21 文化交流会1日目~勝負のお誘い~
太陽が出場した"魔法の壁アタック大会”(三日月が言ってる)。彼自身は色々と考えることもあるが、めでたく総合一位という結果で無事に終わった。そしてメルルとティルのヨシヨシのおかげもあって「次はどこ行く~」と四人で楽しく元気に、中央広場を見て歩いていた。
すると突然!
ぞわッ……。
「――ッ!?」
三日月は背筋に凍りつくような緊張感を感じ、立ち止まる。そのいやぁ~な悪寒と気配に戸惑いながらも、ゆっくり振り返ってみると。
(うわぁ……嫌な予感的中デスねぇ)
「こんなところで会うなんてね。三日月さんだったかしら?」
「はい。御機嫌ようございます、ユイリア様」
「あら、どうも」
苦笑いでも丁寧な三日月の挨拶にユイリアは応えるが、ずいぶんとご機嫌斜めな様子だ。その後は無言で三日月のことを、ジーッと睨むように見ている。
(綺麗なお肌に、整ったお顔。でも……)
「……」
「……あ、あのぉ」
(やっぱりわたしへ向けられる視線が、とても恐いのですが)
「よぉ~これはこれは、こないだのお嬢様では? ご機嫌はいかがですかい」
三日月の少し先を歩いていた太陽が、後方の異変に気付く。そしてすぐに引き返し、ひょいっと二人の間に入る。その大きな体は三日月を隠すよう前に立っていた。
「また、あなたですの?!」
陽気な太陽の声を聞いたユイリアの眉尻はピクリッ! 不機嫌の矛先は一瞬にして三日月から太陽へと切り替わる。
「おぉっと、そう怒るなや。俺はご挨拶をしただけなんだがな~」
「なっ! あなた、私を誰だと思っているのかしら? いい加減に――」
「ユイリア様!」
興奮状態で怒り始めるユイリアを、側近らしき子が止めに入る。
(あ……この人こないだも。確か、メイリ様だったかな?)
前回とても堅実そうな彼女から三日月は『挨拶なさい!』と怒られたことを思い出す。
(ユイリア様にも厳しくおっしゃるなんて……スゴイ)
「それから太陽様、でしたか? ユイリア様を揶揄うのはお止めください」
(うぉ~スゴイとか思っているそばから! 今度は太陽君が怒られてしまったぁ)
「んっ? 揶揄ってはいない。ただ、大事な友人にしつこく絡んでくるんは、ちと気に入らんがね」
「太陽君……」
(うぅ、なんて優しいお兄ちゃんなんだぁ)
「どういう立場でそのようなことを仰るのかしら。あぁ、なるほど。あなた方は、ご存じないようですわね。はぁ……まぁ、いいでしょう。私達と違って一般クラスですもの。無理もありませんわね」
「おぅ、なんでもいいけどよ。まぁその、なんだ。あんまり上流だの一般だのって、目線を変えるようなことは言うもんじゃないぜ」
(このままだとちょっと! えっと、そ、そうだ! 場も少し温まったところですし……)
今は背後からゾーッと感じた、あの凍るような空気感は消えている。
(逆に燃えるような闘志が見えてきそうですが!)
「あ、あのぉ……ユイリア様」
「なっ、なによ! 私に何か、文句でもありますのッ?」
「いーえいえ違います! その。わたしにご用があったのではないかと、思いまして……」
三日月は勇気を出して、恐る恐る尋ねる。すると急に顔を真っ赤にしたユイリアはハッと、思い出したかのように「そうでしたわ!」と一言。
それからコホンッ! 咳払いをすると、その可愛らしい顔に似合わず眉をひそめた表情を再び作り上げると、堰を切ったように話し始めた。
「お、お話は先日の件ですわ! やはり納得がいきませんの」
「そう……言われましても」
「ですから、月さん」
「ふ、はひ?」
(え? 太陽君の影響でしょうか。なぜか親しむように、月さんと呼ばれた気がするのですが)
「私と、この大会で……」
「大会?」
ビシーッ!!
「――【魔法勝負】をしていただきますわ!」
(フッ、決まりましてよ)
左手を脇腹に、右手をシュパッと三日月に向けて決めポーズをしたユイリアは、たいへん満足気なご様子。
「えっ……」
(今、なんと?)
「ほぉ~ほぉ~、そりゃ面白い話やなぁ」
「「おもしろー!! がばれにゃー♪」」
「ちょっとみんなぁ、ひどーい」
行け行け! モードな太陽とメルル・ティルに涙目で抗議する三日月。その姿に勝利を確信したのか、ユイリアは「ふふん♪」と鼻を鳴らし、話を続ける。
「言っておきますけれど。私、上流クラスの中でも一目置かれるほどに、成績は上位ですの。まぁ、もしも、もしも! 月さんが全く自信がなくて、一ミリも勝てそうにないと仰るのであれば、勝負は魔法以外でも許しましょう。何か、別の方法を考えてあげても良くってよ」
「さすがユイリア様! お心が広い」
ユイリアはなぜか上から、自信満々で三日月に勝負を挑んできた。しかも側近から、その寛容さを崇められたような言葉と眼差しを受け、気分は大変良くなっている。
「いえ、そういう話では……って」
(ん?)
「なにかしら? 聞いてさしあげますわよ」
(いやいやいやいや、ちょーっと待ったぁ!)
「おっほほ! 先程の勢いはどうしたのかしらね?」
(うん。これって、おかしいよ!)
三日月は「ふぅ」と一回深く深呼吸をした後、気合を入れ直し答えた。
「あの、ユイリア様。先日も一方的なご質問ばかりで、今日もまた突然の勝負と言われましても、よく理解できません」
そもそもが勝負する理由や本当の目的も、一体ユイリアが何をしたいのかもよく分からないのだ。
最後、三日月は「お受けできません!」と、やっとの思いで気持ちを言い終えた。それを聞いたユイリアは、黙って三日月の方を冷たい視線で見ている。しかも腕を組み、今にもお叱りを受けそうな雰囲気だ。しかし、ユイリアよりも先にもう一人のお付きの方からの反撃がやってきた!
「ちょっとあなた、ユイリア様になんて失礼な態度を! 謝りなさいよッ!!」
「ふぇッ」
――ビクッ!
(あわわわぁーはい、分かっていますよぅ! 上流の方々への発言には気をつけろ、言うことは聞いとけってことですよねぇ。でも、そんなの)
上流階級の方は皆、急に怒るのかと勘違いしてしまいそうなくらい、ここ最近ビクビクしてばかりだ。その大きな声には三日月だけでなく、太陽やメルルとティルも驚き『うほぉー恐ッ』と呟いていた。すると、冷静さを取り戻したユイリアが口を開く。
「おやめなさいシャル。いいわ。特別に理由をお話してさしあげますわ」
(そうそう、お名前はシャル様だ。こないだも怒鳴っていたのは、この方で……)
「「ユイリア様?!」」
(おぉーすごい息がピッタリ! メイリ様とシャル様、すごいのです~って! 違う違う)
「いいのよ。その代わり月さん、あなたは私との勝負を必ず受けることが条件よ。そして私が勝ったら……」
「いえ、わたしは『特別に理由』とか、聞きたくありませんし、勝負は……」
「その綺麗なブロンド色の髪を――短く切って下さらないかしら?」
ドックン。
(どうして、髪を?)
「はぁ? それはねぇだろうが、お嬢さんよぉ!」
(あぅ、太陽君が怒ってくれてる)
「「全力阻止! はぁぁ!!」」
(あはっ、メルルとティルまで!)
「みんにゃありがと、うぅぅ優しいよぅ」
少し目頭が熱くなる三日月。ここ最近、なぜか様々なトラブルに巻き込まれ上流階級の方々に振り回されている。おかげでかなり心身を消耗し疲れていた。そんな中、太陽やメルルとティルの優しさはありがたく身に沁みてゆく。
しかしながら、この状況が変わるわけではない。
ユイリアからの理不尽な言葉を受け、返事をする気力もなくなっていた三日月。シャルからの怒声が飛んでくるのが恐ろしいのもあるが、今思っていることが上手く言葉にならないまま。
(もぉーどうしてこうなるのー!?)
ただ呆然と、その場に立ち尽くしてしまった。




