、お坊ちゃまとお嬢様が仲良く戻るかもしれんのだったら、勝負してやってもいいんじゃないか? どうやら勝ち負けじゃないんだろうからな。そうだ! 俺らでその誤解の全てを解決してやろうじゃんか!」
「ま、待っ……?!」
「「んにゃあーたいよーやさぴー♪ メルルとティルもやるやるぅ」」
(お二人さんまで、やる気満々で)
「おーさすがだぁ、やっぱりいい子いい子は、お前たちだな!」
太陽がメルルとティルの頭をくしゃくしゃ〜ナデナデして、いつものように双子ちゃんは『キャッキャッ』と喜ぶ。
(楽しそうで、何より)
「本当ですか?! 皆様、ありがとうございます!」
(ちょっと待ってみんな。実際に出場するのはわたしなのですが……)
そう言いかけた三日月だったが、お互いに素直になれないままニ年以上もおしゃべりしていないという、頑固な二人をどうにかしたいというメイリの切実な思いを感じる。
そんな話を聞けば手伝いたくもなってくる、というものだ。
「メイリ様。分かりました、お受けします。でも、やるからには精一杯、本気で――」
「よぉーし! よく言ったぞ、月」
「月様……ありがとうございます!」
「あ、う、いぇ。ハイ」
こうして、メイリのおかげ(?)で、ユイリアからの勝負申し込みについての謎は解けたが、しかし。結局のところ、三日月はその魔法勝負を受けることになってしまったのだった。




