13 気付いた
文化交流会準備の打ち合わせ中に起こった(巻き込まれた)プチ事件。
カイリとその友人が去っていった後、体に良くないと思うような重たい疲れで力尽きた三日月は、その場にシュルシュルと座り込む。それから無言で両膝を立てて座る姿勢になると、ひろ~い青空をほぇ~っと見上げた。
「あぁ、わたしはただ、楽しくみんなと準備していただけなのにぃ」
(ラウルド様には、出来ればもうお会いしたくありませんねぇ)
「月~、どうしたー。何かあったのか?」
「「あったのかぁ~??」」
すると、少し離れた所にいた太陽とメルル・ティルが、ザワザワの中心にいる三日月を見つけ、心配して遠くから声をかけてきた。
「な、何でもないよぉ~大丈夫」
それに大きく両手を振って答える。
(はぁ。これ言ったらまた、みんなに気を遣わせてしまうから)
――どうしてこんなことになってしまったのだろうか?
未だ落ち着かない、周囲のざわざわ視線を遮断するように現実逃避をする。目を閉じた三日月は、ただ静かに過ごしたいだけなのになぁと小さく一つ、溜息をついた。
すると。
“ふわっ”
「あっ」
騒がしかったはずの雰囲気が、急に一変する。
(もしかして、この感じは)
「本当に。今回は何事もなくて良かったね」
予感通り、あの素敵な蒼色の瞳が優しくこちらを見つめ微笑んでいる。
「交流会の準備、いらしてたんですね?」
そのそよ風のように穏やかな空気感で、すぐに屋上扉前で会う彼だと分かった。三日月のもやもやしていた心は穏やかになっている。
「すぐ近くで、交流会の花飾り準備をしていたんだ。ちょうど高い場所に上がっていたから、そこから見えてね」
(はぁ~お花ですかぁ。良いですねぇ♪)
彼の顔を見ると、穏やかな風と共に不愉快だった気分はクリアになり、そして『お花』と聞いただけでも、気持ちが癒されてゆく。
「そうだったんですね。でも、準備中にわざわざ……ここまで来ていただきありがとうございます。それにご心配といいますか、気にかけていただいて、何だか申し訳ないです」
「気にしなくていい。僕が勝手に来ただけだから」
「そんなことは……とても嬉しいです」
この時、三日月は別の意味でホッと胸を撫でおろしていた。
そう、彼女は心底思っていたのだ。カイリと彼が、ここで鉢合わせしなくて本当に良かったな、と。
「それに……」
「えっ?」
「おーい! そろそろ戻るぞー」
「戻る戻るー♪」「おいてっちゃうぞー♪」
「あっ、は、はーい!」
いつも流暢に話す彼が、珍しく口籠っていた。その時、太陽とメルル・ティルからの三日月を呼ぶ声がかかる。しかし、『それに』の後が気になった彼女は、不思議そうな表情で首を傾げた。
「あの」
「いや、気にしないで。お友達が来たからもう安心だ」
「でも」
「じゃあ気を付けて。また――」
いつものように優しく微笑み、ゆらゆらと手を振る彼は、文化交流会準備の花飾りがある方向へ戻っていった。
「おぅよ、月。大丈夫か? てか、あのお坊ちゃまは」
「お坊ちゃま? あっ」
(そっか。今思えば)
「上流クラスの記章付けてたからな」
「あ~うん。えっと、最近知り合って、今年転校してきたとかで。たまにお話しする程度なのだけれど。あと、こないだちょっと助けていただいたこともあって」
――えーと、あれ?
「そうか? じゃあ悪い人やないんやなっ。うむ、だったら良い良い!」
「うん。あっ太陽君、もしかして心配してくれたの?」
「いやぁ~まぁちょっと、な」
「いつもありがとう」
「なんのなんの!」
(いや~良くないでしょお。わたし、めっちゃダメダメだよぅ!)
三日月は、今さらだがあることに気が付く。
(どうしよう。わたし……)
――彼の名前を、知らないよぉーッ!