必話01 消したい記憶 (夢)
――これは、わたしが見る夢の話。
うっすらと残る、つらい記憶。それは断片的に、割れたガラスの欠片の小さなひとつのような。まるで、童話の一ページだけを見ているような、お話。
◆
夢の始まりは、いつもここからだった。
(ダイジョウブ。マモルカラ)
――どこからか聴こえてくる、優しい声。
『え、あなたは、だぁれ?』
(ナニガアッテモ、マモルヨ)
――そう話しかけても、その姿はどこにもなくて。
『ねぇ、どこにいるの? あなたはだれなの?』
知ってる声のようで。でも、思い出せなくて。
(ダカラ、アンシンシテ)
――優しくて、でもどこか泣き出しそうな。
『おねがい、ここにいて。そばにいて! おねがい』
(…………テネ)
――物悲しい、その声は。
『あっ! まって、ねぇ、いかないで』
(……)
――また、消えてしまう!?
『やだ、いっしょにいて! おねがい!!』
(――)
◆
「ヒトリにしないで!!」
――バサッ!
「はぁ……はぁ、は」
(ゆ、め?)
「まただ……いつもの」
わたしはいつも、こんな風に飛び起きているような気がする。
「んんぅ。頭が……すごく痛い」
――鈍く、重く、痛む。
そして息苦しさを感じ、胸に手を当てた。わたしの心臓は、いつもよりもドクドクと強い音を立て、しばらくの間、キューっと締め付けられるようだ。
「はぁ。もう、起きよう」
最近、よく見るようになった夢。
正しくは、また見るようになった夢、かな。
怖くて、淋しくて、暗闇の中で怯えていると、温かい光と共に聞こえてくる、優しい、聞いたことのあるような――声。
「あの声は……」
――誰なのだろう?
どんなに考えても、思い出そうとしても分からない。
なぜなら、夢の内容は消えていくから。飛び起きてうっすら靄がかっていき、すぐに忘れてしまうのだ。
「まるで、どこか遠くへ、飛んで行ってしまったかのように」
この夢を見たその朝は、涙が止まらなくなるくらい悲しい気持ちになる。
「まだお外、暗いかな」
朝方五時をまわった頃だった。
わたしはその落ち込む心をなんとか変えようと、重たい身体を気力で持ち上げるようにベッドから立ち上がり、窓へとゆっくり向かう。
「あ、雨?」
カーテンをゆっくり開けると、雨が降り始めた。
そのうち強く降り始め、雨粒がガラスをバタバタと叩く。
――なんだか、気持ちが落ち込んでくる、今日の雨音。
「もうすぐ、七月かぁ」
(わたし、このままでいいのかな)
このまま学園で毎日学んでいるだけで、自分の力を知ることが出来るのか。覚えていない記憶を、自分のどこにあるのか解らないトラウマを思い出し、乗り越えることが出来るのか。
――この学園に入学したのは、無駄にならないか?
その不安が一気に膨らんだかと思うと、また自信がなく溜息をついてしまう。
「わたし自身がこんなんじゃ、何も変えられないのに……ね」
ふと、後ろに立てかけている姿見鏡で自分の顔を、その瞳と見つめ合う。
鏡越しに触れた自分の下まぶたには、まだうっすらと涙が浮かんでいた。
――わたしの瞳には、色がないみたい。
(小さい頃から、そう感じる)
向き直り、雨のせいでひんやりと冷たくなった窓に手を当てると、目をつぶりおでこを付ける。そこから響く雨音が、じんじんとわたしの記憶に何か語りかけてくるようで。
“ザァァァ……”
――夢の中で聴く。静かな、水音に似てる。
(その悲しき流れを止めるような、あの声)
「わたしは、とても大切な何かを忘れてきているような気がするの」