17 ひとりでいること
ある日の放課後。
「なんだかなぁ」
(今日は、一人でいたい気分なのです)
たまに三日月は、このような衝動に駆られる。
そして――。
「よしっ♪ 思い立ったら即行動!」
迷うことなくすぐに向かったのは、お気に入りの場所である屋上扉前の階段。
特に何か特別なことや、目的がある訳ではない。ただ、ふとした時に三日月はここへ来たくなるのだ。
キィー……。
いつもの屋上へ繋がる建物へ着くと、少し重たい扉を開ける。その時ハッと、いつもセルクに話しかけるため勇気を振り絞る自分の姿が浮かんだ。
会話はもちろんだが、名前を呼び合うのも思い出すだけで瞳がうるうるしてしまう。そんな緊張感マックスだったここ数日の記憶が蘇り、溜息が出た。
(頑張って呼ぼうとするんだけどなぁ……)
――『ほ、ほ、星様!』
屋上扉前までの、誰もいない階段を見つめながら、小さな声で言ってみる。
「んぅ゙ー……やっぱり恥ずかしいよぉ」
(星様はあの日から、ちゃんと【月】って呼んでくださるのに。それなのに、わたしは)
いざ彼を目の前にすると、なかなか名前を呼べない。
(やっとお名前言えても、すっごいぎこちなくて。思い出せば思い出すほど自分が情けなくなる)
「はぁぁ」
――セルクと互いの名前を教え合った日から、一週間。
いつの間にか友達になり、今や愛称で呼び合えるようになった。
いつだって新しい人との出会いは、嬉しいような、恥ずかしいような、戸惑いもある。そんな、様々な感情が交錯する。
(星様とお話する時は、なんだかみんなと違う気がするのです)
三日月はその心に灯る温かい光が何なのか? よく解らない。
「うん、今は気にしない、気にしない!」
タン、タッ、タン……。
「さてと、今日も行きますかっ!」
六階までの階段を、いつもよりゆっくりと上がっていく。すると、いつも三日月の傍で一緒に居てくれる仲良しな精霊たちが、彼女の足音に音階をつけ、歌い踊り遊ぶのを感じた。
次第に光はその姿を現し、三日月の目にも見えてくる。
幼い頃からこうして支えられてきた。どんなに辛く苦しい心も、嬉しくて幸せな瞬間も、精霊たちのおかげで不思議と安らぎ、もっともっと楽しくなれるのだ。
しかし今日は、心地良い精霊音楽を聴きながら、また、考えごとを始めてしまう。
「今日で六月も終わりかぁ。早いなぁ、もう七月に……」
――七月六日、七日が、来る……と。
そう、呟く。
この二日間は、毎年恒例の文化交流会が開催される予定だ。この学園で行われている年間行事の中でも、この交流会は一番大きなイベントと言われている。そのためか? 生徒だけでなく先生までもが楽しみだと意気込み、準備にはいろんな意味で気合いが入るのだ。
◇◆
(ハ~イッ、ではここで! 文化交流会の簡単なご説明をしたいと思いま~す♪)
【まずは、一日目】
文化祭でのお茶会や、飲食のできる出店。あとは能力、魔法等を使った力を発表する大会や、様々な参加型の催し物も予定されている。
【そして、二日目】
この日は私服が許される特別な一日。もちろん制服でも良いのですが、ほとんどの方はお気に入りの服装で出てくる。特に、お坊ちゃま方、お嬢様方は、思い思いの服を着て、交流会を楽しむ。もちろん! 私は制服を着る予定だ。
(なぜかって? それは可愛いからです♪ てへっ)
そして、問題は二日目の夜。一番のメインイベントである、舞踏会がある。参加をする生徒は、このダンスパーティーのグランプリを狙って、日々、練習に励んでいるらしい(すごいですねぇ)。
『なぜ、そこまで必死になって練習を?』
『このダンスパーティーが、楽しむ以外に一体何があるの?』
一年目の文化交流会で、私もどうしてだろう? と、不思議に思っていた。去年の今頃、説明を受けて「あぁ~なるほど」と納得した。
どのような目的で、行われているのかというと。
舞踏会で流される曲は二曲。なんと曲名は事前に明かされない。即、対応できる能力を見る、というかなり困難で! まるで、抜き打ちのテストのような大会だ。そのダンス技術のレベルによっては、かなりの高得点を獲得することができる。
そして、その得点は! そのまま学業成績や個人評価にも繋がるという。なるほど! それを聞けばグランプリを狙う方が多いというのも、頷ける。
ちなみに審査員は、名家の中でも上位の技術を持つ、奥様方。とても厳しい目で審査される。甘さを知らない、奥様方の審査では、得点を付けても、グランプリの出ない年もあるというのは、有名な話。
わたしは、出来れば舞踏会への参加はご遠慮させて頂きたい。と、いうわけで、今はどうやって回避しようかな~? と、真剣に考えているところなのだ。
◇◆
――タンッ!!
(精霊音楽に乗って♪)
「着いたぁ~」
(そうだ……少し本を読んでから、家に帰ろうかな)
「うん、決~めた」
こうして、今日ここで何をして過ごすかが決まった。
そしていつもであれば、屋上扉前の階段にシートを敷いて座る彼女だが。
――今日はなんとなく、違う気がして。
気付けば三日月は、自然と最初にセルクが座っていた場所を見上げる。
「たまには……良いよネ?」
屋上扉の前にある踊り場まで、行ってみたくなった。
タン、タン……。
一年以上通っているのに、実は踊り場まで来たのは初めてな三日月。もしも「なぜこれまで行かなかったのか?」と聞かれても、特別な理由は見当たらない。
それなのに今日は、その先を見たくなり、“踊り場まで行きたい”と思った。説明のつかない思考は、今の彼女自身でもよく解らない行動であった。
「さて、と」
屋上扉から差し込む光は、階段よりも少し眩しい。彼女は目を細めながら、お気に入りのシートを敷いて座る。それからいつも持ち歩いている鞄の中から本を一冊、取り出した。
手に取ったお気に入りの本。挟んでいたスイレンの花栞から、ページを開くと、続きの物語を読み始めた。
「……」
(ふぅ~何だろう、この気持ち)
時間を忘れるくらい大好きな読書。
それなのに今は、しばらく読んでいると、何かが足りないような。そんな気分になっていた。
(わたし、“ひとりでいる”のが、寂しいのかな……)
「――えっ? いーやいやいやいやぁ~そんなことはないない!」
うん、違うよ! 気のせいだ、思い違いだと、自分に言い聞かせる。
「……飲み物、あっ! そっか、そうだよぉ~うんうん。何か持ってくればよかったなぁ」
いつもは置いてるのになぁーと、下を向いた目線の先には、本に挟んでいた栞。
“キラッ――”
「ぇ……不思議。な、光? どうして」
屋上扉から差し込む穏やかな光が、横に置いていたスイレンの栞と反応し合い、キラキラとスイレンの花びらを輝かせているように見えた。
その目を奪われる美しさと惹き込まれる感覚に、思わず動けなくなる。感動にも似た胸の高鳴りは、一緒にいる精霊たちが、話しかけてきた。
((ヒトコイシイ?))
「えぇ?! そ、そんなことはないないよぉ!」
(そう、いつも私の側には精霊さんたちがいるから)
――サミシクナンカナイ。
「よぉし! みんな~お歌うたってくれるかな?」
((うぴゃっうぴゃ〜))
♪………♪………♪
(可愛い精霊さんたちがいてくれて、良かった)
「ありがとう」
精霊たちの癒し音楽を聴きながら、穏やかで優しい太陽の光に、力をもらって。そしてまた、本の世界に戻り浸る。
「……」
少しだけ不思議な体験をした三日月の、一人で過ごす気ままな今日の時間は、平和に過ぎていったのだった。




