09 光の中
プライド高そうお坊ちゃまの名はラウルド=カイリという。
やっと話せるようになったカイリの表情や雰囲気は、さっきまでの横柄な態度が嘘のように優等生そのもの。
魔法科最高責任者であるロイズの登場により、一変した。
ザワッ!!
「ちょっと見てぇ!! ロイズ先生よ」
「きゃあ~ん! こんな間近に……」
「奇跡だわぁ~」
「お美しい、素敵ですぅ~」
(((はァ~……)))
憧れから漏れ出た生徒たちの大きな溜息は、まっすぐ、遠くまで響くように聞こえた。お嬢様方にとってロイズは神的な存在。
『遠くからでもお会いできることは奇跡』と、皆一様に頬を赤く染め、メロメロになりながらロイズのことを見つめている。
普段は落ち着き静かな校舎内は「何があったのか?」と、ざわめく。そしてカイリたちの周りには、男女問わず上流階級の生徒が、まるで見物するかのようにわいわいと集まってきていた。
「なになに? どうしたの?」
「ロイズ先生の神聖なる魔法を見れるだなんてぇ!!」
「き、貴重な経験過ぎる」
「ていうか、あの生徒さんは誰?!」
「はぁ~嬉しすぎてぇ! 倒れちゃいそう」
魔法科最高責任者の魔法展開に注がれる、生徒からの熱い視線の中。なぜかロイズからの護り魔法を独り占めで受けている三日月。言うまでもないが、彼女に向けられている空気は痛いものであった。
(痛い……痛いです。それに上流階級の人、すごい人数)
それはもうまるで、殺気が可視光線となり目に見えるようだ。
(なぜでしょうかぁ? ワタシ、とっても居心地がわるぅございますが)
キリキリッ――?!
「い、痛ッ」
その時突然、耳に電気が走るような、針が刺さるかのような痛みが襲ってきた。
(えっ?! 本当に痛い、耳が切れるように痛い! 人の声が刺さるみたいに)
「ど……して?」
(こんなに、ツライの?)
その痛みと辛さは、三日月にとって生まれて初めての経験だった。どれくらいの時間が経ったのかは分からない。が、恐らくほんの数分のことだ。次第に痛みは和らぎふと気付くと、自分の周りはさっきにも増して大騒ぎになっていた。
「――……リ! おいっ、カイリッ!! しっかりしろって」
三日月が声のする方を向くと、友人だろうか。親しそうな感じでカイリの背中を叩き、意識を元に戻そうと必死になっている。
(一体何が起こっているの? ロイズ先生も、なんだか様子が)
そう感じながら、もう一度ロイズの顔を見る。その表情は話していた時とは全く異なる冷たい空気感。怒っているような、何だかピリついて見える。
「せ……んせい?」
心配で不安な気持ちが言葉となってしまう。するとその声に気付いたロイズは、三日月の元へふわりと寄り、部屋での打ち合わせ時と同じように、笑顔で笑いかけた。そして、護り(丸い光)の魔法を解くと、新たな魔法をかけるかのように三日月の耳元で囁いた。
あの甘~く優しすぎる声で「大丈夫、安心なさい」と。
――そう、耳元で……ほぇ?!
(ロイズ先生! ち、ちちち近いです! お顔が近すぎますぅ!!)
「「きゃああああーッ」」
――あぁ、これは。
(大変だぁ〜)
当然、その光景を見ていた上流階級の生徒(お嬢様方)の声はつい先程とは違い、悲鳴のように響き渡る。
さらに今度は、男女問わず集まる生徒からの厳しい、無言の圧力に押され始めた。
(うん。これは別の意味でわたし、とても危険な状況なのでは?)
再び冷たい空気を感じ、ロイズを見上げると、彼女に向けられていた優しい表情は、一瞬で厳しい顔に戻っていた。
(一体、何が起こっているの?)
「さて、ラウルド君。お話を聞かせてくれるかな?」
「あ、あのロイズ先生。これは、ですね」
言い訳をしようとした友人の言葉を、ロイズは片手で制止し、笑顔を向ける。そして再びカイリに目を向け、改めて答えを待つ。
友人の介抱もあってか、ようやく普通に話せるまでに回復したカイリは、ロイズが怖いのか? 少し震えながら、答えた。
「はい……申し訳ありませんでした」
一言で精一杯。
それを聞いたロイズは「では、授業が終わり次第」と、静かな声で、言葉少なに伝える。その頃には、騒ぎを聞きつけた他の先生や講師が到着していた。
「授業が始まります、さぁ皆さん戻って!」
ほらほら皆さん行きますよ~と集まってきていた生徒たちを連れ、先生方は戻っていった。
その列に続いて歩き始めたカイリであったが、しかし。すれ違いざまに突然立ち止まると、小さな声で一言。
「転入生くん。いずれ、また――」
顔を向けるは無く、ただただ低く沈むような口調で、言葉を放った。
「そうですね。あぁ、ラウルド君。一つだけ訂正をしても?」
「何だ、さっさと話せ」
いつの間にか眼鏡をかけ、いつもの表情と落ち着いたトーンに戻り、淡々と話し始めた彼。しかし、蒼色の瞳は深さを増し怒りを感じさせる。
「彼女の髪色のことですが。『ブロンド色』ではなく、正しくは『ホワイトブロンド色』です。お間違いのないよう」
「言われなくても、分かっている!」
その声は廊下中に響き渡った。
(あのそんな、良いのですよぉーわたしの髪色なんて。お気になさらないでー)
カイリは顔を真っ赤にし、ぷるぷると震えていた。それが怒りなのか何なのか、形相も変わり、半ば吐き捨てるように。
それでも彼は全く動じる様子はなく、にっこりと笑顔で返事をする。
「そうでしたか。それは申し訳ない、足を止めさせてしまって」
その言葉をカイリは、最後まで聞いていたのかどうか? 振り返ることなく、その場を立ち去った。
「ふ、ふぅー」
(色々と、ありがたいのですが)
「どうしてだろう、わたしはここで。一体どうすれば良かったのかな?」
三日月はぽつりと呟く。
また自分が原因で問題が起こるのでは? 幼い頃の記憶なのか、自分がいることで他人に迷惑をかけてしまうような気がした。
――人と関わるのを拒ませる、心の中のワタシ。
「さぁ~君たちも授業に遅れてしまいます。早く教室へ戻ってねぇ♪」
ロイズの甘く優しい声で、ハッと我に返る。
「あ、はい! ロイズ先生、ご迷惑をおかけして申し訳ございません、本当に今日はありがとうございました」
三日月は深く頭を下げ、お詫びとお礼を言う。はぁ~いと言いながら、ロイズはゆらゆらと手を振り陽気に部屋へ戻っていった。
「さて、僕らも戻らないと。そうだった、可愛い子が一人でこんな所にいたら、今日みたいに連れて行かれるよ?」
「ふっ?」
揶揄うように彼は笑い、ハンカチを差し出され、あぁ~わたし泣き虫だ、と思いながら涙で潤んだ瞳を、受け取ったハンカチで隠す。
彼の蒼く美しい眼差しは『心の中のワタシ』全てを、見透かしているかのようだった。
「ハンカチ申し訳ないです……えっと、励ましてくださってありがたいのですが、可愛いだなんてお世辞は、あと! 助けていただきありがとうございました」
動揺して自分の言ってることが訳の分からない感じになっていることに、彼女は気付く。
恥ずかしさで頬は真っ赤だ。しかし、彼はそんなこと気にもせずに、また柔らかな笑顔で答える。
「僕は何もしていないよ、ちょっとラウルド君に、“話しかけた”だけなんだ。それより――」
少し間があいた後、彼は真面目に真っ直ぐな瞳で、三日月を見つめる。
――「可愛いは、本当に心から思っているよ」
そう言いながら、優しくふわっと微笑んだ。
「え……あ、りがと、ございます。う、嬉しいです」
(なぜわたしはお礼を言っているのだろう。というよりも、そんな恥ずかしいお言葉を……)
――サラッと言わないでくださいー!!
戸惑う三日月の姿を見て、またいつものようにふふふっと笑う彼。それでまた、恥ずかしさ倍増。両手で頬を抑えた。
「さて。お迎えも来たことだし、校舎まで気を付けて帰ってね」
「えっ、お迎え? あーっ!」
どういうこと? と後ろを見ると、見覚えのある二人。
「メルル、ティル! どうして?」
「遅いから、お迎えきたにゅ~ん♪」
「雨降ってきたから傘持って来たにゅん♪」
(今日はお二人とも『にゅん』なのネ)
クスッと微笑む三日月。
「二人とも、ありがとう」
そして彼にもう一度お礼を言うと、次の授業へと急いで向かった。
あの時、窓の外を眺めていた時の雨音。
三日月が感じていた精霊のいない時間の冷たさ、静かで悲しい気持ちも。不思議と今は感じなくなっていた。
(メル・ティルのおかげかな?)
――そしてまだ……身体の奥で感じる、ロイズ先生の温かい【護り】魔法の余韻。
「護る魔法って、すごい……」
それから三人で仲良く傘を差し、授業のある一般校舎へと、おしゃべりしながら戻るのだった。
◇
――コツ、コツ、コツ……。
ヒールの……革靴の美しい音が、三日月たちの通った後の廊下に、高々と響いている。楽しそうに歩いていく三人の姿を、誰かが見ていた。
「ねぇ、シャル? さっきのあの子は……誰なのかしら? 調べてちょうだい」
「あ、ハイッ! ユイリア様、お任せください。お調べしておきます!」
「ふん――えぇ、よろしくね」