18 学園一のお嬢様
七月に入ると、文化交流会の準備が急ピッチに進められる。
(お手伝い~、お手伝い~)
今回、計画通り(?)交流会の係には任命されなかった三日月も「裏方やります、出来ることは何でもします!」と、懸命に準備を頑張っていた。
もちろん、各大会へ出場する気はゼロである。
そんな彼女が密かに心弾ませルンルン♪ と楽しみにしていることがあった。それは交流会がある二日間は、お祭りのように賑わう様々な『出店』の催しがあるからだった。
「んん~! 考えるだけでワクワクしちゃう♪」
(もちろん、交流会の成功を願って……ですが。わたしは出店が楽しみで、準備を頑張っているようなものなのです!)
話によると、美味しい食べ物屋さんや素敵なお菓子屋さんが多く並ぶという。さらに今年の大会は大掛かりなものを予定しており、例年以上の盛り上がりが予想されている。
「三日月ちゃん、これもお願ぁーい」
「ん? あっ、はーい! 任せてぇ」
そして今は、文化担当リーダーに頼まれた道具をクラスメイト数名で配置するために、メイン会場となる中央広場へよいしょよいしょと運んで~準備して~を、皆でせっせと頑張っているところなのだ。
「んーっしょ! ここでいーい?」
「うん、バッチリ! 三日月ちゃん」
「ねぇねぇみんな、お腹空かなーい?」
「空いたぁー」
「たしかに、ちょっぴり。ヨシッ、みんなぁ〜休憩しよー」
「わぁーい、賛成」
「わたし飲み物買ってくる~」
「あっ、わたしも行くー」
三日月のクラスメイトは皆、協力的で仲も良い。疲れなんて感じない! 楽しそうに文句ひとつ言わず動きっぱなしで、気付けば数時間が経過していた。
キャッキャと夢中に準備を続けた文化担当リーダーが「さすがにやりすぎたネ!」とテヘぺろ! 休憩のため一旦教室へ戻ろうと話し、片付け始める。
と、その時。
ぞわッ。
「――ッ!?」
(この感覚……)
準備をしていたクラスメイトと一緒に、教室へ戻ろうとしていた三日月は、ふと嫌な気配を感じ足を止める。
「なにかが……」
(来る――後ろに!)
「ねぇ、そこのブロンド髪のあなた。少しお時間いただいてもよろしくて?」
構えた三日月が思った通り何者かが後ろから近付き、上から目線な口調で話しかけてきた。
が、しかし。
その背後に受けた威圧感とは裏腹に、その声にはとても可愛らしさがあり、“悪い人ではなさそう”な人柄が伝わってくる。
「えっと……わたし、でしょうか」
恐る恐る返事をしながら緊張しつつも、ゆっくり声のする方へと振り返った彼女は、その一瞬驚き目を見開く。
(ふわぁあー! なんて可愛い女の子なのぉ~?!)
それはそれは、まるで人形のように可愛らしい御嬢様だった。
「あれ?」
(でも、着ている制服がみんなと違うような気が……)
声の主――可愛い御嬢様は、綺麗な普段着ドレスを身にまとい、気品溢れる姿で華麗に立っていた。明るめ茶色の長い髪はくるくるに巻かれ、ぱっちりお目めに綺麗な二重まぶたの整った顔立ちで、そこにいるだけで存在感がある。
(なんだかお姫様みたい。けれど、なにか、ちょっと?)
可愛い御嬢様の周りには取り巻きが二人。こちらを睨みつけるように見ている。目が合った御嬢様も見かけとは違い、腕を組み冷たい感じが少し怖い。
(うーん、何だか良くない雰囲気ですねぇ)
よくよく見ると、どこかで見たことのあるようなないような、誰だったかなぁ? と、そんなことを考えながら愛想笑いを浮かべていると、取り巻きの一人が、急に怒り始めた。
「ちょっとあなた! 【唯莉愛様】にご挨拶なさい!」
「え……えーっと?」
(ふえぇー!? 急に話しかけてきて、そんなに厳しい言い方ってぇ)
「いいのよ、芽衣里。気にしないでちょうだい」
「うぅっ……」
(その、『気にしないで』とは。そうおっしゃるお嬢様のお顔は、全く良いという表情をされていませんが?)
シーン…………。
辛い沈黙、痛い視線。
三日月はなぜ怒られているのか訳も分からず、何とも腑に落ちない気持ちのままで、時間だけが過ぎてゆく。逃げ出したいが、相手は上流階級の御嬢様。無視するわけにもいかない。が、これ以上面倒なことに巻き込まれるのはごめんだと、三日月は丁寧にお辞儀をしてご挨拶、用件を聞くことにした。
「は、初めまして。えーと、わたしに何かご用でしょうか?」
「あら、そんなにかしこまらなくても良くってよ」
(そうなのですか……ではどうすれば?)
口には出せず、しかし思わず心の中で、呟いてしまう。
「ふんっ、まぁいいわ。今日はちょっと、あなたに伺いたいことがありますの。よろしいかしら?」
「え、あの」
(こっ、コワイ)
知らない人との会話というだけでも苦手なのに、その上、強い口調と厳しい視線に圧倒され、三日月は完全に委縮してしまっていた。
「あなた」
「は、はい……」
「ラウルド様とはどういうご関係なんですの?」
「…………は」
――はいぃーッ??
拍子抜けするとは、こういう状況を言うのだろうか?
あまりの衝撃に声にもならず、ただただ彼女は呆気に取られていた。すると先程怒ってきたメイリが、また怒り始める。
「ちょっと、あなた! ユイリア様に失礼でしょ?! 黙っていないで、何とか言ったらどうなの?!」
「うッ」
(い、いや、だって。驚きの質問に力が抜けたのですよ)
三日月の頭の中は「一体、このお嬢様方は何を言っているのだろうか」と思いクエスチョンマーク? でいっぱいだ。それでも、やっとの思いで声を振り絞る。
「あ~、あのですね。何と言ったら良いか、その、ラウルド様? は、失礼ながら、お名前すら先日、知ったばかりなのです」
「な、なな、なんですってぇ!」
本当に、本当のことだ。
三日月は恐る恐る、そう返事をした。すると予想通り、いやそれ以上の激高した反応が返ってきた声にびっくり! 恐怖で後ずさる。
「ではどうしてっ?! お知り合いでもないあなたが、しかも一般クラスであるあなたがッ!! カイ……ラウルド様から舞踏会へ誘われたりするのですか!」
「いえ、どうしてと言われましても……えーと、その」
――そんなの、こっちがお聞きしたいくらいです!
彼女が何かをかけたところで、ユイリアの『めちゃ可愛いのに恐い!』という一風変わった怒鳴り声が、辺り一帯に響き渡った。その勢いに消されそうになりながらも、三日月は小さな声で話し始めたが、しかし。
「ちょっとあなたねーッ!? もっとハキハキと丁寧に話しなさい! ユイリア様に失礼でしょー」
「う、はぁう!!」
(もぉぉ、コワいのです)
そこへまた、もう一人のお付きの者が、強めの大きな声で攻めに来る。こうして突然叱られた三日月は、さすがにしょんぼり小さくなってしまった。
「紗琉! いいからあなたは黙って! 感情的にならないでちょうだい」
シーン…………。
周りは強烈な圧のやり取りに、静かに引いている。シャルと呼ばれたユイリアの付き人は「も、申し訳ありません」と、すぐさま謝っている。
(あわわー。お付きの方よりも、可愛いお嬢様の方が、今のわたしには本当にちょっと恐いですが)
「コホン。あら、失礼。では、改めてお聞きするわ。ラウルド様とは、お知り合いではない……と。そう、あなたはおっしゃるのかしら?」
「は、はい」
(すっごい迷惑は、かけられましたけど)
「そうですの……ふん、まぁいいわ。ではもう一つ、よろしくて?」
「はぁ」
(なんだろう? このまるで尋問されてるみたいな感じ)
恐いを通り越して、さすがに嫌気がさしてきた三日月は、そろそろお断りして帰ろうかなと思い始める。
だが、どうやってこの場を切り抜けようか? ボーッと考えていると、次の質問でお嬢様がガツンと攻めてきた。
「廊下で起こった、あの騒動ですわ。だいたい一般クラスのあなたが、なぜあの場所にいたのです? それから、どうして? 魔法科最高責任者である麗しきロイズ先生様と、まるでお知り合いのように会話し、最高峰の魔法であなたが護られていたのか。良かったら教えていただけますこと?」
(最高峰……だったのですネ?)
「……」
「あら? なぜ、黙っていらっしゃるのでしょう」
「…………」
(そもそも、この質問。わたしが答える必要はないのでは?)
いきなり怒鳴られたり、勝手な言いがかりを言われたりとうんざりした彼女は、心の中で『うん、ないない、応える必要なんてない!』との答えを出す。そしてこのまま笑顔で立ち去ろう! そう思い一歩後ろへ下がろうとした――その時!
とんっ。
「ほぇ……」
「へーい、黙秘しまーす!」
(この声って)
「な、何ですの? 誰ですか、あなた達は」
三日月は後ろを見てびっくり! そのまんまるな瞳を潤ませ安堵する。
「太陽君……メルルにティルも……うぅ」
「お~ぅ、助けに来たぞ~」
(なんという、グッドタイミングなのぉー!)
「いやぁ~上流階級の御嬢様方とはいえ、一人の女の子を数人でいじめるってぇのは、卑怯やないですかー?」
「「うちの子いじめないで! プンプン!!」」
(メルルとティルに“うちの子”とか言われると可笑しくて、吹き出してしまう)
「うっふふ! みんな、ありがと」
「い、いじめるですって!? 人聞きの悪い!! そんなこと、していないですわ」
「おーっし! 帰るぞ。月」
「ちょ、ちょっと待ちなさい! まだ話は終わってなくてよ」
ユイリアの声、もう怖くないもんと、さすがの三日月もこの状況にちょっぴりご機嫌斜め。その気持ちはついつい言葉に出る。
「一方的なご質問でしたし、目的もよく解りません。申し訳ありませんが、ここで失礼します」
「ちょ、ちょっとー、待ちなさいよー!!」
シャルは怒りっぽいらしく、声を荒げ三日月たちへ叫ぶ。それを再度制止したユイリアもまた怒る雰囲気を醸し出したまま黙って見ていたが、三日月は知らない気にしていないふりをして、その場を後にした。




