11 甘い話
三日月が一人時間を過ごすために見つけたお気に入りの場所である、屋上へ向かう階段の六階、屋上扉前にて。
――二週間ぶりだろうか。
そこで今日は、いつも以上に楽しそうな二人の声が響く。
◇
屋上扉前の階段で、久しぶりに会う彼は、いつもと変わらない優しい声と温かく柔らかな笑顔で、三日月へ話をする。
何気ない会話の中、いつも盛り上がる話題があった。
それは――。
(あまぁーくて美味しい、お菓子のお話なのです♪)
「そこが、叶願駅の近くにある、お菓子屋さんなんだ。知っているかな?」
「あっ! お店の名前は聞いたことありますよ。ですがちょっと遠いので。行ったことはまだないのです」
三日月は少し残念そうに眉を下げ、笑いながら答える。
彼が楽しそうに話すのは、たくさんの素敵な店が並ぶ、ルナガディア王国中心の都最大級の市場。
その有名店の一つ――高級菓子店フローティスだ。その店には、なかなか手に入らないお菓子ばかりが並び、もちろん美味しい!
甘いもの好きの三日月にとって「一度は行ってみたい!」と思っている、憧れの場所なのである。
しかし、一人で入るにはさすがに勇気のいるキラキラ~とした店内。
(お店の前までは、行ってみたことがあるのですが)
学園に通い始めて一年。三日月は、多く人で毎日賑わう中心の都へ行くのが苦手だった。しかし最近、買い出しへ行くことが楽しいかな~と、やっと思えるようになっていた。
「ウフフ」
(私も少しは、大人になったってことなのかな?!)
そう思うと、なんだかクスッと笑みが零れた。
「んっ? どうしたの?」
「え? いえいえ、何でもないのです~あっははぁ……」
一人笑う様子を見て、不思議そうに首を傾げた彼。三日月は慌てて恥ずかしそうにしながら自分の顔の前で、両手をブンブンと振り、気にしないでくださいアピール。
「そっか、それで――」
彼は珍しく、わくわくと弾む声で続きを話し始めた。
「期間限定! 七月に入って、七夕の時期にだけ店頭に並ぶ、フローティス限定のお菓子があってね」
「そうなんですかぁ?」
(あぁーいいなっ! 期間限定とか大好き)
「その中でもおすすめは“星の輝き”という金平糖。これがとても綺麗で、美味しい!」
「うわぁ~なんか聞いただけでも美味しそうです。今度、行ってみよ、うか……なぁ」
えっへへ~と笑った三日月。心の中では「勇気を出せたら」と、呟いていた。
――この心地良い時間は、本当に楽しい。
今日は久しぶりに独りじゃない時間を過ごし、ふと三日月が気付いたこと。
いや、気付けた、なのかもしれない。
今でも、一人でいる時間は好きだ。しかし、こうして趣味や好きなことについて人と話せるというのも、楽しいかな、いいのかなぁと、思えるようになったのだ。
「叶願駅は少し遠いが、機会があればぜひ! 行ってみてもらいたい」
と、彼はそのお店を絶賛している。それを聞くとますます行きたくなってしまう。
「そうですね、行きたいです♪ あまぁ~い甘いお菓子って……考えただけで幸せな気分になりますよねぇ」
おせんべいも好きですけどぉ~と言いつつ「はぅ~」と三日月の表情はまた緩み始めた。その落ちそうな頬を両手で支えながら満面の笑みで、大好きなお菓子の話に胸はときめき、弾んで話していた彼同様、わくわくが止まらなくなる。
「ははっ、とても好きなことが伝わってくるよ」
――彼の優しい声、心地良い。
人見知りだからなのか? 初対面の人とは目も合わせられない、おしゃべりも出来ない三日月。ましてや自分の好きな食べ物のことなど、話せない。
(それなのに、どうしてだろう)
――彼には、彼とだけは。
あの日初めて会った時から、気兼ねなく自然体で話せている気がする。こんな風に落ち着いていられるなんて、自分でも信じられないことだと、彼女は驚いていた。
改めてそのことを考えると、ちょっぴり恥ずかしくなり、顔が熱くなる。
(ダメダメ! あまり考えないようにしよう)
でもそんなこと、気にするのを忘れてしまうくらいに。今日も彼は静かに、蒼く美しい瞳が隠れる程に目を細めながら、笑顔で楽しい話をしてくれるのだった。